第32話 暗室に差し込む影
奏太と神楽坂さんが知り合い――という予想外な展開はあったものの、この後はひと通り自己紹介が済んだ。
心配だった七海さんと神楽坂さんも、きっちり「部活仲間であり友達」という口裏を合わせてくれている。
そして案の定、奏太と舞のコミュ力はチート級。すぐに七海さん達とも打ち解けてしまった。
奏太と神楽坂さんは元々の仲良し師弟だから放置するとして……問題は舞。なぜか七海さんと妙に気が合っていて、釣りが趣味だとわかると「今度一緒に行こう!」と盛り上がっていた。
しかも舞は、ただ盛り上がるだけじゃなく、会話を姫野さんにも振ってくれる。無口気味の姫野さんに話題を投げて、ちゃんと場に混ぜてあげる。
――気遣い完璧、トーク万能、愛想抜群。……ほんとに俺の妹か? スペック高すぎて、僕が背景モブに見えてくるんだけど。
「なぁ。約束守ったんだから、これで暗室は残してくれるんだよな?」
気づけば口が勝手に動いていた。タイミング的には場違いだが、ここで聞いておきたい。いや、今聞かねばならない。
どうせ舞のやつ、皆が帰ったあとで「やっぱダメ~」とかサラッと言いかねない。人前なら空気読んでOKするしかないだろ――そう踏んでの先手必勝。
「ダメだよ。どう見ても楓さん達、お兄ちゃんの友達には見えないもん」
……え? 今、ダメって言った? マジで? 舞、容赦なさすぎでは??
「あら、残念。ミッション失敗ね」
神楽坂さんは横でポッキーを咥え、完全に傍観者モード。いや、あなたが一番人事感出してる。
「うーん……そうだよね。私も凪君の友達かって言われると、自信ないかも」
七海さんが腕を組み、しかめっ面で考え込む。
「えっ!? いやいや、なんで!? ついさっき自己紹介したばっかじゃん!」
「いや、正確に言うと昨日までは友達だったんだよ? でも昨日、絶交したし」
「絶交したし!? え、昨日のことまだ怒ってるの!? じゃあ、ごめんなさいって今ここで土下座したら間に合う!? てか“かしら”とか言っちゃってる時点で、俺、完全にパニクってるからね!?」
頭の中で考えたことが、ストッパーもなく口からダダ漏れ。自分でも「あ、やっべ」と思った時にはもう遅い。
……そして、舞の冷めきった視線がグサリと突き刺さる。
眉ひとつ動かさず、まるで「兄貴が恥さらしてるわ~」と言わんばかりのドン引き顔。
……やばい、本当に暗室、処分コースなんじゃないかコレ!?
心臓がドラムロールみたいに鳴り響いて、僕は内心で勝手に“暗室葬送行進曲”を流し始めていた。
その後、僕たちは順番にパーティーゲームをすることになった。
……といっても、TVゲームの4人対戦。だから常に一人は手待ちになる。
僕は「いや、俺はいいや」と遠慮した結果、5人で交代制に。
でも回転が早いから、退屈する暇もなくゲームは盛り上がっていた。今日初めて会ったとは思えないほどに。
姫野さんも舞や奏太とすぐに打ち解けて、笑顔を見せている。
――正直、今日無理やり連れてきたのは不安だったけど、姫野さんが楽しそうにしている姿を見られ ただけで、僕はもう満足だ。
えっ、七海さんと神楽坂さんは心配しないのかって?
……あの二人は放置しても勝手に盛り上がるからノーカウントでいい。
そう判断して、僕は「写真の現像があるから」と言い残し、暗室へ。
二十分ほど作業に没頭していると、コンコン、とノック音。
「ちょっと待ってて」
作業途中でドアを開けられると台無しになるから、そう声をかけてから一枚の写真を仕上げ、トレイに移す。
それからドアを開けると――七海さんが立っていた。
「あれ、邪魔だったかな?」
部屋を覗き込みながら小首をかしげる。
「邪魔だね」
「そっか。じゃ、中に入っていい?」
いやいや、なんでだよ!? “邪魔だ”って聞いた直後に入る流れじゃないだろ!?
こちらの返答を待つこともなく、七海さんは「えへへ」と笑いながら、ずかずか暗室に入ってきた。
――日本語、通じてなかったわ。
二十分ほど作業に没頭していると、コンコン、とノック音。
「ちょっと待ってて」
作業途中でドアを開けられると台無しになるから、そう声をかけてから一枚の写真を仕上げ、トレイに移す。
それからドアを開けると――七海さんが立っていた。
「あれ、邪魔だったかな?」
部屋を覗き込みながら小首をかしげる。
「邪魔だね」
「そっか。じゃ、中に入っていい?」
いやいや、なんでだよ!? “邪魔だ”って聞いた直後に入る流れじゃないだろ!?
こちらの返答を待つこともなく、七海さんは「えへへ」と笑いながら、ずかずか暗室に入ってきた。
――日本語、通じてなかったわ。
うん。やっぱり、そうなるよね。別に驚きはない。七海さんだもの。
僕が黙って背を向けると、七海さんも自然に後ろをついてきて、暗室に足を踏み入れる。
ちょうど作業を区切りにできたので、僕は部屋の電気を点けた。赤色灯の薄暗い世界が、ぱっと普通の明るさへと切り替わる。
「どうしたの?」
振り向くと、そこにはいつもの元気な笑顔じゃなく、少しだけ真剣な表情の七海さんがいた。
「うん……あのね、大事な話があるの」
その声色は、普段の弾ける調子と違って落ち着いていて、不思議と胸に響いた。
僕は近くの椅子に目をやり、「どうぞ」と手で促す。椅子はひとつしかないから、僕は壁に背を預けて立ったまま。
七海さんが椅子に腰掛けると、視線が自然に合う。
思えば、こうして彼女と二人きりで向かい合うのは珍しいことだ。神楽坂さんとは一度、部室の暗室で話したし、姫野さんとはむしろ二人きりになることの方が多い。
ほんの少しだけ大人びた彼女の表情に違和感を覚える。
「さっきね……私、こっそり舞ちゃんに聞いたんだ」
不意に落とされた言葉に、思考が止まる。わけがわからず、僕は反射的に「なにが?」と問い返した。
「……凪君が、過去に親友から拒絶された話」
空気が、一瞬で重くなった。後出しジャンケンみたいに突きつけられた言葉に、息が詰まる。
七海さんは真っ直ぐに僕の目を覗き込み、その反応を観察するように視線を外さない。
「私ね……ずっと、梓が言ってた“凪人君は楓ちゃんに似てる”って言葉の意味が、分からなかったの」
……その話か。
神楽坂さんにも同じようなことを言われたばかりだ。胸の奥にしまい込んだ傷を、また引っ張り出される。
「舞ちゃん、話してくれたの。……凪君は昔、本当は友達を助けたかった。でも、誤解を招いて……結果、その友達はイジメにあって、転校することになったって」
――やっぱり、舞のやつか。
余計なことを……。よりによって、一番知られたくない相手に、全部。
胸の奥がズキリと痛んだ。




