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ナイトメアフィルム ~屋上の惨劇~  作者: 結城智
第三章 正義の代償
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第28話 届かない救い

 僕が話し終えると、部室は水を打ったように静まり返った。


「それで……まさか、花梨ちゃんは……」

 

 七海さんの唇が小刻みに震える。信じられない。そんな表情だった。


「昨日、先輩たちに提案した。だから――今日あたりから花園さんは孤立し始めるはずだ」

「なんで! なんでそんなことするの!?」


 バンッ――。

 机を叩く大きな音が、重苦しい空気を切り裂いた。七海さんの剣幕は凄まじく、怒りと混乱が一度に溢れ出していた。


「花梨ちゃん、そんなことする人じゃない! サッカー部ができたときから、いつも一生懸命で……頑張る人には必ず手を差し伸べてきた。そんな優しい子だよ! 自分勝手な理由で、あんなことするはずない!」

「信じたくない気持ちはわかる。でも――それが真実だ」

「だとしても、こんな解決の仕方ってある? これじゃあ静ちゃんが助かっても、今度は花梨ちゃんがイジメられることになるんでしょ! そんなの間違ってる!」

「やり方が間違ってる? じゃあ、七海さんはどうやって東野さんを助けるつもりだったんだ?」

「私なら……花梨ちゃんを説得する。とことん話し合う!」

「論外だな。――反吐が出る」


 言葉が鋭く飛び出した。抑えていた苛立ちが、とうとう声ににじんだ。

 七海さんが呆然と目を見開く。姫野さんもまた、驚きよりも悲しみに似た眼差しを向けていた。神楽坂さんだけが、無表情のまま腕を組んでこちらを観察している。


「七海さん、君はもっと、人を疑うことを覚えた方がいい。君が信じている花園花梨と、本当の花園花梨は違う。君が見ているのは彼女の表面――きれいな部分だけだ」


 残念ながら、七海さんが花園さんと話し合ったところで意味はない。

 ――むしろ、バカ正直な彼女なら、逆に言いくるめられて終わるだろう。


 この世には、正攻法が通じない相手がいる。いや、違う。……正攻法が通じる人間の方が少ないのだ。

 子どもの頃ならまだいい。無垢で、まっすぐで、信じれば信じ返してくれる相手もいる。けれど大人になるにつれ、人は欲望に濁り、計算に塗れ、言葉の裏に刃を隠すようになる。


 ――僕は、それを嫌というほど知ってしまった。

 だから、なにかを解決すれば、その裏で必ず別の問題が浮き彫りになる。


 誰かを救えば、誰かが傷を負う。

 誰かを信じれば、誰かに裏切られる。

 win-winの解決なんて幻想だ。

 もしそんな理想があるのだとしたら――それは物語の中だけ。

 現実では、勝者と敗者が生まれ、どちらかが泣く。

 それが解決の代償だ。


 ……わかっている。

 僕が選んだやり方は、七海さんの言う通り間違っているのかもしれない。

 けれど、じゃあどうしろと言うんだ。

 話し合いで、人の欲や保身が消えると思うのか?

 甘い。甘すぎる。そんな幻想にすがれば、守れるはずの誰かを見殺しにするだけだ。

 だからこそ――僕の選択は間違っていない。

 そう、間違っているはずがない。


「嫌だ。私がしたかった人助けは、こんなやり方じゃない!」


 声を震わせ、七海さんは勢いよく席を立ちあがる。

 小さな抵抗なのか、最後に僕を鋭く睨みつけ――


「凪君のバカ。アホ。……変態!」


 と、謎の三段活用を残して、ドアを乱暴に閉めて出て行ってしまった。

 ……バカとアホはわかる。だが変態は意味不明だ。きっと、どうしても三拍子にしたかったんだろう。

 扉が閉じると同時に、部室は静寂に包まれる。


 さっきまで熱くぶつかっていた空気が嘘のように、冷たく静まり返っていた。

 残された僕の胸に残るのは、七海さんの言葉と――彼女の揺れる背中の残像。その両方が、妙に切なく胸を刺していた。


 神楽坂さんは頭を掻きながら席を立ち、ちらりと僕の顔を一瞥する。怒っているというよりは、困ったような表情だった。


「夏目君。あなたの言い分もわかるわ。……でも、これは気持ちのいい解決方法じゃないわね」

「神楽坂さんは、別のやり方があったと?」

「いいえ。私には思いつかなかった。結果だけ見れば、短期間で東野さんを救ったのは大したものよ」

「なんか、歯切れが悪いね」

「そうね。うまく言えないけれど、胸の奥がすっきりしないの。……それに、どうして最初に私や楓に相談しなかったの?」

「神楽坂さんはまだしも、七海さんには絶対に反対されると思った」


 面倒な展開になるのは予測できていた。実際、七海さんは真っ向から反対していた。もしあの時点で話していれば、きっと対応は遅れ、東野さんはいまだにいじめられ続けていただろう。

 この件は、一日でも早く解決しなければならなかったのだ。


「なにより、悪人が罰を受けるのは当然の報いだ」


 花園さんの行為は単なるいじめではない。自分が手を汚すだけでなく、他人を脅して巻き込み、東野さんを潰そうとした。――絶対に許されるものではない。


「ええ。その点は同意するわ。でも、それでも――相談するべきだったと思う」


 神楽坂さんは僕を真っ直ぐに見据える。声音は冷静だが、眼差しには鋭い光が宿っていた。


「私たちは仲間よ。もっと頼りなさい。……夏目君は、自分だけが汚れ役を背負えばいいと思っているのでしょう。でも、そんなことを続けていたら、いつかあなた自身の心が壊れるわ」

「別に、僕は――」


 言い返しかけて、喉の奥で言葉が詰まった。

 本当は自分でも気付いている。僕のやり方は、決して健全ではないことを。


「ああ。夏目君、自分じゃ気付いていないみたいだから言うけど――今のあなた、ものすごく変な顔してるわよ」


 冷ややかな目で神楽坂さんにそう言われ、僕ははっとして思わず自分の顔に触れた。

 とっさに姫野さんの方を見たが、彼女は気まずそうに目を逸らす。


「いや……僕、もともとこういう顔だし」

「変な顔なのは知ってるわ。でも私が言いたいのは、そういうことじゃないの」


 神楽坂さんは呆れたように眉をひそめる。……てか、変な顔なのは知ってるわって、さらっと失礼だな。


「夏目君。捻くれてるから分かりにくいけど――根っこの部分は楓とそっくりなのよね」

「えっ?」

「そう、梓が言っていたわ」

「も、紅葉ちゃん!」


 いきなり暴露されて、姫野さんは慌てふためく。……今回、僕と姫野さんだけで動いた件、一番根に持ってるのはやっぱり神楽坂さんなのかもしれない。


「夏目君、無理は体に毒よ。……じゃあ私は楓を追いかけるから。梓、夏目君のフォローよろしくね」


 そう言い残して、神楽坂さんも部室を出ていった。

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