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ナイトメアフィルム ~屋上の惨劇~  作者: 結城智
第三章 正義の代償
18/50

第18話 沈黙のゴール

 試合は前半を終えて0‐1のビハインド。

 さすが名門・英育高校、隙がまったくない。だが、うちのチームも負けてはいなかった。わずかな隙を突かれてカウンターで失点したが、攻守ともに高い完成度を見せている。


 守備は連携が取れており、攻撃面ではトップ下の司令塔・花園さんが2トップ――氷室部長と椿木副部長を巧みに操っていた。

 花園さんは視野が広く、パス精度も抜群。氷室部長は長身を活かした強靭なフィジカルで競り負けない。

 一方、椿木副部長はスピードとドリブルが武器だ。ただ、それでも英育の守備を崩すには至らなかった。


 そして後半25分、選手交代が告げられる。椿木副部長に代わり、東野さんが投入される。攻撃の要をこのタイミングで外す――大胆な采配だ。


 交代の際、椿木副部長は東野さんを横切ったが、一切視線を向けなかった。その様子に不満とも拒絶とも取れる影が差し、ベンチの女子部員たちの表情もどこか気まずい。


 そんな空気を打ち払うかのように、七海さんが「静ちゃん、頑張れー!」と声援を飛ばす。だが、他の部員はただ七海さんを一瞥するだけで、声を合わせようとはしなかった。


 東野さんが嫌われている? ――いや、違う。この雰囲気はもっと別のものだ。

 ピッチに入った東野さんに近づいたのは花園さんだけ。肩を軽く叩き、笑顔で言葉をかけていた。

 一方、FWを組む氷室部長は一瞥しただけで声をかけない。無視、と言えばそれまでだが、その表情にはどこか罪悪感にも似た陰りがあった。


 試合再開。すぐに目を奪われた。――東野さんだ。


 椿木副部長のドリブルも速かったが、彼女のスピードはその上を行っていた。

 花園さんの無茶ぶり気味のスルーパスに追いつき、相手DFを前にした瞬間、東野さんはボールを足裏で止め、軸にして体ごとターン。DFを置き去りにする。


「マルセイユルーレット……!」


 思わず声が漏れる。観客席からもどよめきが湧いた。


 そのままGKと一対一。落ち着いて右隅へシュートを放ち、ゴールネットを揺らす。見事な同点弾。

 歓声が爆発し、味方選手が駆け寄る。だが――。


 一番近くにいた氷室部長は一瞬笑みを見せ、駆け出しかけたものの、ふと我に返ったように足を止めた。


 ただ、黙って真っ直ぐに東野さんを見つめ続けていた。




 試合は1‐2で惜敗。東野さんの鮮烈な同点弾も及ばず、終盤に再び失点してしまった。

 ちなみに男子は2‐5の惨敗。名門・英育の攻撃は凄まじく、むしろ5点で済んだのが奇跡に思えるほどだ。


 だが、その中でひときわ目立ったのは――桐生だった。

 2得点すべてを決めたのは彼だ。相手DFに囲まれながらもボールを死守し、一瞬の隙を逃さず豪快なロングシュートを突き刺す。二人がかりのプレスでもまったく崩れない体幹。あのフィジカルの強さ、そして決定力は、やはり「全国でも通用する逸材」と呼ばれた男だと改めて実感させられた。


