悪役令嬢は王太子のエキセントリックなご学友に興味を持つ
「ヨーク公爵令嬢か・・・厄介だな」
レオが呟いた。
「キャサリン様が?どうして?」
と尋ねるとレオは渋々と王宮の裏事情を教えてくれた。
王妃(=敵)は現ヨーク公爵の妹でキャサリンにとっては叔母にあたる。
当然、ヨーク公爵家は反王太子派の急先鋒であり、第二王子エドワードが王太子となり将来の国王になることを望んでいる。
いとこ同士だが、キャサリンとエドワードを婚約させようという話もあったらしい。
しかし、キャサリンが『私は絶対に国王になる人としか結婚しない』と主張し、第二王子だったエドワードとの婚約は調わなかった。
現段階で一番国王になる可能性が高いのはレオだ。
なので、彼女は王太子レオの目に留まることを期待して舞踏会に参加したが、当てが外れ、非常に立腹しているらしい。
王妃経由で私とレオの婚約の噂を聞いた上に、エドワードまでがソフィア・ブロンテに一目惚れしたということで、私は目の敵にされているそうだ。
彼女のせいで私の悪評が王宮でも広まりつつあると聞いて、私は「やっぱりね」と奇妙な安堵に似た気持ちを抱いた。
私は、悪いことが起こると何故かそれが当然だと思ってしまう変な癖がある。
私は、人間の一生は運と不運が天秤になっているとずっと思ってきた。
良いこと(幸運)と悪いこと(不運)は人生で同じ数だけ起こると私は信じている。
だから、重要でないことに運を使いたくない。
私にとって大切な運はレオのために使いたい。だから、私の悪評が広まったことで不運を使えたらラッキーと思ってしまうのだ。
ひねくれてる・・というか、変わってるのかな?
いずれにしても、キャサリンは最初から私に敵意を持っていたことが分かった。
その敵意は状況的あるいは環境的要因から発生した敵意であって、私の人間性のために発生したものではない。私の性格のせいで嫌われたんじゃない、というところで少しホッとした。
でもまぁ、お茶会でみんなに怒ってしまったので、既に人間性でも嫌われ者になっているだろうけど・・・。
ズーンと落ち込んでいるとレオによしよしと頭を撫でられる。
「・・・ごめんね」
とレオに謝った。
「なんでソフィアが謝るの?」
「だって・・・将来王妃になるんだったら、我慢強くないといけないのに、私は怒りにまかせてお茶会を飛び出してきちゃったし」
「そんなの気にするな。未来の王妃だったら、バカにされたらバシッとはねのけないといけない。でないと王族全体が舐められることになるからな。だから、ソフィアのしたことは正しかったんだよ」
ああ、レオは優しいな。私は甘やかされてどんどんダメな人間になってしまいそうだ。
*****
「そういえば、舞踏会の時にご学友(=未来の側近候補)は見つかったの?」
舞踏会では途中で帰ってしまったので(恥)、レオが信頼できるご学友を見つけられたのかどうか知らなかった。
「ああ・・・ソフィアが言ったように、群がる青年貴族たちに、俺と一緒に居るといかに危険なことがあるか、滔々と語って聞かせたよ。王妃がエドワードを王太子にしようと画策しているのは有名な話だ。適当な話をちょっと大げさにしたら、波が引くようにザーッとみんな離れていったよ。ソフィアの言った通りだな」
とレオはニッと笑った。
「え・・・?誰一人残らなかったの?」
「ん?ああ、一人だけ残るには残ったんだが・・・ものすごい変わり者でな」
言葉と裏腹にレオは何だか楽しそうだ。
リッチモンド公爵の五男であるクリストファー・リッチモンドは、他の人たちが離れて行った後もその場に残っていたそうだ。
クリストファー・リッチモンド!
また攻略対象が現れた。
「・・・確か側室の方のお子さんだった?」
「なんで知ってるんだ?・・・ああ、前世のゲームとやらか」
クリストファーはリッチモンド公爵の五男だが、愛妾の子供だ。母親が亡くなり、本宅に引き取られたが、愛人の子供を憎むリッチモンド公爵夫人に冷遇されていたはず。レオと境遇が似ているよね。彼は愛情に飢えていたので、ゲームでは後にヒロインに夢中になるのだ。
レオはクスクス笑って、
「クリスはその場に残ってはいたんだが『自分なんかが王太子殿下のご学友に相応しくないのは分かっていますが、僕は殿下に共感しますし、尊敬します』って、深くお辞儀して去って行ったよ」
と言った。
「え?それじゃ結局彼もご学友にはならなかったの?」
クリストファーの境遇はレオに似ている。だから、共感するし尊敬すると言ったのだろう。
攻略対象になるくらいだから優秀だろうし、信頼できそうな気がするんだけど・・・。
レオは頬をポリポリ掻きながら言葉を続けた。
クリストファーは、国王主催の舞踏会に出席するのに、古臭い型の薄汚れたスーツ姿でみすぼらしい恰好だったらしい。髪も手入れされておらず、ボサボサだったそうだ。
確かにそんな恰好だと自分を卑下してしまうのは分かる。それにしても、リッチモンド公爵は曲りなりにも自分の息子がそんな恰好で舞踏会に参加して、公爵家の評判が悪くなると考えなかったんだろうか?
