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悪役令嬢はバギーの意味を知る


お父さまとレオが頑張ってくれたおかげで、私とレオの婚約は国王陛下にも文書で正式に了承され、第二王子との婚約話はどこかに立ち消えになった。


お父さまは汗をふきふき戻って来ると


「今日はマルバス殿が王宮にいたからご婦人らが騒がしくてね。陛下はそのことで少し文句を言っておられたが、それ以外はご機嫌麗しく、ソフィアと王太子殿下の婚約も快く認めて下さったよ。書面で署名もされたし、他の閣僚も多く居合わせたから、これで言を翻すことは出来ないだろう」


とニッコリ笑った。


良かった。これで一安心だ。


私たちの婚約が正式に発表される日は、私も朝から王宮で待機して夕方の発表に備える。


夕方には多くの国民が王城の広場に集まるので、彼らに対して婚約を発表し、笑顔で手を振るのだ。前世でも皇族の皆様がお正月になさっていたアレだ。


まさか自分がアレをする日が来るとは想像もしていなかった。


とにかく見てくれだけでもベストなコンディションにしなければ、と朝早くからブロンテ公爵家の侍女頭を筆頭にした侍女チームが、私の顔や体を引っ張ったり、磨いたり、擦ったり、塗ったり、押したり、締めたり、大変な騒ぎだった。


お母さまはそれをニコニコと嬉しそうに眺めながらお茶を飲んでいる。


出来たらお父さまとお母さまにもアレに付き添って欲しいとお願いしたのだが、


「あら~、私たちは王族ではないからダメよ~」


の一言で一蹴されてしまった。


そりゃそうなんだけど・・・。不安で胸が苦しくなる。


私なんかを見て国民の皆さんに喜ばれるはずもないし、ガッカリさせてしまうだろうな。


思わず、『ガッカリさせてすみません!』と土下座したくなるような衝動に駆られた(涙)。


王宮へ向かう馬車に揺られながら、私は『ガッカリさせないために何か披露できる芸でもあったら良かったのに』と前世で何も芸を学ばなかったおのれの愚を反省していた。


お父さまもお母さまも王宮には一緒に来てくれたけど、基本別行動だ。


魔法学院入学前に結婚式もするという無茶ぶりのために、王宮の担当官とみっちり打ち合わせが入っているらしい。


元々は私の我儘のせいなので、ひたすら申し訳なさと感謝の念しか浮かばない。


お父さま、お母さま、ありがとう。ソフィアは断罪のせいで家族に迷惑を掛けないように頑張ります!


