第39話 妹の影
花梨には一つ年下の妹がいる。名前は花園葵。花梨と同じようにサッカーをしていたが、実力は葵の方がずっと上だった。
中学三年の時には県大会でMVPと得点王を獲ったくらいだ。
けれど、葵はただの天才じゃない。人が見ていないところで黙々と努力を積み重ねる子だった。
花梨はよく目を細めて、自慢するように話していた。「葵はすごいんだ。私の妹だけど、心から尊敬してる」って。去年までは、本当に誇らしそうに語っていた。
その葵が倒れたのは、今年の一月。三年生の引退試合のことだ。
三年、二年、一年の混合でチームを組んだ練習試合。葵と東野は同じFWで、別々のチームになった。東野も当時から別格の存在だったが、ことFWに関しては葵の方が頭ひとつ抜けていた。東野は監督から別のポジションを勧められても断り、FWにこだわり続けていた。
……その執念が裏目に出たのかもしれない。
葵がボールを奪ってドリブルで駆け上がった瞬間、東野がスライディングを仕掛けた。だが、その足はボールではなく、葵の足首に直撃した。
乾いた音がして、葵は苦しげにうずくまり、声にならない声をあげて倒れ込んだ。
ピッチに響いたのは笛の音と、仲間たちのざわめき。花梨はベンチから駆け寄り、泣き叫びながら葵の名前を呼んでいたらしい。
その後、葵は病院に運ばれ、診断は右足の骨折。医者からは「今後、サッカーはできないかもしれない」と告げられた。……花梨にとって、それは自分の夢が砕けるのと同じことだったんだろう。
尊敬していた妹が、サッカーを失った。東野のスライディングひとつで。
葵は今も入院している。松葉杖を使えば学校には行ける状態だが、行こうとしない。
正しくは行けないんだ。そこに東野がいるから、と花梨は言った。
事故だったのか、それとも故意だったのか――それは誰にも分からない。けれど、花梨は「故意だ」と信じてしまった。だから東野に深い憎しみを抱くようになった。
これが花梨が東野をいじめた理由だ。
東野が部から消えれば、葵はまた学校に来られる。花梨はそう思い込んでいる。
けれど、本当に東野を追い詰めたとして、それで葵が救われるのか。……いや、違う。あいつは本当は優しい奴だ。人をいじめるなんて、本来できるはずがない。
この前、花梨は言っていた。
返って一人になって良かった。あとは自分がやることを一つ果たせばいい。それが終われば、全てが元に戻る。葵もまた学校に行けるようになるはずだ、と。
けれど、その“やること”が何なのか。俺には、どうしても分からないままなんだ。




