第19話 昼食会議と女子トーク
練習試合が終わり、四人が合流したのは十一時過ぎ。
そのまま解散になると思いきや――「写真の現像と、それぞれの収穫の報告をするために学校へ寄ろう」と七海さんが言い出したせいで、僕の土曜は完全に潰されることになった。……まあ、特に予定はなかったんだけど。
最寄り駅から電車に乗り継ぎ、学校近くのコンビニに立ち寄る。
部室に入り、長テーブルに腰を下ろした僕たちは、それぞれ買ってきた昼食を広げた。
僕はざるそばに、明太子といくらのおにぎりを一つずつ。飲み物は緑茶。
ふと、三人の昼食にも目がいく。
姫野さんはサンドイッチ一袋とカフェオレ。やっぱり小食だ。
七海さんは……牛丼とオムライスの弁当、サラダに緑茶。そしてポッキーとポテトチップスまで。
「七海さん。ずいぶん、大食いだね」
姫野さんとは対照的な量に、思わず口にしてしまう。
「失礼な! ポッキーとポテトチップスはちゃんと皆に分けるつもりだよ」
七海さんはムキになって否定した。……いや、突っ込みたいのはそこだけじゃないんだけど。牛丼とオムライスとサラダの時点で、十分二食分だ。
「いいのよ。若いうちはいっぱい食べて、いっぱい動けばいいの。むしろ梓は小食すぎるわ。だから、育つところが育たないのよ」
神楽坂さんが珍しく七海さんを庇い、代わりに姫野さんをさらっと刺す。
「ち、違うよ。私は今から大きくなる予定で……てか、楓ちゃんが大きすぎるんだよ」
姫野さんは両手で胸を隠し、顔を真っ赤にして言い返した。
「えー。私、そんなに大きくないよ。Eもいってないし」
……いや、七海さん。それもうDあるって自白してるようなもんだから。え、Dあるの? 確かに結構デカいとは思ってたけど。
「わ、私だって、Aはあるからね!」
必死に対抗する姫野さん。……それ、Bはありませんって告白しちゃってるよね? そうか、姫野さん。小ぶりだとは思っていたけど、そんなに小さかったのか。いやいや、落ち込むことはないよ。今どき胸の小さい童顔キャラも需要あるからさ。え、僕? 僕はおっぱい星人だから、どちらかといえば七海さん派――って、なんだよ、七海さん派って。
「ふふふ。私はCだから、ちょうどいいわよ」
神楽坂さんが妙に誇らしげに胸を張る。……そんなこと誰も聞いてない。というか、君たち、ここに男子がいるの忘れてない? ……ああ、そうか。僕、もう男子としてカウントされてないんだな。これは女子トークに混ざれってことか。
「大丈夫だよ、姫野さん。僕もAくらいだと思うからさ」
とっさにフォローのつもりで口にしたが――。
次の瞬間、部室がシンと静まり返る。
姫野さんが夜叉のような顔で、僕を睨みつけていた。
「うわー、凪君。今のはないわぁ」
七海さんが呆れ顔でため息。
「そうね。梓に謝りなさい。それで許してもらえなかったら、その窓から飛び降りなさい。ここ三階だけど。大丈夫、骨は拾ってあげるわ」
神楽坂さんはさらっと恐ろしいことを言う。……僕に死ねってこと? まあ、確かに姫野さん、今にもグーで殴りかかってきそうな顔だし。でも窓から飛び降りるのは遠慮したい。
そこで僕は話題を逸らすように、神楽坂さんの昼食に目を向けた。
雑穀米の弁当と、サラダチキン、ヨーグルト。
「神楽坂さん、すごいヘルシーメニューだね」
「神楽坂さんはヘルシーメニューだね」
その昼食は量こそけして少なくないが、かなり健康的な内容だった。そういえば神楽坂さん、スタイルいいし……もしかしてモデルの仕事でもしてるのか?