と心の中で手を合わせた。



*****


朝早くから支度をして王城に来たものの、私は何もすることがなく、ひたすら控えの間で待つ時間が続いていた。


予定では、国王陛下にご挨拶をして、正式に婚約の署名式を行い、夕方になったら広場に集まっている国民の皆さんに向かって笑顔で手を振るのだ。


しかし、待ち時間がひっじょうに長い。


まず国王が忙し過ぎて、面会できるのが4時間後だと言われて溜息が出た。


レオも忙しく走り回っているため、私一人が控えの間に取り残されたまま時間が経過する。


ちょっと顔を見せたレオに


「父上に面会できるまでまだ数時間あるから。城内を散歩でもして来いよ」


と言われた私は、護衛騎士のロニーと一緒に王宮内を散策することに決めた。


見慣れた王城だが、緑が多く爽やかな風も吹いている。朝からの緊張がほぐれていくようだった。


ところで、私には前世から恐ろしいものが三つある。


その中の一つが八本足だ。


勿論、益虫だとか害はないとか様々な意見があると思う。


しかし、こればかりは自分でも如何ともしがたい。ただただ怖い。


その名を言うのも嫌な私は、その昔カニの写真を見ることも出来なかった。


どんなに小さくてもダメ。そして、何故かその存在にいち早く気がつくという特技を持っていた。


そして、今日。そう、よりにもよってこの大切な婚約発表の日に、私は奴の襲撃を受けたのだ。


推定2.0のこの視力が恨めしい。


奴が私のドレスの裾に入り込む様子をはっきりと視認出来てしまった。


私は「ひぇ~」というような情けない叫び声をあげ、半べそをかきながらロニーに「は、は、は、は、八本足が・・・」と泣きついた。


ドレスをバサバサするが、今日の気合の入ったドレスには幾重にもドレープがかかっており、なかなか出て来ない。


焦れば焦るほど中に入り込みそうで益々怖い。


ロニーは女性のドレスの裾を持ち上げるというような無作法が出来る人間ではない。立派な紳士なので、私の周囲で両拳を握り締め


「頑張れ!頑張れ!お嬢様」


と声援を送るくらいしか出来ない。


ああ、万事休す・・・。絶体絶命の大ピンチだ。こんな窮地に立たされるなんて、やっぱり、私には相思相愛の恋人と婚約するなんて幸福はそぐわなかったのだ。


その時、柔らかな口調で背後から


「どうかなさいましたか?」


と声を掛けられた。


振り返るとまず視界に入って来たのは瓶底眼鏡だった。


前世でもつけている人を見たことがないくらいの分厚いレンズのせいで、その人の目は全く見えない。


「あ、あの・・八本足が・・」


全く余裕のない私が半べそで訴えると、眼鏡君は


「ああ、ドレスの中ですか?」


と落ち着いたものだ。


そして、何か魔法を使ったのだろう、フワリとドレスの裾が少しだけ持ち上がり、中からにっくき敵が現れた。


フワフワと空中を浮遊する敵はそのまま近くの茂みの中に移動させられた。


君は一生そこから出て来ないでくれ!


心の叫びを察したのか、助けてくれた命の恩人がふんわり笑った。


眼鏡のせいで目は見えないけど、口元が優しい弧を描く。


「あ、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


と私は深くお辞儀をした。


「いえ、ご婦人方は昆虫が苦手ですからね。どうかお気になさらず」


「八本足は昆虫ではないですけどね」


つい出てしまった私の返事を聞いて一瞬固まったその人は


「あ・・・あなたは昆虫博士ですか?!」


と言いながらよろめいた。


昆虫博士?ファーブル昆虫記くらいしか読んだことのない私が?


彼は感動した面持ちで言葉を続けた。


「確かに八本足は昆虫ではありません。しかし、まさかこんなお若いご令嬢が昆虫に造詣が深いとは・・・」


大袈裟だなぁ。前世では小学校の理科の時間に習ったよ。


「昆虫の足が六本というのは常識ではありませんか?」


「・・・いえ。貴女の深い知識に脱帽です。他にも昆虫についてご存知のことはありますか?」


彼の熱意を感じて、その期待に応えなくてはという妙な使命感が湧いてくる。


昆虫の知識・・・?


ほとんど皆無に等しいけど・・・脳内の引き出しを幾つも開けて、無理矢理引き出した回答がこれだ!


「えーっと、例えば、ミツバチには女王蜂クイーンビーを中心にコロニーを作って、働きバチが花の蜜を集めます・・・蜂蜜は働きバチの労働の賜物ですものね。感謝して頂かないといけないな、と思います」


小学生か?!という知識を堂々と披露する私(汗)。


しかし、それを聞くや否や分厚い瓶底眼鏡の後ろ側から滝のように涙が零れ落ちるのが見えた。


・・・なぜ?


「・・・っ、まさか、昆虫に感謝するというご令嬢が存在するなんて・・・。これは奇跡か?!神よ!」


と嗚咽しながら声を絞り出す彼に、ロニーもどうしていいか分からずに呆然としている。


「えーと、あの・・・良かったらハンカチ、使って下さい」


恐る恐るハンカチを手渡すと「かたじけない」と武士のような言葉遣いで受け取り、眼鏡をはずして目を拭っている。


背が高いから大人に見えたけど、まだ子供だ。私と同年代くらいじゃないかな。


でも、王宮にいるにしては身なりがみすぼらしい・・・気がする。


あれ・・・?もしかして・・・?心当たりが・・・。


私は以前のレオとの会話を思い出していた。


「あの・・・間違っていたら大変申し訳ありません。でも、もしかしたらリッチモンド公爵のご子息のクリストファー様でいらっしゃいますか・・・?」


「え?ぼ、ぼぼぼくをご存知ですか?こんな美しいご令嬢にお会いしたら忘れるはずないのですが・・・」


「私はソフィア・ブロンテと申します。あの・・・そのレオポルド殿下とは親しくさせて頂いておりまして、クリストファー様のお話を伺ったことがあります」


それを聞いたクリストファーは一瞬ピキッと固まった後、何故か突然意気消沈し肩をガクリと落とした。


「・・・レオの婚約者のソフィア様ですね。『可愛すぎるから絶対に会わせない』で有名な・・・」


は!?なんだそれ?


