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ナイトメアフィルム ~屋上の惨劇~  作者: 結城智
第二章 写真部(仮)と顧問のテスト
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第12話 暗室に沈む約束

 暗室内。赤色灯に照らされた薄暗い部屋で、僕と姫野さんの二人きり。

 彼女は隣でじっと僕の作業を覗き込んでいた。……いや、近い。距離感、近すぎる。


 横目で見ると、姫野さんは真剣そのもの。頬にかかった髪を気にも留めず、僕の手元を凝視している。真剣なのは嬉しいけど、女の子の免疫がない僕からしたら……正直、ドキドキする。胸があったら完全に当たってる距離だぞ、これ。


 三枚分の現像を終え、ふと姫野さんを見ると――ようやく距離の近さに気づいたらしい。


「わわっ……ご、ごめんなさいっ」


 慌てて跳ねるように離れると、両手で頬を押さえ、俯いてしまった。


「姫野さん、別に怒ってないから」

「……ほんとに?」


 おずおずと上目遣いで覗いてくる。うさぎみたいに潤んだ瞳に、思わず心臓が跳ねた。


「それよりさ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「……な、なにかな?」


 声も震えていて、なんだか守ってあげたくなる。


「三人って、いつからの付き合いなの?」

「三人……って、楓ちゃんと、紅葉ちゃんのこと?」

「そう」


 すると姫野さんは、小さく頷いて語り始めた。


「付き合いは……そんなに長くないよ。三人とも、高校から……だから」

「そうなんだ」

「うん……私ね、友達が全然できなくて……体育の授業のとき、三人一組を作るってなって……困ってたら、楓ちゃんが『一緒にやろう』って声をかけてくれたの。それが最初……」


 思い出すように目を細め、口元に微かな笑みを浮かべる。


「その時、もう楓ちゃんと紅葉ちゃんは仲良くて……私はそこに、ちょこんって入れてもらっただけ。だから、未だに不思議なんだ……あんなに明るくて可愛い楓ちゃんと、美人で憧れられる紅葉ちゃんの隣に、なんの取柄もない私がいていいのかなって」


 自分を卑下する声は小さく震えていて、思わず言葉を探す。


「でも……二人は、私の顔色なんて伺わずにズバズバ言ってくれるの。それがね……嬉しかった。楽だったの」


 そう言った後、姫野さんはふっと目を伏せる。


「だけど……いつか見捨てられるんじゃないかって、怖いの」


 僕は何も返せずにいた。本当は「そんなことない」と言うべきなんだろうけど、この子にはそんな嘘は通じない。中途半端な慰めは逆に傷つける。


「姫野さん。大人しいのは悪いことじゃないよ。僕だって……あの二人より、姫野さんの方が話しやすい」

「……ほ、本当?」

「本当だよ。二人は……ちょっと個性的過ぎるから」

「ふふっ……たしかに」


 小さく笑った顔が、暗室の赤に照らされて柔らかい。


「……でもね、凪人君。あの二人はすごく優しいんだよ。人見知りな私よりずっと輝いてて……お喋りも楽しいし」


 やっぱり最後は自分を下げる。そんな彼女がもどかしい。


「姫野さんは、人見知りな自分が嫌い?」

「……うん。大っ嫌い。うまく喋れなくて……たくさん人を傷つけて、困らせてきたから」

「……僕は嫌いじゃないな。むしろ好きだよ」

「え……ど、どうして?」


 ぱちくりと瞬き、期待に満ちた瞳で僕を見上げる。ああもう、その目で見られると逃げられない。


「人見知りってさ。相手のことを本気で考えるから、言葉が出てこなくなるんでしょ。それって優しさだと思う」

「……優しい人なら、すぐ言葉を返せると思うけど」

「いや、違うよ。本当に考えてたら、そんな簡単に言葉は出ない。器用に振る舞える人が凄いって評価されるけど……結局はその場しのぎだ」


 僕の言葉に、姫野さんは少し潤んだ目で微笑んだ。


「……ありがと、凪人君」


 けれど次の瞬間、小さく僕の裾を握りしめ、少しだけ困ったように顔を上げる。


「……凪人君。今の話、本当は……自分のこと、言ってたんでしょ」


 胸を撃ち抜かれ、言葉が詰まる。


「で、でもね……私は凪人君のこと、コミュ力が高いだけの人だなんて思わないよ。本当は誰よりも……優しい人」

「……買いかぶりすぎだよ、姫野さん」


 笑って誤魔化す。そんな自分が一番嫌いなのに。

 姫野さんは否定せず、ただ柔らかく微笑んだ。


「……あのね。こんなこと言ったら怒られるかもだけど」

「どうしたの?」

「……人物画を撮らない理由。いつか……教えて、ね」


 水面に雫が落ちるような、小さく澄んだ声だった。


「……うん。わかった」


 優しく頷いた瞬間、姫野さんはショックを受けたように瞳を揺らし、すぐ「ごめん」と俯いてしまう。


 ――僕は嘘をついた。優しい嘘のつもりだった。でも、彼女には通じなかった。

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