第43話 葵の告白 ― 姉妹を繋ぐ真実 ―
えっと、皆さん。私が中学三年の冬に足を怪我したのは知っていますよね。知っているなら、その経緯は割愛します。
私の足首は骨折しました。病名は長くて覚えていませんが、当たり所が悪くて、手術しても二か月は歩けない、サッカーは当分できないだろうと告げられました。
その時、私は絶望しました。
手術が終わり、ギプスをつけてまともに歩けなくなったとき、私はお姉ちゃんに「もうサッカーは辞める」と伝えました。
あの瞬間のお姉ちゃんの顔を、私は今でも忘れられません。
――あの表情が、優しかったお姉ちゃんを変えてしまう、呪いの言葉になっていたなんて、夢にも思いませんでした。
お姉ちゃんが部活の先輩を脅したり、静ちゃんをいじめていたなんて、姫野先輩から聞かされるまで全然知りませんでした。
ただ、一つだけ言わせてもらうなら……普段のお姉ちゃんは、そんなことを絶対にしない人です。
お姉ちゃんの周りには、いつも人が集まりました。後輩だけじゃなく、同級生や上級生までも。
何故か――理由は単純です。お姉ちゃんは誰もよりも優しいからです。
お姉ちゃんは、サッカーが下手な子でも努力している子を絶対に見放しませんでした。なかなか上達できず、一人で居残り練習をしている子がいれば、必ず声をかけて一緒に練習に付き合っていました。
――そんな人なんです。私のお姉ちゃんは。
そうすると、最初は二人なんですけど、その姿を見ている他の子達までも、自分も協力すると歩み寄ってきて、居残り練習する子、段々増えてくるんです。すると、みんなのサッカーが上達するだけじゃない。チームの雰囲気も良くなるんです。
お姉ちゃんには失礼だけど、サッカーの実力でいったら、私や静の方が上でした。中学の頃からずっとそうだったと思います。
私や静はサッカーが得意で、個々の力は十に届いていたかもしれません。
でも――お姉ちゃんの力は八くらい。
それだけなら普通の選手で終わっていたはずです。だけど、お姉ちゃんには特別な力がありました。周りの子が五しか力を持っていなかったとしても、それを六や七にまで引き上げることができたんです。
自分ひとりが突出するんじゃなくて、仲間を伸ばすことでチーム全体を底上げする。
その姿はまさにリーダーの器そのものでした。
私はそんなお姉ちゃんを、心の底から尊敬していました。
きっと――どこかで甘えていたのかもしれません。お姉ちゃんがそばにいれば、自分はもっと強くなれると、無意識に信じていたから。
私の足は、リハビリを頑張ればサッカーができるかもしれない――お医者さんからそう言われました。
けれど、その時の私はそんな気にもなれませんでした。もう怪我するのも嫌だし、いっそサッカーを辞めた方が楽になれる。そう思っていたからです。
そんなある日のこと。病院に静が来ました。
あれは確か三月のことだったと思います。
正直に言えば、私は静とそこまで仲が良かったわけじゃありません。仲良くしたい気持ちはありましたよ。けれど、静はいつも私をライバル視していて、「近付くなオーラ」を全開にしていたから、接しづらくて、ちょっと面倒な子だなって思っていたんです。
そんな静が――病室のベッドに横たわる私を見た途端、いきなり土下座をしたんです。
ごめんなさい。花園さんの足を怪我させてしまって、と。
私は慌てて言いました。試合中の出来事だから、仕方ないよ。だから、東野さん、顔を上げてって。
すると静は顔を上げ、真っ直ぐに私を見つめて言ったんです。
違う。あれは事故じゃない。私はあの時、ボールじゃなくて――花園さんの足を狙ったんだ。だから、わざとなの。正直、こんな怪我になるとは思わなかった。でも……ずっと活躍していた花園さんに、私は嫉妬していた。
静のその言葉を耳にして、私は衝撃を受けました。
でもそれは、静が足を狙ったこと自体に対してじゃありませんでした。
性格が悪いかもしれませんけど、私も薄々、静が私の足を狙ったんじゃないかって思っていました。
でも、それを――わざわざ私に正直に打ち明けてくるなんて、想定外でした。
静は続けて言いました。
私は花園さんと同じ高校に進むけど、サッカー部には入らない。私はサッカーをしてはいけない人間だから。……それに、このことは訴えてくれても構わない。容疑を否認するつもりもない。私は罪を背負って生きていく。
その時の静は涙目で、全身を震わせていました。
ああ――きっとずっと一人で悩んで、もがいて、ようやく辿り着いた答えなんだろうなって思いました。
だけど同時に、決意に満ちた静の強い目を見た瞬間、私の中でなにかが壊れる音がしたんです。
次の瞬間、私は――「ふざけるな!」って大声で怒鳴っていました。
静は驚いて目を丸くしていました。でも、正直一番驚いていたのは私自身です。だって、考えるより先に、言葉が勝手に口から飛び出していたから。
それから、私は静に罵声を浴びせました。
なに勝手に一人でスッキリした顔してんの? サッカーを辞めて、訴えられて、それで全部解決すると思ってんの? ふざけないでよ! そんなことされたら、こっちが気分悪いわ。マジであり得ない! 勝手すぎる!
罪を背負っていくって言うなら、サッカー辞めるなんて口にしないでよ。本当はサッカー好きなんでしょ? なら今から挽回してよ!
サッカー部に入らなかったら、私――あんたのことぶん殴るからね。だから、中学で叶わなかった全国大会、今度こそ一緒に行こうよ。二人で。……ううん、出来ればお姉ちゃんがいる代で。
興奮して息を切らしながら一気にまくし立てると、静は弱々しく私の足を見て言いました。
「……でも、花園さんの足は、もう」
だから私は、迷いなく言い返したんです。
大丈夫。お医者さんが言ってたんだ。リハビリを頑張れば、サッカーが出来るかもしれないって。半年後には復帰できるかも……なんて、寝ぼけたこと言ってたけど。
私は三カ月で完璧に治してみせる。――ま、天才の私なら余裕でしょ。
だから、帰ってくるまでサッカー部で待ってなさい。もし、いなかったら……絶対に許さないから!
そう言ったあとで、しまった、と思いました。完全に雰囲気に飲まれてしまったと。
けれど、不思議とその瞬間――胸の奥の重苦しさは、すっと消えていたのです。
あの日、サッカーを辞めるとお姉ちゃんに言った時から、胸は締め付けられるように痛かった。
でも――サッカーを続けると決めた瞬間、心の中はワクワクした気持ちでいっぱいになったんです。
それから、私が四月から学校に行っていないのは、心が病んでいたからじゃありません。
学校に行けば授業を受けなきゃいけないでしょう? でも、私は一日でも早く足を治したかった。だから、学校よりもリハビリに専念することを選んだんです。ただ、それだけのことです。
……けれど、こんな事態になっているなんて、本当に知りませんでした。
静は病院に来てくれるたびに「部活も楽しくやってるよ」って言ってたから、まさかいじめにあっていたなんて、夢にも思わなかった。
お姉ちゃんに関しても、最近は全然見舞いに来てくれなくなって……私はてっきり、サッカー部が忙しいんだとばかり思っていました。
本当にごめんなさい。皆さんには大きな迷惑をかけてしまいました。
私とお姉ちゃんがちゃんと話をしていれば、こんなことにはならなかったのに。
でも――最悪の事態は防ぐことができました。
それは、皆さんのおかげです。本当に……ありがとうございました。




