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ナイトメアフィルム ~屋上の惨劇~  作者: 結城智
第四章 惨劇予告の写真は、誰を指していたのか
34/50

第34話 いじめの理由は嘘? それでも信じる七海と疑う僕

 週末を終えた月曜日。

 花園さんの状況は、すでに一変していた。


 教室に入ってすぐに視界に入ったその姿――孤立しているのは一目でわかる。

 普段なら必ず誰かがそばにいる花園さんが、一人で座っている。その姿は逆に目立っていた。

 いつも一緒にいる友達も、花園さんを気にする視線は送っていたが、近づこうとはしない。このまま誰も声をかけないだろう――そう思ったが、一人だけ例外がいた。


 言うまでもない。七海さんだ。

 彼女は花園さんに話しかけていた。しかし、花園さんの反応は冷たい。

 表情までは聞き取れなかったが、全身から「私に構わないで」というオーラが噴き出していた。


 ――きっと、週末にサッカー部でなにか起きたのだろう。

 普段、花園さんと一緒にいる友達は全員サッカー部員。理由は想像がつく。

 というか、その事態を誘発した黒幕は、他でもない僕自身なのだから。

 氷室部長、椿木副部長はもう花園さんに従わなくなった。

 そして僕の指示通り、今度はサッカー部全員が花園さんを無視している。


 ――自業自得。

 下級生を自分勝手な理由でいじめ、先輩を脅してまで東野を追い詰めたのだ。当然の報い。

 本来なら「ざまあみろ」と胸を張っていいはず。

 ……なのに、なんだろう。心の奥がまったく晴れない。むしろ重苦しさだけが残る。


「夏目君」


 ぼんやりしていると、不意に肩を叩かれた。

「ほわっ!」という情けない声を漏らし、顔を上げると――そこに立っていたのは神楽坂さんだった。


「なんだ、神楽坂さんか……驚かさないでよ」

「驚かすつもりはなかったわよ。というかほわって声で驚く人、初めて見たわ」


 うるさいな。僕が一番びっくりしてるんだよ。


「ずっと横に立ってたのに、夏目君ったら全然気づかないんだもの」

「あ、ああ……そうなの?」

 

 普段は周囲の気配に敏感なはずなのに、今日はまったくダメだった。


「やっぱり、夏目君に悪役は無理ね」


 神楽坂さんは、ため息混じりにそう言った。


「……なんだよ、それ」 

「だって、自滅しているじゃないの」


 神楽坂さんは腕を組んだまま、鋭い視線を僕に投げかける。


「自分でシナリオを作って、その通りになった途端……罪悪感に押し潰されそうな顔をしてる」

「……そんな顔してないよ」

「してるわよ。いい加減、認めなさい」


 彼女は溜息をひとつ落とし、淡々と告げた。


「夏目君は悪役を気取っているみたいだけど、向いてない。――そもそも無理なのよ。人の痛みを思い描ける想像力を持つ人間が、本気で人を陥れられるはずがないんだから」


 その声音は冷たくも優しくもなく、ただ真実を言い切るだけのものだった。

 駄々をこねる子供をあやすような口調なのに、反論を許さない力強さがあった。

 僕はその言葉を素直に受け入れられず、ただ黙って視線をそらす。

 向けた先では、花園さんに素っ気なく拒絶されながらも、健気に話しかけ続ける七海さんの姿があった。

 ――どうして、そこまで必死になれるんだろう。

 仲がいいわけでもないのに。


 僕には理解できない。理解できないからこそ、胸の奥がざわつく。

 苛立ちとも、焦燥ともつかない感情。

 その得体の知れないものを、放課後までずっと抱え続けることになった。




 放課後。

 気づけば僕は、七海さんの後を追っていた。


 彼女は鞄を持つとすぐに教室を出ていき、その視線の先には同じように席を立った花園さんの背中。

七海さんは迷いなくその後を追い――そして、僕はそのまた後ろをついていく。

 はたから見れば、奇妙な縦列行進だろう。


「花園さん!」


 七海さんが何度か声をかける。だが、花園さんは一切振り向かない。むしろ逃げるように歩調を速める。


 七海さんも負けじと早歩きになり、僕も自然と歩幅を合わせた。

 ……三人そろって一定距離を保ちながらの早歩き。客観的に見れば間抜けすぎる光景だというか、普通についてきてる僕が一番バカかもしれない。だが、後ろに僕がいることに気づかない七海さんも相当アホだ。一度でも振り返ったら、即アウトなのに。


