悪役令嬢は油断出来ない
*ここから新しいエピソードになります。読んで頂けたら嬉しいです(#^^#)
私とレオの婚約が内定し、静かだった私の生活は突然騒がしいものになった。
『正式な発表(お披露目)はもう少し後で』ということなので、私たちはとりあえずそのお披露目に向けた準備で忙しい。
婚約前まで毎日のように王宮でレオに会っていたのに、皮肉なことに婚約してからレオに会う機会はほとんどなくなった。
私は何故か王宮には来るなと言われ、仕方なく屋敷で花嫁修業に勤しんでいる。
あ~あ、レオに会いたいなぁ、と思いつつ、自邸で家庭教師から国際政治・外交、経済政策などの講義を受けている。
私がレオと一緒に王宮で受けていた講義はお妃教育の一環でもあったらしいが(レオはそれを狙っていたらしい・・怖)、それでも将来の妃として学ばなくてはいけないことは数多くある。
ただ、私が苦戦していたのは勉強ではなく、コミュ障にとって最大の難関である社交面だ。
妃というのは全国民からの王族好感度を上げる役割を担っているらしい。
なんだその無理ゲー!?
一般人としても人から好かれたことがないのに(前世含)、今更人から好かれるようになれというのは私にとってハードルが高すぎる。
レオ曰く
「笑顔だ!笑顔を振りまけ!そして、しゃべるな!それで好感度は自動的に上がる!」
ということらしい。
・・・そ、そうなのかな?
しかし、例えば貴族令嬢からお茶会に誘われて、何もしゃべらない訳にはいかない。
私はこれまで他の貴族令嬢との交流を徹底して避けてきた。有難いことに私を甘やかす両親もそれを大目に見てくれていた。
ただ、王太子の婚約者となると話は別だ。
少しは社交を嗜む必要があるだろう。
ということで、本日もお日柄の良い中、私はひたすら愛想笑いを浮かべながら、親しくもない令嬢達との会話に集中していた。
アビントン王国には三大公爵家と呼ばれる名家がある。
私のお父さまであるブロンテ公爵家、宰相を務めているリッチモンド公爵家、そして王妃の出身であるヨーク公爵家。
ヨーク公爵家は当然ながら敵(=王妃)側だ。リッチモンド公爵家は中立。我がブロンテ公爵家は王太子派。三大公爵家は王太子派VS王妃+第二王子派で真っ二つに割れている状態だ。
でも、それは水面下での話で、表面上は波風立てずに付き合う必要がある。
なので、今日はヨーク公爵家主催のお茶会に出席することにしたのだが・・・。
あまりの居心地の悪さに眩暈がしそうだ。むせるような香水の匂いのせいで吐き気までしてきた。
話に入る切っ掛けすらつかめない。
トークは戦場だと言ったのは誰だったか?
令嬢達の話の内容は、主にファッションと化粧と縁談だ。
残念だ。私にはファッションや化粧に一ミリも興味がなく、縁談は既に決まってしまっている。
みんなが楽しくなれるような会話に貢献できる気がまるでしない。
だから、みんなの会話を興味深そうに微笑みながら聞くことに全精力を注いでいる。レオのためだと思えば、普段使わない表情筋だって使いこなして見せる!
「・・・それでマルバス様が媚薬を分けて下さって」
「まぁ、それで?」
「媚薬を香水に混ぜてお近づきになれましたの・・・。ほほ。お陰様で婚約する運びとなりましたわ。化粧品に媚薬を混ぜるやり方はマルバス様が教えて下さいましたのよ」
「素敵~~~!私も早速マルバス様にお願いに参りますわ。意中の殿方のお心を掴むのに媚薬以上に効果的なものはありませんものね!」
「・・それにね・・・。ご存知でしょ?マルバス様の奇跡のような完璧な美貌。あの方から・・うふふ・・色んな秘儀とか、寝技とか、役に立つ助言を念入りに頂きましたの」
「きゃ~~!もう・・・うらやま・・・いえ、とても興味ありますわ!殿方の心をがっちり掴むには重要ですものね!」
盛り上がる令嬢達を笑顔で鷹揚に眺めながら、私は内心パニックになっていた。
マルバス様?誰?
媚薬?秘儀?寝技?
・・・何の話?
友達が一人もいない私は、噂のマルバス様が誰だか分からない。
「そういえばソフィア様はもうご婚約が内定されているのよね?」
ボーっとしていたところに突然話を振られて、体がビクッと動いてしまった。
まずいまずい・・・。挙動不審だ。落ち着かねば。
「さぁ、まだ分かりませんの・・・」
としおらしく俯いて見せる。レオから正式な婚約発表までは何も言うなと釘を刺されている。
話を振って来たのはヨーク公爵の令嬢キャサリンだ。確か私より何歳か年上だったと思う。
このお茶会の主催者であり、さすが女王様のような貫禄だ。
強いウェイブのかかった華やかな金髪に蒼い瞳。典型的な西洋のお姫様という麗しい容姿だが、どことなく敵意が感じられて・・・怖い。
気のせい。考えすぎだと思うけど・・・。
「あら・・・まだ極秘のお話だったかしら?王族との婚約が内定したという噂をお聞きしましたのよ」
というキャサリンの言葉に、他の令嬢たちが色めきだった。
「まぁ!ソフィア様。そうでしたの?なんて羨ましい!一体どんな媚薬を使いましたの?」
どうしてここの人達は何でもかんでも媚薬と結びつけるんだろう?
