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ナイトメアフィルム ~屋上の惨劇~  作者: 結城智
第三章 正義の代償
24/50

第24話 策略の始動

 あれから三日が過ぎた。

 サッカー部でのイジメの実態――その情報収集は七海さんと神楽坂さんに任せていた。そして今、部室でその結果を共有している最中だった。


「サッカー部の一年生、全員に聞いてみたら答えてくれたよ。やっぱり静ちゃん、三年生の先輩たちに嫌がらせを受けてるみたい。助けてあげたいのは山々だけど、三年生が怖くて、誰も声を上げられないんだって」


 最初に報告したのは七海さん。声には確かな手応えがこもっていた。


「あら、じゃあ決定じゃない。……残念ながら、同級生の子たちは口が堅くて、全員『知らない』の一点張りだったわ。むしろ私が聞き込みしてたら、『そういうのはやめておいた方がいい』って注意されちゃったのよ」


 神楽坂さんはふてくされたように肩をすくめる。


 なるほど。想定内の結果だ。七海さんが情報を得られ、神楽坂さんが空振りに終わるのも予測していた。これは神楽坂さんが悪いのではなく、最初からそうなると思っていたことだ。


「でも、なんで花園さんだけ、聞き込みストップなの?」


 七海さんが疑問を口にする。


「花園さんには、僕が直接聞き込みを行うからだよ」

「あら……意外ね。夏目君がやる気を見せるなんて。どういう心境の変化かしら?」


 神楽坂さんが訝しげに目を細める。

 別にやる気になったわけじゃない。ただ――花園さんは重要人物だ。下手に他人を介して警戒されるのは避けたい。だからこそ、僕が直接動く必要があるのだ。


「わかったわ。……それにしても、梓。今日も部活に来なかったわね」


 話が一通り終わったところで、神楽坂さんはちらりと視線を横へ動かす。そこは、いつも姫野さんが座っていた席。だが、今は空っぽのままだ。


「うん……。梓、部活だけじゃなくて、休み時間も昼休みもいなくなっちゃうの。こないだ捕まえて聞いてみたら、『私は大丈夫だから、今は東野さんを助けることに専念して』って……濁されちゃった」


 七海さんは唇を噛み、悔しそうに僕を睨む。


「なに、その目?」


 思わず問い返すと、七海さんは苦笑もせず、真剣な声音で言った。


「本当はさ……梓になにがあったのか、聞き出したいよ。でも、こないだ凪君に説教されたばかりだから、自粛してるんだ。……本音を言えば、拘束してでも問い詰めたいくらいなんだけど」


