第30話 死刑宣告メールと、デートみたいな待ち合わせ
舞から送られてきたメール。
【お兄ちゃん。約束した期限、明日か明後日の週末で最後だけど、大丈夫? ……大丈夫じゃないよね。じゃあ、あの部屋、処分するから】
まるで死刑宣告のような内容だった。
最近はバタバタしていて、すっかり忘れていた僕は、咄嗟に目の前の姫野さんへと助けを求める。
「姫野さん、明日って予定ある? もし空いてたら、うちに来てほしいんだ」
言った瞬間、姫野さんはぱちんと瞬きをして、顔を真っ赤に染めた。
「えっ……ええっ!? い、いきなり何を……」
慌てふためく様子は、子猫みたいにオロオロしていて可愛い。
もちろん、ただ「男の家に来い」と誘っているわけじゃない。僕はプライドをかなぐり捨てて事情を説明した。
「――あぁ、そ、そういうことなのね……」
事情を聞いた姫野さんは、胸を押さえながらホッとしたように笑みを浮かべ、こくりと頷いた。
「わ、わかった……。協力するから。だから、そんなに必死な顔しないで」
小さく笑う彼女の姿に、僕の胸の緊張はふっと解けた。
これで、あの部屋は守られる――そう思うと、自然と安堵の息が漏れた。
土曜日。
僕は待ち合わせ場所のコンビニ前で、姫野さんを待っていた。
待ち合わせ時間は十三時。けれど僕は二十分前には到着していた。
普段なら、せいぜい五分前に着けば十分だと思っているのに――今日は落ち着かなかった。朝から何度も時計を見てはため息をつき、結局予定よりずっと早く家を飛び出してしまったのだ。
よく考えれば、これは姫野さんと二人きりでの待ち合わせ。事情が事情とはいえ、なんだか、デートみたいで胸がざわつく。僕はコンビニの壁に寄りかかり、スマホを開いては閉じ、時間を確認してはまた閉じる……そんな落ち着きのない動作を繰り返していた。
「……凪人君」
不意に背後から声がして、僕は慌てて振り返った。
そこに立っていたのは――姫野さん。
一瞬で息が詰まる。
彼女は真っ白なワンピースに身を包んでいた。
膝丈の軽やかな生地が、夏の風を受けてふわりと揺れる。清楚で可憐。童顔で無垢な雰囲気の彼女には驚くほど似合っていて、まるで絵本から抜け出してきたヒロインのようだった。
「ご、ごめん。待った?」
照れくさそうに微笑むその仕草に、心臓が跳ねる。
「い、いや……僕も今――」
来たところ、と続けようとしたが、言葉が喉につかえて止まった。
理由は簡単だ。彼女の後ろに映る光景が衝撃的すぎたから。
「なによ、その顔」
姫野さんが小首をかしげる。その後ろでは――
不貞腐れた表情をしている七海さんと、得意げに腕を組んでいる神楽坂さん。
……お約束すぎる展開に、僕は頭を抱えたくなった。
「なに、その顔」
ふてくされた表情を浮かべていたのは七海さんだった。
今日は薄ピンクのTシャツに、ライトブルーのショートデニム。裾はダメージ加工でラフさを出しているけれど、足元は白のスニーカーで全体をすっきりまとめている。清楚系の姫野さんとは違って、健康的でアクティブな雰囲気がよく似合っていた。
一方、したり顔をしていたのは神楽坂さん。
彼女は黒のスキニージーンズに、ゆったりした白Tシャツを合わせ、その上に薄手のジャケットを羽織っていた。そのTシャツには、よりにもよって大きく【滅殺】とプリントされている。普通なら即ダサ判定の服装だ。
……なのに、スタイル抜群で美人な神楽坂さんが着ると、不思議とスタイリッシュに見えてしまう。地味どころか、まるで雑誌のモデルが奇抜なブランドTシャツをさらりと着こなしているかのようだった。
「凪人君、ごめんね。なにも言わずに二人を連れてきちゃって」
姫野さんは両手を合わせて、ごめんねポーズ。その仕草が可愛くて、僕は空返事しかできなかった。
なんで、連れてきた? と心の中では叫んでいたが、二人の前では口に出せるはずもない。せめて理由くらいは説明してほしい。
「友達を紹介するなら、私だけじゃなくて楓ちゃん、紅葉ちゃんも紹介した方がいいと思って……」
いやいや、紹介なんて必要ない。そもそも紹介の目的は、暗室部屋を守るためなんだ。問題児二人を加えたら、シンプルな話が一気にカオスになるに決まっている。
「ちょっと、凪君。いくらなんでも梓を都合よく使いすぎじゃないの? 梓は凪君の彼女じゃないんだから。もし梓とイチャイチャしたいなら、まずは私を通してもらえる? 梓は断るの苦手な子なんだからね」
七海さんは腰に手を当てて、眉間に皺を寄せる。その言葉は正論すぎて胸が痛い。
「そうだよね。ごめん、姫野さん。無理に誘ってしまって」
「えっ、私は大丈夫だよ。別に嫌じゃないし……むしろ、その……嬉しいし」
「えっ?」
「な、なんでもないっ!」
最後は小声でごまかす姫野さん。聞き取りづらいその言葉に、余計にドキリとしてしまう。
「安心しなさい。楓も弟さんと妹さんには、余計なことは言わないでしょうから」
神楽坂さんは涼しい顔でそう言い切った。いや、あんたが一番心配なんだけど……。
参ったな。この三人を連れて行ったところで、奏太と舞から「友達じゃない」と判断されれば、その場で暗室は処分決定だ。
――最初、姫野さんを待っていたときの初々しいドキドキは、いつの間にか、別のドキドキへと変わっていた。
不安を抱えながら、僕は三人と共に家へと向かうのだった。