 中学時代から群を抜いていた。聞けば、今回の対戦相手・英育高校からも推薦が来ていたらしい。もし進学していたら――と考えると、ゾッとするほどの存在感だ。


 試合後、桐生が真っ先にこちらへ駆け寄ってきた。


「凪。試合、見てたのか。いやぁ、恥ずかしいところ見られたな」

「いや、2点取ったし、大活躍だろ」

「試合に負けたら意味ねぇよ。……凪がいれば、もっと支配率も上がるのにな」

「僕がいたって、足でまといだよ」


 そう返すと、桐生は首を振る。


「ブランクなんて一年だろ。お前、今も朝の走り込みしてるじゃん。あの底なしのスタミナが戻れば――」


 言葉を失った。……なぜ知っている。僕が毎朝走っていることを。


「悪い、隠してたんだよな」

「別に隠してはいないけど」


 聞きたいのはそこじゃない。――なぜ知っているのか。姫野さんが隣にいる手前、問い詰められなかった。


「走り続けてるってことは、未練あるんじゃないのか? だって凪。お前がサッカー辞めたの、楓馬が――」

「桐生!」


 楓馬の名を出された瞬間、思わず声を荒げて遮っていた。桐生は気まずそうに顔を逸らす。

 沈黙。……こういう時に七海さんがいれば、場を軽くできるのに。


「悪い。でも俺は本気で、凪とまたサッカーしたいと思ってるから」


 そう言い残し、桐生は去っていった。

 その背中を見送っていた僕に、視線が突き刺さる。横を見ると、姫野さんがじぃっと僕を凝視していた。


「どうしたの?」

「……なんでもない」


 気まずそうに姫野さんは目を逸らした。

 そのとき。


「夏目君」


 背後から声がかかった。振り返ると、氷室部長と椿木副部長が並んで立っていた。


「今日は撮影ありがとうな」


 氷室部長は僕に笑みを向けつつ「写真、もらえるか?」と訊く。


「もちろんです」


 氷室部長は170センチ近い長身。長い髪をひとつ結びにしていて、快活さの中に男勝りな雰囲気を纏っている。


 一方の椿木副部長は肩までの髪をヘアバンドで留めており、小柄だが色気を漂わせる姉御肌。二人並ぶと対照的なのに、不思議と絵になる。


 その二人に対して――。


「その……今日の試合、負けちゃいましたけど。すごく、いい試合でした」


 姫野さんが勇気を振り絞るように言葉をかけた。声は震えていて、目は泳いでいる。それでも真っ直ぐさが伝わったのか、先輩たちは顔を見合わせ、思わず吹き出す。


「ありがと。お前さん、可愛いな。名前は?」

「えっ……わ、私ですか? あ、姫野梓です……」

「梓、か。覚えとく」


 氷室部長は笑って、姫野さんの頭を大きな手でぽんと撫でた。

 姫野さんは驚いたように瞬きを繰り返し、耳まで赤くなっていた。……先輩たちから見ても、守ってやりたくなるキャラなんだな、姫野さんは。


「それにしても……静が決めてなかったら、今日は無得点だったな」

「ほんとね。あの子のドリブル、反則級だったわ。レギュラー奪われちゃうかも」


 氷室部長と椿木副部長は顔を見合わせ、苦笑混じりに吐息を漏らした。憎しみも嫉妬もなく、むしろ認めている声音。


「後輩にレギュラー奪われるの、やっぱり複雑ですか?」


 あえて核心を突く。二人は一瞬、目を丸くした。


「悔しくないって言ったら嘘だけどな。でも――静が入って、良かったと思ってる。あの子がいるから、私たちも頑張れるし。チームは確実に強くなってる」

「そうそう。全国大会も夢じゃない」


 椿木副部長も頷き、笑みを浮かべた。


 やはり、これはただのイジメではない。

 先輩たちの言葉は、相手を嫌悪しているものには到底聞こえなかったし、僕たちの前で取り繕っているようにも見えなかった。


 それに――ずっと気になっていた。

 試合中もそうだ。氷室先輩も椿木副部長も、何度か東野さんに歩み寄ろうとする仕草を見せていた。けれど、そのたびに我に返ったように足を止めてしまう。


 きっと、これは単純なイジメではない。

 もっと複雑で、人ひとりの感情だけでは片付かない事情が絡んでいる。

 普通のイジメとはまるで違う、別の影を孕んでいる――そう確信した瞬間だった。


「夏目君。写真は梓に届けてもらえるか?」


 氷室部長がちらりと姫野さんを見やり、柔らかな目をする。


「僕じゃダメですか?」

「お前さんは勘が鋭すぎる。部外者が首を突っ込むのは危ないぞ」

「でも……姫野さんも鋭いですよ」


 僕が茶化すと、姫野さんは「えっ!?」と声を裏返し、慌てて手を振った。


「まあ、梓になら問い詰められても悪い気はしないけどな」


 氷室部長は軽く笑い、椿木副部長が「バカこと言わないの」と肩を小突く。


「夏目君、梓ちゃん。またね」


 そう椿木副部長言って、二人は去っていった。


「姫野さん」


 二人の背中が遠ざかっていくのを見送りながら、僕は隣にいる彼女へと声をかけた。


「な、なに……?」


 小さく肩をすくめ、戸惑いを隠すように笑みを浮かべる姫野さん。


「ちょっと、お願いがあるんだ」

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