第13話 未来を映す残像
僕が人物画を撮らない理由――それは、僕が持つ“不可解な能力”のせいだ。
誰にも打ち明けたことはない。中学一年の頃に気づいてから今まで、ずっと胸の奥に隠し続けている秘密だ。
その力は、人物を撮影し、現像作業をしているときに発動する。
最初に起こったのは、父さんのカメラ(今も僕が愛用している相棒)を借りて、毎日のように人物を撮っていた頃だった。
ある日、近所の夫婦を撮影した。そのネガを暗室で現像液に沈め、揺すり続けているときだった。
――突然、世界が歪み、気づけば僕は「別次元」に飛ばされていた。
そこは葬式場。
しかし僕の姿は、誰にも認識されない。まるでテレビの向こう側を覗いているかのように、一方的に見ることしかできない世界。音もなく、触れることもできない。ただ、黒いシルエットとなった人々が集まる光景が広がっていた。
誰が誰かは分からない。けれど、そこで繰り広げられているのが、悲劇だということだけは、本能で理解できた。
――それから半年後。
僕は雷に打たれたような衝撃を受けることになる。あの日見た映像が、そのまま現実になったのだ。
近所の優しかったおじさんが、癌で倒れて亡くなった。おばさんが棺に眠る夫を前に泣き崩れる姿は、あのとき僕が見た映像と寸分違わなかった。
最初は偶然だと思いたかった。だが違った。
その後も、僕が人物を撮影し、現像したとき――低い確率で、あの別次元の光景が繰り返し現れるようになった。
浪人生のお兄さんが自ら命を絶つ姿。
舞の友達が、部活中に崩落事故に巻き込まれる瞬間。
それは死に直結するものもあれば、大怪我や不幸といった災厄の光景でもあった。
僕はそのとき、自覚した。
――自分は、写真を撮った相手に訪れる未来の惨劇を見てしまうのだと。
けれど僕は、誰一人として救えなかった。いや、正確には救おうとしなかった。
ただ見て、ただ知って、ただ後悔するだけ。
あのおじさんを助けられなかった悔しさ。
無力さに苛まれながらも、僕は行動を起こさなかった自分を、心の底から憎んだ。
もっと早く気づいていれば――。
もっと早く動いていれば――。
おばさんは、今も笑って暮らせていたのかもしれない。
その悔恨が胸に刻まれた瞬間、僕は誓った。
次にこの力が発動したら、必ず誰かを救ってみせる、と。
――それが間違いだとも知らずに。
それから一年近く、人物画を現像しても僕の能力が発動することはなかった。
忘れたわけじゃない。あの出来事を胸の奥に封じ込め、もう二度と起きないようにと願いながらシャッターを切り続けていただけだ。
だが――再発動したのは、中学三年の夏だった。
最悪にも、その写真に写っていたのは、僕の親友だった。
早乙女楓馬。
小学校の頃からの友達で、部活も同じサッカー部。クラスは別でも、放課後はいつも一緒に帰った。
楓馬は姫野さんほどではないが口数が少なく、無口で不器用なタイプだった。
僕のように世渡りのために表情を作ることもなく、ただ真面目で一生懸命で――そして、誰に対しても優しかった。
けれど、そのとき見た映像は今までと違っていた。
いつもなら、惨劇の「後」。誰かが倒れ、誰かが泣き、駆け寄る姿。そうした断片が多かった。
なのに、今回は違った。
校庭に、人影が一人。
ただ立っているだけの姿。血も涙もなく、何が起きているのか判別できない。
それなのに、不思議と胸がざわついた。
さらにおかしかったのは――その人物が、僕を見ていたことだ。
これまで映像の中で誰かと視線が交わることは一度もなかった。
真っ黒なシルエットのはずなのに、その瞳だけがやけに冷たく、氷のように僕を突き刺してきた。
そして、次の瞬間、その人物はくるりと背を向け、校門の外へ歩き出した。
「待ってくれ!」
僕は叫んだ。だが声は届かない。ただ背中だけが遠ざかり、やがて視界から消えた。
一人しかいなかった。あれが楓馬であることは間違いない。
だが、何の惨劇が待っているのか、まるで見当がつかなかった。
……それでも、その日から僕は楓馬を観察するようになった。
悩みがないか、困っていることはないか。遠回しに、時にしつこく聞いた。
けれど、楓馬はいつも笑って「なんでもない」と答えるだけだった。
本当のことを言わない性格なのは分かっていた。楓馬は昔から、人に頼らない。
何事も自分で抱え込み、最後まで一人で解決しようとする。
だから僕は、迷惑がられても構わないと決めて観察を続けた。
そして、しつこさの甲斐あって――異変に気づく。
人通りのない廊下で、楓馬は三人の同級生に囲まれていた。
彼らは普段から素行が悪く、不良に近い存在。睨みつけるような姿は、どう見ても脅迫にしか見えなかった。
「お前たち、なにやってる!」
気づいた僕は、状況も確かめずに声を張り上げ、威圧的な口調で間に入った。
「なんだよ夏目。お前には関係ないだろ」
「黙れ! どうせ楓馬をいじめていたんだろ!」
僕は決めつけるように叫んでいた。
――そうすれば惨劇は回避できる、そう信じ込んでいたから。
「凪君、違う……そうじゃない」
楓馬が小さな声で否定しようとしたが、僕は肩を叩いて遮った。
「大丈夫だ。楓馬は僕が守る」
胸を張って言い切った。けれど、そのときの楓馬の顔は――安心ではなく、強張っていた。なぜそんな表情をしたのか、あの頃の僕には分からなかった。
三人組は黙っていた。だがその沈黙は、怒りを押し殺していたからこそだったのだろう。僕と楓馬を、煮えくり返るような視線で睨みつけていた。
今思えば、あれは僕の思い込みだったのかもしれない。
本当はいじめでもなんでもなく、ただのちょっかい、あるいは普通の会話だったのかもしれない。けれど僕は、一方的に「いじめ」と決めつけて、三人を悪者にした。
――それが、あの日の間違いの始まりだった。