「えっと・・・他の部分は分かりませんが、はい、レオの婚約者で間違いありません」


「やっぱり王太子ともなると選ぶ女性も違いますね・・・。流石としか言いようがありません」


謎の言葉を呟きながら、天を仰ぐクリストファー。


眼鏡を外した彼の顔はやはり端整で、大変な美形だ。もっさり、というのは髪型とか服装から来た印象だと思う。


ふと彼と目が合い、右目と左目で色が違うことに気がついた。


右が緑で左が赤だ。


オッドアイだ!カッコいい!


「とても美しい目をしていらっしゃるのですね!」


興奮して話しかけると、彼は何故か慌てて目を隠そうとする。


「す、すまない。僕の目を・・・こんな醜い・・気持ち悪いものを見せて・・・」


「なんの話ですか?とっても綺麗な目をしていらっしゃるのに・・・?」


私の言葉を聞いて彼は大きく息を呑んだ。そして、呆然とその場に立ち尽くして顔を両手で隠している。


大丈夫かしら?


不安になった私と彼を、ロニーが如才なく近くにあったベンチに案内してくれた。


動揺が激しいクリスが落ち着いた頃合いを見て、詳しい事情を聞いた。


ちなみにお互いに『クリス』『ソフィア』と呼び合うことで合意。


予想通りクリスは、リッチモンド公爵家の五男だが厄介者扱いされているという。愛人の子供であるという理由以外にも、彼が蔑まれる理由があった。


それは、クリスの特殊能力の所以である。


彼の特殊能力とは虫に関することだった。彼は虫の能力を再現して魔道具に加工したり、虫を自由に操ったりすることが出来る。


異母兄弟に酷く乱暴を振るわれた時にはスズメバチで攻撃してやろうかと思ったが、それだと死んでしまうので、代わりにダニとノミを彼らのベッドに集結させてやったと言っていた。うぅ、聞くだけで全身痒くなりそう・・・。


でも、それは凄い能力じゃないかと思う。使い方によっては人のために活用できる能力だ。前世でも虫の能力を利用して火星まで行って怪物と戦う漫画があった。


それを伝えるとクリスは嬉しそうに微笑んだ。もう眼鏡をかけていないので、微笑みだけでイケメン光線を発せられる。


「ソフィアは凄いな。自分の能力をそんな風に考えたことなかった。虫というだけで忌み嫌われていたからな。バギーなんて有難くないあだ名まで付けられて」


ああ、そうか。虫はbugバグというから、そこからバギーって呼ばれるようになったんだ。


バグはコンピュータやプログラムの原因不明な不具合のことを指すが、元々は問題を起こす『虫』っていう意味だもんね。


加えて、オッドアイというのも、この世界では悪魔が憑りついたせいだという迷信があるという。


虫を操る能力とオッドアイのせいで公爵家でも冷遇され、自分の居場所がないとずっと感じていた。レオに拾われ、最近ようやく人間らしく生きられるようになったとクリスは言った。だから、レオには心から感謝していると。


「僕はレオを尊敬している。僕以上の逆境にあっても負けずに立ち向かってきた。でも、彼の周囲には危険が多い。レオ自身もそう言っていたが・・ソフィアの身にも危険が及ぶんじゃないか?」


「えーと、今のところ無事よ。ロニーも居てくれるし。ね?」


近くに立って警護してくれていたロニーが満面の笑顔で敬礼した。


クリスはそれでも何やら考え込んでいたが、胸のポケットから小さなテントウムシのブローチを取り出した。


「テントウムシは虫でも、ご婦人のアクセサリーのモチーフになっているし・・・これを付けてくれないか?」


確かにこれは可愛いかも。


「あ、うん・・・いいの・・・かな?でも、レオに叱られるかもしれない」


「大丈夫。レオには後で僕から説明しておくから」


そう言いながら、私の襟元にテントウムシをつけてくれた。小さいし目立たないけど、ちょっとしたアクセントになる。可愛い。


「ありがとう!嬉しいわ」


と笑顔で御礼を言うと、クリスの頬が紅潮した。


「レオがソフィアを他の男に会わせたくない理由が分かるよ。確かに心配になるだろうな」


「そうかしら?考えすぎじゃない?」


「いや、君は・・・とても魅力的だ。外見だけじゃない。僕は今まで虫を肯定的に考えるような令嬢に会ったことがなかった。ソフィアは苦手な虫はいても、虫全体に対する偏見を持っていない。虫の有用性を理解して、感謝までしている。冷静で公平な判断力と知性を兼ね備え、その上・・・こんなに綺麗で愛らしかったら・・・男は放っておかないだろう」


