第4話 犬・猫・うさぎと僕
次の日、僕は億劫だった。
休み時間や給食ではそれなりに誰かと話す。けれど「家、来ない?」と誘うのは、かなり勇気がいる。
こういう時、普段いかに上辺でしか人と向き合っていないかが露呈する。言われてみれば、僕はほとんど聞き役だ。自分から話題を投げない。以前、遊びに誘われても「実家に両親いないから、まっすぐ帰って夕食作らないと」が常套句だった。……半分本当で、半分は嘘だけど。
両親が家にいないのは事実。でも夕食を作っているのは舞だ。僕が遊んで帰っても問題ない。むしろ今は、舞のほうがそれを望んでいるはず。
それでも、僕は人との距離を一定以上は近づけないし、近づけさせない。そう考えると、舞の言う「本物の友達」って意味では、たしかに僕にはいないのかもしれない。……定義は未だによくわからないけど。
「なぁ、凪人。サッカーしようぜ」
放課後。いつも通り桐生がやって来る。僕はまじまじと顔を見つめた。
「ど、どうした? そんな顔して」
真正面から見られて、桐生は少し戸惑う。
桐生か。うん、桐生だ。
「やっぱ、ダメだね」
僕はぷいとそっぽを向き、その場を離れた。
「えっ、なに? 告白してないのに振られた気分なんだけど!」
この時、桐生が胸を押さえて呆然としていたことなど、知る由もない。
教室に戻り、帰り支度をする。
結局、今日は何の発展もなし。まだ一日目――と安堵するほど僕もバカじゃない。自分で動かなければ、ミッションはクリアできそうにない。男友達でこれなら、女友達は夢のまた夢だ。
友達はいる、と思っていた。でも、頼れる相手は誰一人いない現実も知った。僕が望んで距離を置いてきたのだから当然か。
え、桐生を頼れ? 確かにあいつなら協力もするし、女友達を連れてくるかもしれない。けど、桐生は嘘がつけない(そもそも僕を友達と思ってるかも不明)。いらんことを奏太や舞に吹聴しそうで怖い。今の学校で僕の過去を知る唯一の人間――超・危険人物だ。
「ああ、友達って、どう作ればいいんだろう」
本を鞄に押し込み、窓の外を眺めながらつぶやく。
「凪人君。友達いないの?」
「寂しい男ね」
「ダメだよ、二人とも。そういう言い方は」
背後から声。はっと振り返る。
そこには三人のクラスメイト。よりによって全員女子。みんな帰ったと思って油断した。さっきのボッチ発言、聞かれた。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
さっき「友達いないの?」と言ったのは七海楓。
身長は150センチ台中盤くらい。肩まで伸ばした柔らかなウェーブヘアが揺れ、ぱっと笑えば周囲が明るくなるような雰囲気を持っている。大きな瞳と、ほんのり丸みを帯びた頬は親しみやすく、それでいて油断するとドキリとする可憐さがある。犬のように人懐っこく、愛嬌と可愛らしさを兼ね備えたタイプだ。
「寂しい男ね」とディスってきたのは神楽坂紅葉。
僕とほぼ同じ背丈で、すらりとした体躯。切れ長の目が印象的なショートヘアの美人だ。姿勢や所作には隙がなく、学年でも一、二を争う容姿端麗さを誇る。その眼差しは猫のように冷ややかで、射抜かれるような鋭さを帯びている。口数も少ないため、周囲からは「近寄りがたい」と思われがちだった。
最後に「ダメだよ」と止めたのは姫野梓。
身長は一五〇センチに満たないほどの小柄な体つき。腰あたりまで伸びた艶やかな黒髪ストレートが、か細い肩にさらりと掛かっている。大きな丸い瞳はうさぎのように愛らしく、幼さを残した童顔。その表情は儚げで、どこか守ってあげたくなる雰囲気をまとっていた。
犬、猫、うさぎ。……組み合わせとしては面白い。どうでもいいけど。
「何か用?」
そう聞くと、七海さんがにんまり。
「あのね、凪人君にお願いがあるの」
ほう。普段あまり話したこともない女子から、お願い。この時点でロクな内容じゃないのはだいたい想像がつく。
「ああ、ごめん。僕、このあと用事があって」
ここは逃げ一択。立ち上がりかけたところ――
「嘘おっしゃい。あなた、部活入ってないし習い事もしてない。いつもまっすぐ帰るか、カメラ持ってふらふらしてるじゃない」
冷えた目で神楽坂さんが指摘。心臓がどくりと跳ねる。
こいつ、なぜ知ってる? 両親不在の話は噂で知れても、カメラで撮ってるのは誰にも話してない。撮影場所も学校から離してたはずだが……見られたか?
「ちょっと、紅葉ちゃん。そんな言い方はよくないよ」
おどおどと僕の顔色をうかがいながら、姫野さんが神楽坂さんの袖を引く。
――面倒くさい。そう思いながら三人を眺めていたが、不意に思い出す。
暗室を残すには、女子を最低一人、友達として家に連れて行く必要がある。
自分から動くのが苦手な僕に、女子のほうから近づいてくる――これはチャンスだ。どうせろくなお願いじゃない。でも、この三人の誰かと仲良くなれれば、ミッションに近づく。
「まあ、話だけでも聞こうか」
まずは受け入れる。下心? あります。
「本当? やったー!」
七海さんが飛び上がって喜ぶので、僕は慌てて釘を刺した。
「ちょっと七海さん、話を聞くって言っただけだよ。やるとは言ってない」
「ごめんごめん、わかってる。ここで話すのもなんだし、場所を移そう」
七海さんは調子よく舌を出した。




