第26話 協力者の仮面
久々に姫野さんが部室に来た。たった一週間ぶりなのに、妙に懐かしく思えてしまうのはどうしてだろう。
「ご、ごめんね。本当に……ごめん」
ドアをそっと開け、隙間からひょこっと顔だけを出す。その姿はまるで子猫が恐る恐る様子をうかがっているようで、思わず「可愛いな」と心の中で呟いてしまう。
「梓ぁぁぁぁ! 会いたかったよおおお!」
七海さんは怒るどころか、まるで何年も会えなかった親友に再会したみたいに勢いよく抱きついた。部室で会うのは一週間ぶりなだけのはずなのに、大げさすぎる。……いや、七海さんにとっては本気なのだろう。
「梓は謝らなくていいのよ。全部このクズ――いえ、クズ神の責任だから。ねぇ、むしろ大丈夫? このクズ神に、他にも酷いことされてない?」
神楽坂さんも同じく、姫野さんを責めることは一切なく、心配そうに寄り添う。
けれど、僕は散々な扱いだ。クズからクズ神にまで格上げされてしまった。……いや、降格じゃなくて昇進扱い? 褒められてるわけじゃないのに。まあ、姫野さんが責められないだけマシか。
「ち、違うの。凪人君は悪くないんだよ。……今回のことは、仕方なかったと思うの。わ、私がわがまま言っちゃったせいもあるし……」
姫野さんは僕の方をちらっと見て、すぐに視線を逸らす。その頬はほんのり赤く、声は弱々しく震えている。小さな仕草ひとつひとつが、守ってあげたくなるほど可憐だった。
「ふふっ……夏目君を許すかどうかは、これからの弁解次第ね」
指をボキボキ鳴らしながら、不敵に笑う神楽坂さん。ああ、姫野さん、助けて……僕も三浦先輩のように、絞め落とされちゃうよ。
「……そうだね。ここまでバレたら仕方ない。正直に話すよ」
僕は椅子に腰を下ろし、全員がテーブルの所定の位置についた。
別に決められた場所じゃないのに、不思議と皆が自然とそこに収まる。全員が揃っただけで、どこか胸の奥がふっと温かくなる。
「――単刀直入に言うと、今回のイジメ。黒幕は三年生の先輩たちじゃない」
僕の言葉に、七海さんは「えっ?」と大きく目を見開いた。
「じゃあ、誰なの?」
前のめりになり、今にもテーブルを乗り越えてきそうな勢いだ。僕はもったいぶるつもりはなかったが、一度話を整理することにした。
「その前にさ。今回、一年生と二年生に聞き込みした結果――なにか妙だと思わなかった?」
問いかけると、神楽坂さんは腕を組み、顎に手を当てる。
「変だったかしら。……二年生は全員黙秘。一年生は“犯人は三年生”って、揃いも揃って同じ答えだった」
「そこだよ。普通なら――違う答えが混ざるはずだ。一年生の中に『知りません』って子が一人くらいいてもおかしくない。二年生の中に『実はね』と喋り出す子がいても不思議じゃない。なのに全員、口を揃えて同じ答えだった」
七海さんの眉がひそめられる。
「……確かに。でも、それってつまり三年生が黒幕ってことでしょ?」
「いや。むしろ逆だ」
僕は即座に否定した。
「だって考えてみろよ。もし一年生や二年生の誰かが、勝手にそう言えと命じたらどうなる? 従わない子が絶対に出てくる。――三年生が怖いからな。そんな危ない橋を渡るくらいなら黙るはずだ」
「……成程」
神楽坂さんが小さく目を伏せ、口元をわずかに緩める。察したようだ。
「え、えっ。なになに? わかんないよ!」
七海さんは思考放棄したように神楽坂さんへ詰め寄る。
「つまりね、楓。全員が従わざるを得ない人物が指示を出したってことよ」
神楽坂さんが代わりに解説する。
「三年生自身が、自分たちを犯人にしろと命じたの。なら、誰も逆らえないでしょう?」
「そ、そんな……じゃあ二年生が黙秘してたのは?」
僕は静かに息を吐き、続けた。
「二年生は僕たちと同級生。下手に聞かれたら余計なことまで喋る可能性がある。だから、最初から、何も言うなと封じられていたんだろう」
「……そういうことね」
神楽坂さんがこちらを見る。その眼差しはまるで答え合わせをする教師のようだ。
「正解。――黒幕は二年生だ」
僕はゆっくりと告げた。
「えっ!? 二年生って……誰?」
七海さんは半開きの口で固まる。
僕は視線を鋭くし、名前を口にした。
「花園さんだよ」
「花梨ちゃん!?」
七海さんの声が部室に響いた。
「――協力した、なんて言葉は正しくない。正確に言えば“協力しているふり”だね。だって彼女は黒幕だから」
僕の一言に、七海さんは目をぐるぐるさせて、頭がオーバーヒートしかけている。白目を剥きそうな勢いだ。
「僕たちが女子サッカー部を視察に行った時点で、花園さんはすでに警戒していたはずだ。……写真部が“人助け”をしている部活だと、彼女は知っていた。だからこそ、なんの事前連絡もなく『試合を撮らせてほしい』と言われたら――当然、警戒する」
「ちょ、ちょっと待ってよ。そもそも、なにがきっかけで花梨ちゃんが黒幕だって思ったの?」
七海さんが食い下がる。
「簡単なことだよ。――花園さんだけが東野さんに自然に笑顔を向けていた」
僕ははっきりと言い切った。
「他にも話しかけていた子はいた。けど、全員、周囲の目を気にしていた。……つまり、三年生の命令を恐れていた証拠だ。『東野さんと仲良くするな』とね。だが、花園さんだけは違った。彼女はその命令に従う必要がなかったんだ。なぜなら、命令していた側だから」
「……でも、動機が不明ね」
神楽坂さんが小さく首を傾げる。
「動機もそうだけど、三年生が花梨ちゃんに従う理由もわからないよ!」
七海さんも追い打ちをかけてきた。
「そこまで自信満々に言うなら――確固たる証拠があるんでしょう?」
神楽坂さんの声は鋭く、核心を突く。
僕は静かに視線を返し、頷いた。
「もちろん。三年生とは、すでに話をしてある」
言いながら、一瞬だけ姫野さんの方に視線を送る。
彼女の小さな肩がびくりと揺れたのを確認してから、僕は二人に向き直った。
「――その時のことを、話そうか」