「ほ、褒め過ぎだって・・・」


「僕は今まで自分が何故生きているのか分からなかった。ソフィアに会って、ようやく生きる目的を見つけた気がする」


「いや・・・大袈裟だな・・・」


と話していると


「ソフィア!!!」


と大きな声が聞こえた。顔を上げるとレオが大股でズンズン歩いてくるのが見えた。


「ソフィア!何をしているんだ。こんなところで・・・クリスと二人きりで・・・」


「殿下、私も一緒です」


と言ったロニーをレオは完全に無視した。


「クリス。ソフィアには会わせないと言ったはずだな?」


「偶然出会ってしまったんだ。仕方がないだろう。運命かな?」


立ち上がったクリスはレオと身長がほとんど変わらない。


睨み合う二人の視線と視線がバチバチと絡み合う。


「あの眼鏡はどうした?なぜソフィアの前だと外す?」


「ソフィアは僕の目が綺麗だと言ってくれたからな」


レオは明らかに苛立っている。だって、額に青筋が浮いてるもん。


・・・私も怒られるのかな?


「ソフィア?」


「ひゃい!」


レオから声を掛けられて、ピョンと飛び上がった。


あれ・・・?レオの顔はとても優しい・・優しすぎるくらい甘い笑顔なのに、目が笑ってない・・・。


お、怒られる・・?


そう思った時に不意に体が軽くなった。レオは私を横抱きにしている。いわゆるお姫様抱っこだ。


「俺達は婚約発表の準備があるから」


素っ気なく言うと、クリスを置いてさっさと歩きだした。


クリスは気にする様子もなく、私たちに向かって手を振っている。


「レオ、レオ!ねえ、私一人で歩けるから・・・」


私の言葉を完全に無視して、レオは


「クリスと何を話していた?」


と尋ねた。


「えっと・・あのね。八本足がドレスに入り込んで・・パニックになっていたところをクリスが助けてくれたのよ。それで、ちょっと話をしていただけなの」


「へぇ、それでいきなり名前呼びになるほど仲良くなるんだ?あいつの目が綺麗だって?」


ヤバい・・・。レオは物凄く怒っている。よりにもよってこんな大切な日に。


「レオ・・・ごめん。私が軽率だった。もう屋敷から出ないようにするから・・」


私が泣きそうになって謝ると、レオは立ち止まって私をそっと下ろしてくれた。


レオは暗い顔で俯いている。しょんぼりするレオを見て罪悪感が膨らんだ。


彼の手を握って


「ごめん・・ホントごめんね。嫌いにならないで」


と半べそをかいたら、レオに思いっきり抱きしめられた。


「こっちこそごめん。ソフィアを閉じ込めたい訳じゃないんだ。ソフィアを幸せにしたい。俺がソフィアを嫌いになる訳ないだろう?逆なんだ。好き過ぎて・・・自分がこんなに嫉妬深くて器が小さいとは知らなかった」


「レオ、私が好きなのはレオだけだよ」


と彼の背中に手を回すと、私を抱きしめる腕が益々強くなった。


ゴホン、という咳払いが聞こえて、ロニーが物凄く言いにくそうに


「あの・・・ここは人目が大変多く・・・」


と言う。


周囲を見回すと、王宮で働く人々の手や足が止まり、私たちに視線が集中しているのが分かった。


私たちと目が合うと、みんな慌てて動き出す。


私とレオは顔を見合わせて、完熟トマトのように赤くなった。それを見た人々が楽しそうに笑う。


手を叩いたり、ヒューヒューなんていう口笛も聞こえたりして。


レオは私の手を握って、歩き出す。


恥ずかしかったけど、みんなが私たちを見る目は温かくて、祝福してくれているのが感じられた。


悪役令嬢だけど、そんなに嫌われてない感じ?へへ。


私は耳まで真っ赤になっているレオの手をギュッと握り締めた。



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