 冗談めかしているようで、その目は本気だった。七海さんならやりかねない。笑えない冗談だ。


「まあ……今は一日でも早く解決を目指そう。そうすれば、姫野さんだってきっと戻ってくる」


 僕はそうなだめるように言う。


 だが、そのとき。

 神楽坂さんが、じっと僕を見ていた。普段なら即座に言葉を返す彼女が、黙ったまま。視線だけが冷たく、鋭い。


「神楽坂さん……どうしたの?」

「別に」


 短く切り捨てると、そっぽを向いてしまった。

 その横顔には、七海のように露骨な不安ではなく――沈黙の中に潜む疑念があった。

 まるで、姫野さんの不在と、僕の態度とを結びつけているかのように。


 この時の神楽坂さんの胸の内など、知る由もなかった。




 放課後。部活が始まる前に少し時間が欲しいと伝え、僕は花園さんを体育館裏に呼び出した。


 空はオレンジ色に染まり始め、校舎の影が長く伸びる。人の気配のない体育館裏は、風が通り抜ける音と、遠くの部活の掛け声だけが響いていた。

 僕は先に到着し、壁にもたれて待つ。数分後、小走りでやってきた花園さんの足音がコンクリートに軽やかに響いた。


「ごめん。待った?」

「いや、僕も今着いたところだよ」


 花園さんは肩で息を整えながら周囲を見渡す。誰もいないことを確認すると、少し緊張をほぐしたように息を吐いた。


「夏目君が呼び出すなんて珍しいね。話ってなに?」


 間髪入れずに首を傾げて尋ねてくる。僕は前置きなしで切り出した。


「女子サッカー部で、イジメがあるって情報を耳にしたんだ」


 あまりに唐突な切り出し。驚かれて口を閉ざされると思っていた。だが――。


「ああ、その話ね」


 拍子抜けするほど落ち着いた声。驚いた様子はなく、世間話をしているかのように淡々とした反応だった。


「否定しないの?」

「うん。まあ、ここで私が知らないって言っても信用しないでしょ?」


 軽い調子で返され、逆に僕の方が戸惑う。二年生達が一様に口を噤んだのとは違い、花園さんはあっさり認めた。僕達が聞き込みをしていることを耳にしていたのだろうか。


「で、なんでそんなこと聞くの?」


 花園さんが逆に問い返してくる。僕は少し迷った。どう答えるのが正しいのか。誤魔化すか? いや――七海さんがクラスメイトに「写真部は人助けする部だ」と広めていた。ここで嘘をつけば、かえって怪しまれるだろう。


「うちの部は……写真部の活動以外に、人助けもやってるんだ」


 言いながら、自分で心の中で突っ込む。なんだよ、その怪しい部活。聞けば聞くほど変な部だ。


「ああ、そういえば楓ちゃんが言ってたね。本当だったんだ」


 花園さんは目を輝かせ、興味津々といった様子だ。ほっと胸を撫で下ろす。七海さんのおしゃべりに感謝するのは初めてかもしれない。


「で――静ちゃんを助けたいってこと?」

「あっ……うん」


 ……おいおい。こっちが探りを入れる前に名前を出してくるなんて。隠す気ゼロかよ。逆に不信感を覚えてしまう。


「わかった。協力するよ」


 仕方ないな、という調子で花園さんはあっさり頷いた。


「あれ? なんでそんな、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるの?」


 僕が黙り込むと、不思議そうに首を傾げる。


「いや、ごめん。実は今日、花園さんに協力をお願いするつもりで来てて。……むしろ、そこまで話が通じるなら、最高だなって思ってたんだけど」

「じゃあ、最高になって良かったじゃん」

「いや、そんなとんとん拍子で受けてもらえるとは思わなくてさ」

「ああ、そういうことね」


 花園さんは納得したように小さく頷き、ふっと柔らかく笑った。その笑みは夕暮れの光に照らされ、どこか不思議な安堵を与えた。


「あのね、説得力ないかもしれないけど……私も静ちゃんのことはなんとかしたいと思ってるの。これでも次期部長だし」


 花園さんは鼻先に指を当て、少し誇らしげに笑った。


「でもね、三年生を相手に一人で戦うのは心細いのよ。知っての通り、一年生たちは助けたい気持ちはあっても、怖くて何もできない。同級生たちは……まあ、見て見ぬふりしてる状況でしょ? だから、あなたたちが協力してくれるのは、むしろ好都合なの」


 ――わかった? だからそんな疑い深い目で見ないで。そんなニュアンスを含んだ口ぶりだった。

 筋は通っている。だが、僕はどうしても人を疑ってしまう性分なのか、胸の奥のモヤモヤは拭えなかった。けれど――脳裏に浮かぶのは姫野さんの顔。


 あれこれ悩むより、先に進めるべきだ。膠着状態を打破するには、花園さんの協力を得るのが最善だろう。


「ありがとう。……じゃあ、力を貸してくれる?」

「任せてよ」


 花園さんは頬を綻ばせ、自信ありげに頷いた。


「で、静ちゃんを助ける段取りは決まってるの?」

「一応、僕の方で計画はある」


 僕は花園さんにミッションを伝える。

 東野静をイジメから救う方法。それは単純だが、効果的な一手だった。


 ――花園さんの発言力を利用する。

 サッカー部の次期部長である花園さんが、イジメをしている三年生に直談判する。

「写真部は人助けをしている部活だ」と釘を刺す。そして、サッカー部にイジメの実態があることはすでに把握済みであり、これ以上続けば先生に報告するつもりだ、と。

「先生にバレれば内申に響く」――この一点で、三年生は大きく揺らぐ。

 そのうえで、花園さん自身が「写真部が勝手にそう言ってる」とでも言えばいい。責任はすべて僕たちに押し付ければいい。


 言葉だけの脅しでも、立場とタイミングを使えば十分に効く。

 つまり――花園さんに動いてもらえれば、解決は意外なほど簡単なのだ。


 ……え、それだけで? と誰かに突っ込まれそうだが。

 僕には根拠があった。だからこそ、この一手で十分だと踏んでいる。 

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