第25話 暴かれた指示
急展開ではあるが、東野さんのイジメは解決した。
「こないだ女子サッカー部の一年生に聞いたら、静ちゃん、三年生からの無視や嫌がらせがなくなったみたい。本当に急にだって」
放課後。花園さんと話をつけてから三日が経った頃だった。
狐に抓まれたような顔で「なにが起きたの?」と小さく呟き、七海さんは疑わしげな目をこちらに向けてきた。
「……一体、なにをしたの? 凪君」
「まあ、解決したんならいいじゃないか」
僕はわざとそっぽを向いて、答えにならない答えを返す。
「うーん……でも結局、なにが起きたのか私たちにはわからないままじゃない? なんだか私、なにもしてない気がする」
「そんなことないよ。一年生から情報を引き出してくれただろ? もちろん、神楽坂さんも。……その情報があったから、解決に導けたんだ」
その場しのぎの言葉を並べる僕に、七海さんは「そうかなぁ」と納得しきれない顔をしていた。
一方で――神楽坂さんは冷ややかに僕を見据えていた。
最近、どうも彼女の機嫌が悪い。どうしたのだろう……? むしろ、心当たりが多すぎて、どれかわからない。
「でもさ、結局、サッカー部を助けてって手紙を出したのは誰なんだろうね?」
七海さんが不思議そうに首を傾げる。
「さあね。誰だろう」
「もしかして、花梨ちゃん? 今回、協力してくれたんでしょ」
「ああ……確かに。案外、そうかもしれないね」
僕は適当に相槌を打った。
……実際には花園さんが手紙の差出人なんてありえない。だとしたらサッカー部の誰かだろう。まあ、この際、誰でもいいんだけど。
「それより……梓。どうして部活に来ないんだろう? 今日、“静ちゃんの件は解決したから大丈夫だよって、伝えたのに」
七海さんは腕を組み、不安げに眉を寄せる。
その時――神楽坂さんの鋭い声が僕を射抜いた。
「夏目君。……あなた、今、梓にどう指示を出しているの?」
突拍子もない問いに、僕も七海さんも「えっ?」と声を漏らす。
「指示って……なに?」
僕が首を傾げると、神楽坂さんの表情は一層険しくなる。
「もう――猿芝居はやめなさい」
苛立ちを押し殺した低い声。
「楓がいるから今まで黙ってたけど……さすがにもう限界よ」
その瞳は怒りに燃え、真っ直ぐ僕を射抜いていた。
七海さんはただ困惑し、状況を飲み込めずに目を泳がせる。
――空気が一気に張り詰める。
僕は言葉に詰まった。
――まさか。神楽坂さん、気付いていたのか?
それともハッタリか? 全く判断できず、僕は黙秘で様子をうかがった。
神楽坂さんは、そんな僕の沈黙を見てふっと息を吐く。
「ああ、そういうことね」
まるで「読めた」と言わんばかりの呆れ顔。鋭さに背筋が冷える。
「ねぇ、紅葉。どゆこと?」
七海さんは未だに状況が掴めず、ぽかんと口を開けている。
「いいわ。夏目君が黙るなら――楓、あなたに教えてあげる」
「だから、どゆこと?」
七海さんの声は少し焦りを帯びていた。
嫌な予感が全身を駆け抜ける。額からじわりと汗が滲む。
七海さんに知られるのは、後々とんでもなく面倒になる。……どうする? いっそ神楽坂さんにだけ打ち明けて協力を仰ぐか?
そう思った瞬間には、もう手遅れだった。
「梓が部活に来ない理由。休み時間や昼休みに、私たちから逃げるように姿を消している理由。――全部、夏目君の指示でしょ?」
「えっ……どゆこと?」
七海さんは信じられない、といった顔で目をぱちくりさせる。
……てか、さっきから七海さん『どゆこと?』ばかりだな。
「きっと始まりは、あの日――女子サッカー部を見学した時からよ」
神楽坂さんの声は冷たく鋭い。
「梓が『東野さんを助けない方がいい』なんて言い出したときから、ずっと違和感があった。あの子の性格じゃありえない。だから確信したの。――夏目君が言わせたんでしょ?」
「嘘……じゃあ、あれは凪君の仕込みってこと?」
七海さんは僕を振り返り、声を震わせる。
「そうよ。きっと夏目君が梓にそう指示したの。そして、梓は、関わっていないように見せかけながら――実際は裏で動いている。夏目君の命令でね」
言葉の刃が突き刺さる。
神楽坂さんの瞳は、すべてを見抜いたと言わんばかりに僕を射抜いていた。
「それに――この件、まだ終わってないんでしょう?」
止めを刺すような口調に、喉がひゅっと鳴る。
……完全に見破られた。
七海さんを誤魔化すのは簡単でも、神楽坂さんは別格だった。あの観察眼は伊達じゃない。
――ここでごまかすのは危険だ。
僕はポケットからスマホを取り出し、指を震わせながら打ち込んだ。
【ごめん。神楽坂さんにバレた。殺されそうだから、部室に戻ってきて】
送信ボタンを押した瞬間、深いため息が漏れる。
……ああ、我ながら情けない。




