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第46話 マグカップと残念な人たち

「あー。退屈だぁ」


 午後の光が差し込む部室。七海さんは椅子に深く腰を沈め、テーブルに頬を乗せてだらけていた。まるで、机の上に張りついたたれパンダ。

 指先でペンをくるくると弄びながら、ぼやくように言葉を漏らす。


「全然、仕事依頼こないよぉ」


 ――仕事依頼。きっと、人助けのことを言っているんだろうな。


「くるわけないでしょ。諦めなさい」


 小説を読んでいた神楽坂さんは、ページから一度も目を離さず、面倒臭そうな声で七海さんの愚痴を切り捨てた。

 パタンと栞を挟む音が響いたとき、その冷淡さが余計に際立つ。


「でも、前にきたじゃん。手紙が」

「あれは桐生君でしょ。……桐生君は頭おかしいのよ」


 相変わらず辛辣だな。まあ、今にして思えば、写真部――いや、僕に“助け船”を出そうとした桐生の行動は、確かに普通じゃなかったかもしれない。

 余談だけど、僕と桐生の付き合いは相変わらず続いている。ただ一つだけ変わったことがある。それは――もう「サッカー部に入ろうぜ」と勧誘してこなくなったことだ。


 ただし、勧誘がなくなっただけで、僕にちょっかいを出してくるのは変わらない。むしろ「遊びにきたぜ」と言って部室に顔を出すことが増えた分、以前よりも付きまとわれている気がする。


「でもね、花梨ちゃん。今回の件、ちゃんと宣言してくれてるみたいだよ。私の困り事、写真部に解決してもらった、って。花梨ちゃんの影響力を考えれば、そろそろ新しい依頼者が来てもおかしくないと思うんだけど」


 七海さんは期待を隠さず、部室のドアをじっと見つめている。まるで本当に、次の来客がドアを開けて入ってくるのを今か今かと待っているように。


「……あのさ」


 見ていられなくなり、僕は口を挟んだ。すると七海さんがようやく顔を上げ、怪訝そうにこちらを見る。


「退屈なら、写真撮りに行けばいいじゃないかな。ここ、写真部でしょ?」

「えっ。だって部室空けちゃったら、お客さんの対応できなくなっちゃうじゃん」


 ――はい、終了。この子、全然、僕の話聞いてない。

 どう考えても七海さんの言ってることの方がおかしいのに、彼女は逆に僕が変なことを言ったかのような顔をする。


 もういい。言い合いを続けても埒が明かないだろう。諦めた方が得策だ。

 そんな空気が漂う中――暗室の扉が、きぃ、とゆっくり開いた。そこから半分だけ顔を覗かせたのは、姫野さん。


「……凪人君」


 おどおどとした眼差しで、僕を真っ直ぐ見ている。

 ドアは半開きのまま、彼女の細い指が扉の端をぎゅっと握りしめていて、そのまま一歩も動こうとしない。


「どうしたの?」


 様子がどこか変だと思い、僕は席を立ち、姫野さんのもとへ歩み寄った。彼女は胸の前でぎゅっと写真を抱えるように持ちながら、おずおずと差し出す。


「あのね。現像したら、ここが……」


 指先で示された部分――写真の上部には、黒いもやのような影が広がっていた。


「私、なにか間違ったのかな……?」


 上目遣いで不安そうに問いかける姫野さん。長いまつ毛が震えて、今にも泣きそうな子猫みたいな顔をしている。


「大丈夫だよ。きっと現像液の量が少なかったか、つける時間が短かっただけだと思う。液が均等に浸かってないと、こうやって暗くなるんだ。最初は誰でも失敗するものだし、気にしないで。……めげずに頑張ってみて」


 優しく言葉をかけると、姫野さんの瞳がぱっと輝きを取り戻す。


「……うんっ!」


 小さく頷く仕草が、胸をくすぐるほど可愛らしい。

 ああ、ほんと。頭をなでてやりたいくらいだ。……やったら絶対に悲鳴をあげられそうだから、理性で堪えるけど。


「ずるい、ずるい! 梓にばっかり優しくして!」

「そうよ。前から思ってたけど、夏目君って梓にだけ贔屓してるの、バレバレよ。私たちを蔑ろにしてると、非行に走るかもしれないわね」


 ――背後から、騒がしい外野が声をあげる。七海さんと神楽坂さんだ。

 無視してもよかったが、姫野さんが二人の言葉にあわあわして肩をすくめているので、仕方なく返すことにした。


「じゃあ姫野さんみたいに、写真部の活動を真面目にしてくれたら、いくらでも優しくするよ」


 嫌味を込めて返すと、


「じゃあいいや。写真撮るのは好きだけど、現像は面倒なんだもん」


 七海さんは椅子に寄りかかり、あっけらかんと口を尖らせる。


「私は今、小説がいいところなの。邪魔しないでくれるかしら」


 神楽坂さんはページをめくる手を止めもせず、相変わらず冷ややかな声。

 ――そんな二人を前に、思わず苦笑が漏れる。

 どうやら二人とも、自分たちが写真部だという自覚はないらしい。


 この二人、一度カメラを持てば真面目にやるのに……エンジンをかけるまでが異常に長いタイプなんだよな。

 そんな中、現像作業を一段落させた姫野さんは、控えめに立ち上がり、インスタントコーヒーをみんなに入れてくれた。


 ――さすが姫野さん。気配りの達人。きっと将来は、いいお嫁さんになるに違いない。

 テーブルに並んだマグカップは、それぞれ家から持参したものだ。


 僕のは黒一色のシンプルなカップ。だが三人のはというと……やたら個性が強かった。

 姫野さんのマグカップは、真っ白なボディに黒猫のキャラクターが描かれている。


 うん、可愛い。姫野さんにすごく似合っている。

 ……問題は残り二人だ。

 七海さんのマグカップには、こう書かれていた。

【四次元ポケットは、持っちゃいけないんだなぁ】


 ……は?

 四次元ポケットって、あのドラえもんの?

 しかも文字は相田みつを風。迷言が一周回って名言に見える恐ろしいやつだ。

 最初にそれを見つけた僕は「これってドラえもん? てか、どういう意味?」と聞いた。

 すると七海さんは、フフフッと不敵に笑い、「知りたい? うーん、どうしよっかなぁ」ともったいぶる。


 結局、面倒くさくなって「じゃあいいや」と返したら、なぜか彼女はムッと眉を吊り上げ、不機嫌になった。……いや、なんでだよ。

 そして神楽坂さんのマグカップには、さらに衝撃的な文字が。

【変態でもいいじゃないか。人間だもの】


 …………。

 さすがに僕も、そして七海さんでさえもスルーした。姫野さんだけが、顔を真っ赤にして目を泳がせていたけど。

 七海さんは「ま、紅葉だし」で受け入れていたが……いやいや、受け入れるなよ。

 黙っていればスタイル抜群の美人なのに。なんでわざわざ自分から残念な方向に寄っていくんだ、この人。

 

 ……まあ、そんな神楽坂さんを少し面白いと思ってしまう自分も、残念なのかもしれない。

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