第21話 楓と紅葉の約束
「でも、私の気持ちは揺らいでいた。バカだと思うかもしれないけど、その時、私にとって楓は絶対に失いたくない存在だったから」
それは仕方ないだろう。
一度は「友達なんて作らない」と決めたのに、また作ってしまった。しかも親友と呼べる相手を。――なら、失いたくないと思うのはむしろ自然だ。
「しかも、それだけじゃない。当時マネージャーだった楓が、野球部の中でひどい目に遭わされそうになっている――そんな噂も耳にした。『告白を受け入れてくれたら、それを阻止してやる』。三浦先輩はそう約束してきたのよ。その瞬間、頭が熱くなったわ。ここで断れば楓が危険に晒される。なら、私がOKすればすべて丸く収まる。そう思って顔を上げたら――三浦先輩が地面に倒れていたの」
「は?」
意味がわからず固まる僕。だが神楽坂さんは、口元に笑みを浮かべていた。先ほどまで絶望的な表情をしていたのに、今はどこか楽しげで。
「ああ、ごめんなさい。あの時のことを思い出すと、今でも笑いが止まらないのよ」
「倒れてたって……病気で?」
「違うわ。後ろから蹴られたの。本人曰く、『飛び蹴りをかました』らしいけど」
「まさか、それって……」
「そのまさかよ。楓が後ろに立っていたの。無茶苦茶に怒った顔でね。三浦先輩は『なにすんだよ!』って怒鳴ってたけど、楓は一歩も引かなかった。仁王立ちで指を突きつけて、『三浦先輩、ダサいですよ。告白するなら正々堂々としたらどうですか!』って説教を始めたわ」
――ああ、七海さんなら言いそうだ。
「そして楓は私に向き直って、『紅葉。あなたは三浦先輩が好きなの? 私のことなんて気にしないで、正直に答えてよ』って言ったの。だから私は即答したわ。『バカにしないで。好きなわけないでしょ、こんなクズ神』って」
三浦先輩……散々だな。ただのクズじゃなく、最上級のクズ神認定だ。心中お察しするよ。
「その言葉に逆上したのか、三浦先輩は立ち上がって楓の胸倉を掴んできたの。だから――私、すぐに絞め落としたわ」
「えっ、絞め落とした?」
「そう。そこで、私と楓は二人きりになった」
絞め落とされた三浦先輩の安否はすっ飛ばされ、話は進む。……気になって仕方ないけど今は黙っておこう。
「なんで断らなかったの、って楓に責められたわ。だから全部話したの。断ったら楓に嫌われるかもしれないって怖かったこと、過去に同じことで友達を失ったことも。――すると楓、いきなり私にビンタしてきたの。驚いたわ。人にビンタしたことはあっても、されたのは初めてだったから」
いや、驚くポイントずれてない?
「楓はね、『バカにしないで。そんなことで離れるわけないでしょ』って言って、私を抱きしめてくれたの。――『紅葉はそのままでいい。悪人に屈したりしないで』って」
神楽坂さんの視線が僕に突き刺さる。その目は、強くもあり、どこか救いを求めるようでもあった。
「その言葉にね、私は救われたのよ。ああ、こういう人もいるんだって」
「……あの、感動話の途中で悪いけど。三浦先輩って結局、大丈夫だったの?」
気になって聞いてしまった。神楽坂さんはきょとんと目を瞬かせる。
「十分後には目を覚ましたわよ。先生を呼んで、起こされたの。処分はなし。だって、女の子に絞め落とされたなんて恥ずかしくて言えないでしょう? でも噂は野球部内に広まって……モテモテの先輩から“女々しい女たらし”に格下げ。楓も愛想を尽かしてマネージャーを辞めた。……それ以来ね。私の周りに女子が寄ってくるようになったのは」
――なるほど。それで女子人気が高いのか。
「……長くなったけど、そういうことよ」
「えっ、なにが?」
「私が楓の力になりたい理由」
そうだった。僕が人助けする気あるのかと訊いたのが発端だったな。まさか過去話まで聞かされるとは。だが――確かに説得力はあった。
「さあ、今度は夏目君の番よ。どの子が怪しいと思ってるのか、早く白状しなさい」
神楽坂さんは壁から離れ、一歩近づく。
「それとも――あなたがどうしてそんなひねくれた性格になったのか、洗いざらい語る? それかイジメられてる子を白状するか。どっちがいい?」
「……イジメられてる子を助ける方で」
仕方なく僕は後者を選んだ。……いや、逆らったら僕まで絞め落とされそうだからね。
「神楽坂さん、悪いけど一旦、部屋を出てもらえる?」
「なぜ?」
「約束は守る。だから……今は一人にしてほしいんだ」
僕の目をじっと見つめ、神楽坂さんは短く「わかったわ」とだけ言い残し、ドアを閉めて出て行った。