「リッチモンド公爵家も・・・裏に複雑な事情がありそうだ。王家の諜報も探り切れない部分がある。それに・・・公爵夫人はクリスを憎んで、幼い頃から身体的にも精神的にも虐待してきたようだ」
虐待!?
彼はまだ14歳くらいだろう?
前世では中学校の養護教諭をしていたこともある。やはり家庭で虐待を疑われる子供達がいた。
弱い立場の子供達に、大人が鬱憤をぶちまけるかのような虐待を行うことが、どれだけ醜く許せない行為か・・・。弱い者へ矛先を向ける大人なんて碌なもんじゃない。
私はリッチモンド公爵夫人が大嫌いになった。
「舞踏会の時に、俺はソフィアが帰ったって聞いて、慌てて後を追いかけようとしたんだ。その時にたまたまクリスが他の貴族の連中に絡まれているのを目撃してさ・・・」
レオの話は続く。
クリストファーは4-5人の酔っぱらった若い貴族たちに囲まれて、罵詈雑言を浴びせられていた。
離れたところからそれを目撃したレオは、クリストファーを助けるために走り出した。
しかし、絡んでいた貴族たちが、突然ゴホゴホと咳込んだり「オエ・・」とえづいたりし始めた。立てなくなって這いつくばる者もいた。結局すぐに全員逃げ出したという。
「俺が近づくと・・・なんていうか凄い異臭がしてさ。クリスが魔法で消臭したら、すぐに匂いはなくなったけど。何の匂いかも分からない。とにかく人間にとって不快というか耐えがたい強烈なものだった。悪臭の魔法で攻撃するってあまり聞いたことがないだろ?あいつは特殊な魔道具を使ったとしか言わないんだ」
「・・・魔道具?」
「ああ、クリスは魔道具作りが得意らしくてな。でも、具体的にどんな魔道具かも教えてくれないんだ」
『僕は幼い頃から身についた魔法のせいで化け物と呼ばれてきました。家族からも忌み嫌われています。ですから、殿下のご学友には相応しくないと申し上げました。僕は殿下を尊敬しています。出来たら嫌われたくありません。詳細を説明すると間違いなく気持ち悪がられてしまうので・・・』
というクリストファーにレオも強いて説明を求めなかったという。
「クリスは異母兄弟たちから『バギー』というあだ名で呼ばれているそうだ。勿論、貶める意味らしい・・・。本人は『クリス』と呼んで欲しいそうだから、俺はそう呼んでるけどな・・・」
バギー?悪い意味のあだ名なのかな?よく分からないけど。
謎めいているなぁ。
私は相沢さんから話を聞いただけで実際にゲームをした訳じゃないから、今一つピンとこない。
あ、そうだ。相沢さんによると、攻略対象は間違いなく眉目秀麗、容姿端麗、文武両道、成績優秀、国士無双・・いや、最後のは違うか。とにかく、嘘みたいな完璧超人らしい。
「でも、クリストファー様は優秀な美男子なんでしょう?」
何気なく言ったことにレオが鋭く反応した。
「なんで?クリスが美男子かって気になる?もしかして、会いたいとか興味あるとか思ったりするの?」
レオの瞳が不穏に光る。捕食動物に睨まれている気持ちになるのはなぜだろう?
「・・・イイエ。アイタイトハオモイマセン」
何故かカタコトで答えた私は、正直言うと少し会ってみたい気がしたけど、それよりレオの機嫌の方が大事だった。
それを聞いて穏やかな表情になったレオは
「・・・うーん、でも、正直そんな美形って感じじゃないぞ。もっさりしてる。相変わらずボロボロの服着てるしな。俺が服を贈るのも施しみたいで嫌かもしれないし・・・」
と言う。
へぇ、そうなんだ。攻略対象なのに。
レオはクリストファーに、話したくないことは話す必要はないから、是非学友になって欲しいと言ったそうだ。最初は遠慮していたクリストファーもレオの熱意に押されてOKしたらしい。それで彼は頻繁に王宮に来て、未来の側近として教育を受けている最中だという。
「うん、まあ変わった奴だけど、他の貴族みたいにお世辞も言わないし、俺に厳しいことも言ってくれる。頭もいいんだ。信頼できると思うよ」
と言うレオの表情を見て、私も安心した。
「良かったね!レオに信頼できる友達が出来て嬉しい!」
と笑顔を見せると、レオが私の頬を両手でむにっと引っ張った。
「・・心配だなぁ。お前を外に出したくない。他の男の視線に晒したくない」
「私は家にいるのが大好きだから、全然構わないけど・・・」
というかウェルカムよ!引きこもり万歳。
「王宮に来るなって言ったのも、嫌な噂を耳にしないようにって思ったのもあるけど、他の男に見せたくないっていうのが本音なんだよなぁ。ただ、正式な婚約発表の時は王宮に来てもらわないといけないんだ。ああ・・・心配だ。ソフィアを見て一目惚れする男が続出しそうだ」
「まさか~!絶対にあり得ない。レオ、心配しすぎだから!私は同性からも異性からも好かれるような人間じゃないからさ。レオくらいだよ。私を好きなんていう奇特な人は!」
噴き出しながら言うと
「お前なぁ~、いい加減・・・まぁいいか。とにかく油断大敵だぞ」
とおでこを指で弾かれた。