 やがて、一角を曲がり、人通りの少ない廊下に入ったところで、花園さんが足を止めた。

 七海さんも立ち止まり、僕も同時に足を止める。僕は少し距離を取り、廊下の角に身を隠す。視覚は遮ったが、耳は澄ませて二人の会話を拾った。


「……なに。何の用?」


 花園さんの声。顔は見えないが、言葉の端々に苛立ちがにじむ。


「ねぇ、花梨ちゃん。聞きたいことがあるの」


 七海さんの声は、相手の棘を気にする様子もなく、普段通りの調子で落ち着いていた。


「まずはね、女子サッカー部のいじめ。――私たち写真部が調査してたの、知ってるよね?」


 静かな問いかけ。だが花園さんからの返答はなく、気まずい沈黙だけが流れる。


「一年の東野静ちゃんをいじめていた黒幕は……本当に花梨ちゃん、あなたなの?」


 七海さんの声には責め立てる響きはない。むしろ心配するような優しさがにじんでいた。

 しかし、それでも返事は返ってこない。廊下には二人の息づかいだけが残る。

 やがて七海さんは、少し肩をすくめて言った。


「まあ、この際どうでもいいや。だって、花梨ちゃんが黒幕なのは――最初から凪君が気づいてたみたいだから」

「……えっ。夏目君が?」


 初めて花園さんが反応した。声色に動揺が混じる。

 ちょ、ちょっと待て七海さん!? なにを自然に暴露してるんだよ! 心の中で盛大にツッコミを入れるが、ここは声に出さずに飲み込む。


「……はぁ」


 長い溜息の後、花園さんは低く笑うように呟いた。


「なんか変だとは思ってたの。……結局、私は最初から夏目君の手のひらで踊らされてたってわけね。あの時、夏目君が私のところに来た時点で、彼の計画は進んでいた――私、完全に踊らされてたんだ」


 吐き出すような言葉は、諦めと苛立ちが入り混じっていた。


「なら、もう知っているんだよね。私が東野をいじめていただけじゃなくて、三年生の先輩たちを脅して、いじめを強要していたことも」

「うん。知ってる」

「……そっか。だよね」


 花園さんは自嘲するように笑った。


「土曜日に部活へ行ったらさ、氷室部長と椿木副部長に呼び出されたの。もう“あんたの脅しには屈しない。万引きのことを先生に言うなら言えばいい”って言われたわ。それからよ。周りは東野と普通に話すようになって、逆に私を無視し始めた。立場が逆転するなんて、本当に一瞬だった」

「……なんで、静ちゃんのことをいじめたの?」


 七海さんの問いかけに、花園さんは眉をひそめる。


「あれ、夏目君に聞いてないの? 単純な話よ。東野が邪魔だった。三年が引退したら、綾と皐月と私の三人で2トップを組めるはずだった。念願だったのよ。でも東野が入ってきたせいで、その計画が滅茶苦茶になった。だから、消えてほしかった」

「うん、それは夏目君からも聞いた。で――本当の理由は?」

「えっ……なによ、それ」

「ごめん。その話、私は嘘だと思ってる。……そんな理由で、花梨ちゃんがいじめをするなんて、ありえない」

「は? 意味不明なんだけど」


 花園さんの声はわずかに震えていた。


「花梨ちゃんは努力家で、まっすぐで……曲がったことが嫌いな人だよ。だから、そんな理由でいじめなんて絶対にしない。先輩たちを脅して強要するなんて、絶対にありえない」


 七海さんの瞳は迷いなく、ただ真っ直ぐに花園さんを映していた。

 責めているのではない。ただ信じている。――その強さが逆に花園さんを追い詰めていく。


「バ、バカじゃない! 楓ちゃんがどう言おうが、私は東野が目障りで……消えてほしかった。それだけよ!」

「……違う。絶対、違う」


 七海さんの声は強く、それでいて揺るぎがなかった。

 ――出た。七海さんの頑固モード。


 一度「こうだ」と信じてしまえば、絶対に曲げない。人を信じる方向に頑固なのが、彼女らしいところだ。

 これ以上聞いても平行線だろう。僕は一歩引き、その場を離れることにした。

 廊下を歩き、窓際まで来ると、外を見つめながら深く息を吐く。


 ――花園さんが東野をいじめた本当の理由。確かに、どこか腑に落ちない。

 レギュラーを守るために誰かを蹴落とす、なんて話は理解できる。だが、先輩たちまで脅して東野をいじめさせるなんて、やりすぎだ。


 そして、さっきの動揺ぶり。……なにかを隠しているのは明らかだった。

 ……はぁ。何を真剣に考えているんだ、俺は。

 東野はもう救われた。花園がいじめられるのは自業自得。


 それで、解決でいいはずだろう。

 そもそも、あの写真に写っていた東野の惨劇は、もう回避されたのだから。


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