第40話 迫りくる惨劇
花園が東野をいじめ、サッカー部から追い出そうとした理由――それを桐生が説明してくれた。
だが最後、桐生の顔にはまだ腑に落ちない影が残っていた。
あとは私がやることは一つ。それが終われば、全てが元通りになる”
その言葉を耳にした瞬間、背筋を走る悪寒に思わず息が詰まる。
「……桐生。その言葉、いつ聞いた?」
「えっ、その言葉って?」
「あと一つって……花園さんが言った日だ!」
怒鳴るような声に、桐生は目を見開き、面食らった表情を浮かべた。
「き、昨日だよ。どうした、凪……なにかあったのか?」
眉をひそめ、不安げに問う桐生を無視し、僕は震える指でスマホを取り出し、通話ボタンを押した。
発信先は――七海さん。
「もしもし? 凪君どうしたの?」
普段と変わらぬ調子。だが、その声が耳に届いた瞬間、胸の鼓動が一気に跳ね上がる。
「七海さん! 今、花園さんと一緒か!?」
間髪入れずに問いただす。だが、返ってきたのは不安げな声だった。
「……ごめん。実はさ、見失っちゃったんだよ」
「見失った……? サッカー部には?」
「それがいないの。いつもは必ず行ってたのに……今日は放課後すぐに見失っちゃって」
七海さんの声には焦りが滲んでいた。だが、次の言葉が胸をさらに冷たく締めつける。
「それに……今日は静ちゃんもいないみたいで」
――その瞬間、嫌な予感が確信へと変わった。
「ねぇ、一体どうしたの?」
正気を失っているように見えたのか、神楽坂さんが肩を掴み、真剣な眼差しをぶつけてくる。
目が合った瞬間、誤魔化そうか迷った。だが――今はそんな場合じゃない。
「……花園さん。東野さんになにかしようとしてる」
「なにかって……なによ」
「……自分の妹と同じ目に合わせようと、花園さんが……東野さんに危害を加えるつもりかもしれない」
「まさか……そんな」
楽坂さんの顔には信じられない、という色が浮かんだ。けれど同時に、不安の影も揺らめいていた。――完全に否定しきれていない証拠だった。
あの時、見た惨劇の映像を必死に思い出す。
――惨劇の光景。屋上だった。だが、学校の屋上ではない。見覚えのない場所。けれど、他に思い当たる場所など皆無だった。
そう考えていた矢先、脳裏に一つの可能性がよぎる。
「……そういえば。花園さんの妹、今も病院に入院してるんだよな?」
とっさに問いかけると、桐生は一瞬戸惑いながらも「ああ」と頷いた。
「よし。今から病院に向かおう」
一刻の猶予もない。僕は桐生の予定など構わず、葵ちゃんがいる病院へ急行することを提案した。
その病院は学校から自転車で二十分ほど。幸い、僕も桐生も神楽坂さんも自転車通学。誰か一人が足を引っ張る心配はない――そう思っていた。
だが、結果的に一番の足手まといは僕自身だった。
「……はぁ、はぁ……っ」
必死にペダルを漕いでも、サッカー部のエースである桐生の速度には到底及ばない。それ以上に、先頭を独走する神楽坂さんの速さは異常だった。まるで風を切り裂く影のように、彼女の背中はみるみる遠ざかっていく。
――結局、病院の駐輪場に最後に辿り着いたのは僕だった。
桐生と神楽坂さんはすでに到着しており、神楽坂さんは腕を組み、眉間に深い皺を寄せて待っていた。
「ご、ごめん……遅れた」
肩で息をしながら謝る僕に、神楽坂さんは容赦なく切り捨てる。
「ええ。とんでもない時間のロス。……足手まといね」
「いやいや。全然遅くねぇよ。神楽坂、お前が速すぎるんだ。……もしかして自転車部か?」
すぐさま桐生がフォローを入れる。だが、それも一蹴された。
「は? 私は写真部よ。桐生君、ついに脳みそまで逝かれたの?」
「なっ……じゃあ、中学で陸上でもやってたのか?」
「いや、神楽坂さん。実はブラジリアン柔術を――」
「夏目君」
僕と桐生の軽口を遮るように、神楽坂さんが低く鋭い声を落とした。睨みつけるその目には焦りが宿っている。
「今、悠長に会話している暇があるの?」
一瞬で胸が冷えた。確かに――今はそんな場合じゃない。
「……よし。屋上に行こう」
短く告げると、桐生と神楽坂さんは一瞬きょとんと顔を見合わせた。
だが、無言のまま頷き、僕の後についてきてくれた。
――時間がない。ほんの一秒の遅れが、惨劇を現実に変える。




