第42話 屋上の真相
七海さんと目が合う。
彼女は僕に微笑みながら、「いや、待たせたね。てか、人使い荒いよ、凪君」と、不満げな顔をしていた。肩で大きく息をしている。――きっと、ここまで全力で走ってきてくれたのだろう。
ああ……でも、よかった。一時はどうなるかと思ったが、間一髪で間に合ったようだ。
初めて見る子だったが、その目元は花園さんによく似ている。おそらく、この子が妹の葵ちゃんだ。
「あ、葵……。あんた、なんでここに」
「なんでここに、じゃないよ。てか、なに持ってんの! 危ないでしょ」
緊迫した空気などお構いなしに、葵ちゃんはずかずかと前へ出ると、花園さんの正面に立ち、手を差し出した。まるで「それ頂戴」とでも言うように。
「で、でも……こいつが、葵の足を――」
「はいはい、わかったから。とりあえず、物騒なの片付けてよ」
花園さんの言葉を、葵ちゃんは軽くいなす。完全にペースを崩された花園さんは、渋々といった様子でナイフを差し出した。
その瞬間、すかさず桐生が手を伸ばす。
「葵ちゃん。それ、俺が預かる」
「あっ、駿ちゃん! 久しぶり。ごめんね、お姉ちゃんがバカなことして」
ぱっと顔を明るくさせた葵ちゃんは、迷いなくナイフを桐生に渡した。
――これで本当に一安心だ。
まあ、もし花園さんが神楽坂さん並みの戦闘力を持っていたら、まだ油断できなかっただろうけど。
「静。大丈夫? 怪我はない?」
葵ちゃんが東野さんに声をかける。東野さんは複雑な笑みを浮かべながら、小さく「うん」と頷いた。
そして次の瞬間。
「――お姉ちゃん!」
振り返った葵ちゃんの声は鋭かった。呼ばれた花園さんは反射的に「はいっ!」と背筋を伸ばして返事をする。
「正座」
「えっ?」
「反省として、正座」
「えっ、いや……私は葵のために――」
「なにが葵のためよ。バカじゃないの? 静を刺して、なにになるの? その歳で犯罪者になりたいわけ? お姉ちゃん一人の問題じゃ済まないんだよ。家族にも迷惑かけるの。……それに、刺した後になんて警察に言うつもり? 妹の無念を晴らすために刺しましたって? 迷惑だから。ほんと、勘弁して」
感情論を切り捨て、正論を淡々と突きつける葵ちゃん。
その言葉に押し込まれるように、花園さんは観念したようにその場に正座し、しゅんと肩を落とした。
正座する姉の姿を見て、葵ちゃんは逆に気まずそうに頬をかいた。
――屋上を覆っていた張り詰めた緊張は、いつの間にかほどけていた。
「ごめんね、お姉ちゃん。私ももっと早く気付いて、ちゃんと説明していれば良かった」
そう言ってから、葵ちゃんは東野さんの方へと顔を向ける。
「てか静。なんで説明しなかったの? お姉ちゃんにちゃんと話しておけば、こんなことにならなかったでしょ」
バカじゃないの、とでも言いたげな軽い調子。
その言葉に、東野さんはふてくされたように唇を尖らせ、視線を逸らした。
「……だって、私があの時、葵の足を狙ったのは事実だもん。それは一生消えない私の罪だから」
「はぁ……静のそういうとこ、相変わらず面倒くさいんだよね」
あーあ、と葵ちゃんは肩をすくめて頭を掻く。
「えっ? なに、どういうこと? てか、あんた達……なんでそんな仲良さそうなの?」
花園さんは目を白黒させ、葵ちゃんと東野さんを交互に見やった。
状況を理解できないのは彼女だけじゃない。僕も同じだった。
僕は確かに、この病院に葵ちゃんが入院していることを予想していた。だから七海さんに頼んでコンタクトをとり、ここに来てもらった。
葵ちゃんが現れれば、最悪の事態を止められる――そう考えていたからだ。けれど、心のどこかで「葵ちゃんと東野さんは犬猿の仲だ」と思い込んでいた。
「ああ、ごめんごめん。ちゃんと説明しなきゃダメだよね」
葵ちゃんは小さく舌を出して照れ笑いを浮かべ、それから軽やかに口を開いた。




