第36話 偽りの噂と隠された真実
「ごめん、神楽坂さん、姫野さん。僕はこれから七海さんに加担しようと思う。できれば、二人も協力してくれないか?」
僕は、隣に座る姫野さん、そして椅子に腰かけている神楽坂さんへと視線を向け、軽く頭を下げた。
すると、姫野さんはぱっと表情を明るくさせ、力強く「うん」と頷いてくれる。
神楽坂さんは腕を組み、薄く微笑んで「やっと素直になったのね。ツンデレ君」と茶化すように言った。
今、最も重要になるのは情報。
僕たちは隠し事なしで向き合うべきだと決めた。
部活にやってきた七海さんに、僕は「花園さんを救うため全面的に協力する」と伝えた。
すると七海さんは心の底から嬉しそうに笑った。
「私、情報収集とか難しいことは苦手だから……花梨ちゃんのそばにいるね。ごめん、面倒なことは三人に任せてもいい?」
まるで「自分は楽な役割で申し訳ない」と言うかのような声音だった。
けれど、それは大きな勘違いだ。
七海さんが花園さんに歩み寄れば寄るほど、彼女は孤立する。そして、花園さん自身からも冷たく突き放される。
――それのどこが、楽な作業だろうか。精神的には最も辛い役割に違いない。
それなのに、七海さんは無理している様子を微塵も見せない。
きっと彼女にとっては、周囲の目や体裁なんてどうでもいいのだ。
ただひとつ――「花園さんを救いたい」。その想いだけで、彼女は迷わず動いている。
……なんだろう。
最初は偽善者だと気味悪がっていた七海さんの姿が、今は素直に格好良いものに見えていた。
三日後。
手分けして情報収集した結果、二つの情報が浮かび上がってきた。
――どちらかが有力情報で、どちらかがデマ。
あるいは、どっちもデマの可能性すらある。いずれにせよ、その真偽を確かめなければならなかった。
部室。中には僕と、神楽坂さん、姫野さんの三人。
七海さんはおそらく花園さんのところだろうが、彼女も部活がある以上、そのうちここに顔を出すはずだ。
七海さんの話によれば、花園さんはいじめを受けている今も、休まず部活に参加しているらしい。
完全に無視される環境で、それでも通い続けるなんて……。正直、僕は休むと思っていたが、見上げた根性だ。
「このAの情報は誰から?」
A4用紙に目を落としながら、僕は尋ねる。用紙には【A】【B】の二つの情報が並んでいた。
「下級生に、花園さんと同じ中学だった子がいてね。その子から聞いたの。その後、裏も取ったけど――本当の情報よ。Xの存在も確かみたい」
淡々と、神楽坂さんは答えた。
「ちなみに東野さん本人からは? なにか花園さんに恨まれるようなことがなかったか」
「残念ながら、それは聞き出せなかったわ。東野さん、心当たりはないの一点張り。……なにか隠してるのは一目瞭然だったけど」
「聞き出さなかったの?」
思わず問い返す。珍しい。威圧して口を割らせるのが神楽坂さんの得意科目だと思っていたが。
「私、あまり脅して口を割らせるの、得意じゃないのよ。……ほら、私って優しいでしょ」
真顔で言い切る神楽坂さん。僕は反応に困った。
「なによ、その顔」
「いや、別に」
慌てて目を逸らし、誤魔化す。下手に突っ込んで、関節技で落とされるのはごめんだ。
「ただ、東野さん、こんなことも言ってたわ。『花園先輩が今みんなに無視されている。かわいそうだから、助けてあげられないでしょうか』って」
「東野さんが? あれだけいじめられてたのに?」
思わず眉をひそめる。
――まあ、建前だろう。本心ではない。
いい気味ですわ。なんて正直に言うはずもない。神楽坂さんの手前、取り繕ったに決まっている。
「……そうね。でも、あれは嘘をついている顔じゃなかったわ」
神楽坂さんが腑に落ちない様子で静かに言う。
疑問は残る。けれど――事実として浮かび上がった【Xの存在】。
それが、花園さんが東野さんに抱く恨みの理由に繋がる鍵であるのは間違いない。
線と線が繋がれば、真実の形は見えてくる。
だが、それだけでは足りない。繋がったその先にある惨劇を、どう回避するのか――それこそが本題だ。
今、七海さんには部活以外の時間、花園さんを見張るよう頼んである。
花園さんが東野さんと二人きりにならないように。
「どうして二人きりじゃダメなの?」
と、無垢な顔で尋ねられたときは、適当な嘘で誤魔化した。
けれど――手は早く打たなければならない。花園さんが七海さんの目を盗み、いつ犯行に及ぶか分からないのだから。
「じゃあ、神楽坂さん、姫野さん。二人はAの方を引き続き調べてくれるかな」
僕がそう切り出すと、神楽坂さんはすぐに問い返してきた。
「構わないけど……Bの情報はどうするの?」
「Bの情報はデマだと思う。だから、放っておいていい」
あしらうように答えると、神楽坂さんは眉を曇らせた。
「そうね。私もデマだと思うわ。……でも、どうしてそんなデマが流れたのかしら」
「それは……知らないけど」
「知らないままでいいのかしら? 仮にデマでも、確かめる必要があると思う。本当だったら――大惨事になるわ。夏目君だって、知らん顔できる相手じゃないでしょう?」
「別に。知らん顔できる相手だけど」
「痩せ我慢はやめなさい」
神楽坂さんの切れ長の瞳が、真っ直ぐこちらを射抜く。
「夏目君は人を見抜く洞察力には長けているのに、自分の表情を隠すのは下手くそ。……本当に梓そっくり」
呆れたように言われて、姫野さんは「えっ、私?」と小さく声を上げた。
驚いた表情からして、自覚はまったくなかったようだ。
やれやれ。デマに決まっている――そう思いたい。
だが、確かに、なぜこんなデマが流れたのかは気になる。
「……わかった。二人にAを任せている間、僕はBを調べる。Bについては――明日の放課後、本人を呼んで直接話を聞いてみる」
「そうね。その方がいいわ。その人のためにも」
その人のためにも。
神楽坂さんの何気ない一言が、妙に重く響いた。
ただの噂。――そのはずなのに。
このデマに隠された意図を突き止めなければならない。




