第31話 妹にボロクソ言われた挙句、友達が師匠だった件
家に帰ると、待ち構えていたように舞が玄関へ飛び出してきた。
視線はすぐさま僕の背後――七海さんたちに向かい、目を見開き「信じられない」の表情を浮かべる。
「た、ただいま。えっと、友達を……連れてきたよ」
なるべく自然に言ったつもりが、見事に噛んでしまった。その瞬間、背後から「ぷっ」と笑う気配。犯人は七海さんだろう……まあ、振り向かない方が身のためだ。
「嘘。本当にお兄ちゃんの友達? こんな可愛い人たちが? 信じられないんだけど。……ねぇ、雇ったとかじゃないよね?」
いきなりの爆弾発言で、僕の面目は木っ端みじん。すると七海さんが僕の横へ出て、ぱっと明るい笑顔を見せた。
「こんにちは! 私、凪君のクラスメイトで、同じ写真部の七海楓です。友達、ほんとだよ!」
弾ける声に玄関の空気が一気に和らぐ。
「嘘でしょ。七海さんみたいに可愛い子なら、もっとまともな男友達つくれるはずでしょ? なんでよりによって、お兄ちゃん? ……お金? ダメだよ、それは。お兄ちゃん、バイトもしてないし超ビンボーだから!」
舞は眉を寄せ、真顔で畳みかけてくる。冗談じゃない。……いや、冗談じゃないから余計にタチが悪い。
「なぁ舞。立ち話もなんだし、中に――」
「はいはい。お兄ちゃんの部屋、汚いし臭いけど……どうぞ」
なぜか僕だけを無視して、三人を案内し始める舞。
七海さんが肩を震わせて笑いを堪えているのが視界に入るが、ここはスルーが正解だろう。助け船を出してくれたのは事実だから。
ちなみに、汚くて臭いとレッテルを貼られた僕の部屋は、今日はちゃんと掃除済みだ。姫野さんを招く予定だったんだから当然だろう。……結果的に、予期せぬオマケ二人も付いてきたけど。
部屋に入ると、舞はウキウキした声で言った。
「今からお菓子を持ってきますね。皆さん、どうぞ座って待っていてください」
そう言って、にっこり笑みを浮かべて部屋を出ていく。……兄にだけは辛辣なのに、外面は完璧。ほんと器用なやつだ。
舞が去り、部屋の中が僕たち四人だけになった瞬間、七海さんはついに堪えきれずに爆笑した。
「あははは! 凪君、妹ちゃんに酷い言われようだね~」
七海さんはお腹を抱えて笑っている。
「で、でも……すごく仲良しな兄妹に見えたよ」
姫野さんは慌ててフォローしてくれるが、もう手遅れだ。あれを見せられたら、僕が普段どれだけ舞に尻に敷かれてるか、一発でバレただろう。
「……ところで、神楽坂さんはなにしてるの?」
ふと気づけば、一人だけ視界から消えていた。視線を向けると、彼女はベッドの下に潜り込んでいる。
「なにって、エロ本探してるのよ」
キリッとした顔で即答。……出たな、下ネタ大魔王。全然驚かない。むしろ、やると思ってた。だが残念! その手のブツはちゃんと隠してある。抜かりはないんだよ。
「ちょっ、やめなよ紅葉ちゃん! 凪人君がそんないかがわしい物、読むわけないでしょ!」
姫野さんが真っ赤になって止めてくれる。そして僕の顔を見つめて、「ね? 凪人君」と同意を求める。
「う、うん……」
僕は目を逸らして頷いた。……あれ? なんか胸のあたりがチクっと痛い。
神楽坂さんはベッドの下を覗いて成果ゼロとわかると、腕を組み、考え込むようなポーズを取る。だがすぐに、閃いたように指を鳴らした。
「なるほど……夏目君は上級者だからエロ本は不要なのね。じゃあ、テーブルの引き出しに梓の写真があるのかも」
「えっ? なんで私の写真なの?」
姫野さんが目を丸くしている。
「え? そりゃもちろん、写真を使って――」
「言わせねぇよ!!」
僕は全力でツッコミを入れ、姫野さんの純白イメージを死守した。
ちょうどそのタイミングで、ドアが開く。
お盆を手にした舞が入ってきた。お菓子とティーカップが乗っている。……その後ろから、同じくお盆を抱えた奏太も登場。
二人はお盆をテーブルに置いたあと、同時に顔を上げて七海さんたちをまじまじと見つめる。
「あ、あれ……師匠?」
三人を見つめていた奏太が、いきなり目を丸くして声を上げた。
――師匠? なに言ってんだ、こいつ。
僕は首をかしげながら奏太の視線を追う。そこに立っていたのは、神楽坂さん。呼ばれた本人も、ぽかんと目を丸くしていた。
「あら、奏太じゃない。偶然ね。あなた、夏目君のお友達だったの?」
「いやいや、違いますよ。凪兄は、俺の兄貴っす」
「兄弟? ああ……そういえば奏太、苗字は夏目だったわね。知らなかったわ。……でも不思議、あなたたち全然似てないわ。舞ちゃんと奏太はそっくりなのに」
「そりゃそうですよ。舞と俺は双子ですから」
さらりとした会話なのに、空気は妙に和やかだ。二人とも自然体でやり取りしていて、どうやら顔なじみらしい。
「なぁ奏太。神楽坂さんとはどういう関係だ?」
誰も質問する気配がないので、僕が口を開く。すると奏太は「ああ」と納得顔をして、僕に視線を向けた。
「師匠とは、道場で一緒に稽古してるんだ。俺がやってるブラジリアン柔術の仲間」
「えっ、神楽坂さんも柔術を? ……っていうか、なんで師匠? まさか、神楽坂って師範?」
「いやいや、師範じゃないよ。ただ、師匠が滅茶苦茶強いから、俺が勝手にそう呼んでるだけ。実際、今まで一回も勝てたことないし」
「ふふ。奏太は筋がいいから、そのうち私を追い越すわよ」
神楽坂さんは落ち着いた笑みを浮かべてさらりと口にする。
「よく言うよ。いつも俺のこと、秒で仕留めてくるくせに」
奏太は肩をすくめながらも、どこか楽しそうだ。
――なんだ、めちゃくちゃ仲良さそうじゃないか。それにしても、奏太ですら一度も勝てないなんて……。
奏太は地区大会で優勝を何度も飾る実力者だ。その彼が、瞬殺されるレベルってことは……神楽坂さん、ただ者じゃない。
ああ、今まで下手に逆らわなくてほんと良かった。