「あっ、そっか。紅葉、試合近いんだっけ?」
七海さんが何かを思い出したように顔を上げる。
「ええ。来週、試合よ」
試合? モデルに試合ってあるのか? いや、違うだろ。
「神楽坂さん。試合って、なんか習い事でもしてるの?」
正直、興味はそれほどなかったけど、話題を逸らしたいので聞いてみた。
「ええ。格闘技を少々」
「格闘技?」
思わず聞き返す。……マジか。少々ってことは護身術程度かと思ったら――。
「紅葉、強いんだから! 地区大会じゃもう敵なし。絶対優勝するし、あんまり強すぎて棄権しちゃう選手までいるんだから!」
七海さんは牛丼を頬張りながら、得意げに胸を張る。
なにその設定。怖いんだけど。
分野は違うけど、格闘技なら奏太と話し合いそうだな。ただ、神楽坂さんを家に連れていくのは避けたい。口が悪いし、下ネタが強烈だから。奏太は男だからまだいいけど、舞には聞かせられない。
「さ、じゃあ食べながらでいいから、今日の話を整理しよっか!」
七海さんが明るく牛丼の蓋を開けた。
「まずは私たちから。情報収集したけど、部活内で特に仲が悪いとか、雰囲気が悪いとか――そういう話はなかった。皆、仲良しこよしって感じ!」
「それはないだろ」
即座に突っ込みを入れてしまう。七海さんと神楽坂さんが「えっ?」と目を丸くする。……しまった、余計なこと言った。
「なに。凪君、なにか気付いたの?」
七海さんは不機嫌どころか、むしろ興味津々で僕を覗き込んでくる。
「あくまで予測だけど……うちの女子サッカー部って結構強いんじゃないか? 全国大会常連の英育高校にも引けを取らなかったし」
「ええ。夏目君の読み通り。ここ数年、英育には勝ててないけど、それ以外の学校にはほぼ圧勝。英育さえいなければ毎年、全国出場できるはずよ」
神楽坂さんがあっさり肯定する。意外な人物からのフォローに、少し驚いた。
「ああ、それに部員も三十人以上いた。きっとレギュラー争いも熾烈だろうな」
「なにが言いたいの?」
七海さんが眉間に皺を寄せる。
「まあ、女子サッカー部に限らず……強い部活ほど、人が多い部活ほど、問題はあると思うんだ。なにもなく、仲良しクラブなんて、あり得ない」
「その言い方、なんか引っかかる」
七海さんが目を細める。……鋭い。頭がお花畑かと思っていたけど、意外に直感が冴えてるな。
「別に」
僕は慌てて目を逸らす。すぐ追撃が来るかと思いきや、七海さんは姫野さんの方へと視線を向けた。
「ねぇ、梓。凪君、写真撮ってるとき、どんな感じだった?」
直接問い詰めても無駄だと悟って、姫野さんに揺さぶりをかけたらしい。
「……鼻の下、伸ばしてた」
「へ?」
思わず聞き返す。
「一年生の子達に、夏目先輩、撮ってよって言われて。……鼻の下、伸ばしてた」
「ひ、姫野さん?」
「三年生の先輩から、夏目君、可愛いねって言われて。……鼻の下、伸ばしてた」
まるで本の朗読みたいに淡々と告げる。
「まあ、凪君ってなんかイジリたくなるタイプだからね。イケメンじゃないし、モテ要素もゼロなのに」
七海さんがケラケラ笑う。
「そうね。確かに夏目君の周りって、不思議と人が集まってくるわ。イケメンじゃないし、モテるわけでもないのに」
神楽坂さんまで真顔で同意する。
……おいおい。何度も、イケメンじゃない。モテないを連呼するの、地味にダメージでかいんですけど。
「今の段階ではまだなにも言えない。一度、頭を整理したいんだ。いいかな?」
おにぎりを食べ終えた僕は、逃げるように立ち上がる。
「現像室?」
七海さんが即座に察した。
「そう」
素直に頷くと――。
「あれ、梓。行かないの?」
七海さんが姫野さんに振る。
普段なら必ず付き添ってくる姫野さんが、今回は立ち上がらない。サンドイッチはすでに食べ終わっているのに、視線を合わせてくれなかった。
「凪君が……鼻の下伸ばしてばっかりいるから。梓、愛想尽きたんだよ」
「ち、違うよ!」
慌てて顔を赤らめ、両手をぶんぶん振る姫野さん。可愛いけど、否定の仕方が必死すぎる。
まあ、気まずいのは確かだろう。人物画の現像だし、僕の能力が発動しない保証はない。正直、誰もいない方が都合はいい。
「じゃあ、今日は私がお供しようかしら」
神楽坂さんが大きく背伸びして立ち上がった。
「えっ、嘘。神楽坂さんが?」
「なによ。嫌なの?」
「いや、そんなことないけど」
「そうよね。梓は良くて、私はダメなんてことないわよね?」
意地悪な笑みを浮かべる神楽坂さん。
言わないんじゃなくて、言えないんだよ――そんな言葉を、口が裂けても言える状況じゃなかった。