「い、いいえ。私はそのようなものは使ったことがないので・・・」
言った瞬間に、その場の雰囲気が凍りついたように冷たくなった。
「・・・そのようなもの?」
「ふーん?」
「媚薬なんて使わなくても殿方を誑し込むのはお得意ということ?」
「テクニシャン?」
ヒソヒソ声なのにはっきり聞こえる悪口に私はビビりまくった。
な、なになに?怖。怖い。
「さすが王太子殿下と第二王子殿下を手玉に取られる方は違いますわね・・」
キャサリンの言葉は爆弾のような効果があった。
「なんですって!?王太子殿下と第二王子殿下?」
「どういうこと?二股ってこと?」
ザワつく令嬢達を見て、私は青褪めた。
誰が二股?なんのこと?私、第二王子なんて顔も知らないんだけど。
「キャサリン様、私は第二王子殿下にはお目にかかったこともないんですけど」
怖いからあまり目を合わせないようにして、オドオドと伝える。
「あら!?でも、先日王妃様にお会いした時にソフィア様とエドワード殿下が結婚するって仰っておいででしたのよ。舞踏会では王太子殿下と一番にダンスをされていたのに、結婚するのはエドワード殿下だなんて、随分多情な方ですわねって噂になっておいででしたわ」
「まぁ、なんてことかしら?そんな多情な方が王族の一員に・・・?」
「あり得ませんわね。厚かましい」
令嬢達の姦しい悪口も耳には入ってこなかった。
は!???
もう一度言う。
は!???
第二王子の名前はエドワードだった気がする。でも、顔も知らない。何が悲しくて敵(=王妃)の息子と結婚しなくちゃいけないんだ?何が一体どうなった?
「・・・それは悪質なデマですわ。私は一度もエドワード殿下とお会いしたことがありませんし、お会いしたいと思ったこともありません」
今度はキャサリンの目を真っ直ぐに見て言い放った。強い怒りで恐怖はとうの昔に消え去っていた。
「そんなデマを信じて人のことを無責任に中傷する方がいらっしゃるのですね。何も知らないくせに人のことを『多情』だなんて。自分がそんな風に言われたらどんな風に感じるか想像してみて下さい!(前世の)研究によると、言葉の暴力は身体的に傷つけられているのと同等の、あるいはそれ以上のストレスが脳にかかり、トラウマとして残ると言われているんですよ!男性だって性格の良い女性の方が好きでしょう。皆さんもまず性格を改善したらいかがですか?」
その場にいる全ての令嬢を見回しながら、私ははっきりと言い切った。
「言ってやった!」という気持ちと「言ってしまった・・・」という天秤でいうと、「言ってしまった・・・」という後悔の方が若干重い。
でも・・・どうせ、私は嫌われ者だ。これ以上嫌われたってお茶会に誘われなくなるくらいだ。そして、私はお茶会に参加したいと思ったことなど一度もない。
将来の王妃として失格かもしれないと思いながらも、私は怒りを我慢できなかった。
令嬢方は、呆気に取られて口をポカンと開けている人、青褪めた表情で「わ、私は別に・・・」と呟く人など様々だが、キャサリンだけは顔色一つ変えずに平然とお茶を飲み続けている。
キャサリン、すごいな・・・。ある意味、鉄の心臓だ。ちょっと怖い。
私の言葉の何一つ彼女には刺さっていないのだろう。
ただ、私がお茶会の雰囲気をぶち壊してしまったことは自覚したので
「大変申し訳ありませんでした。せっかくのお茶会だったのに不躾なことを申しました」
と頭を下げた。
そして、パッと立ち上がると
「それでは失礼しますわ!」
とさっさと部屋から出て行った。
扉の外で控えていた護衛騎士のロニーが慌てて私の後についてくる。
「ソフィア様。何かありましたか?」
ロニー、本名ロナルド・スミスはブロンテ公爵家の護衛騎士として長年勤めてくれている。三十代半ばだが、剣の腕はいまだに超一流だとノアが絶賛していた。奥さんと子供を大切にする良き夫+良きパパである。
ロニーが心配そうにおろおろしているのが申し訳なくて
「ロニー、ごめんなさいね。失礼なことを言われたものだから、つい頭にきちゃって・・・ダメね。短気で・・・」
と謝った。
「公爵家のお嬢さまに失礼なことを言うなんて!何を言われたんですか?」
「私がレオと第二王子の二股かけてるとか・・・」
「は!?なんて失礼な。それはあの場を退出して正解ですよ。お嬢様が事実無根の中傷を我慢しなきゃいけない理由なんてありませんからね」
ロニーがぷんすか怒ってくれたおかげで、私の怒りは大分和らいだ。
「でも、お嬢様。第二王子云々という話が出たと言うことは、何らかの謀略の可能性があります。公爵閣下と王太子殿下にすぐにお伝えした方が・・・」
確かにその通りだ。
私とロニーは顔を見合わせて頷いた。
*****
急使を出すと、レオはその日の夜に屋敷を訪ねてきてくれた。ノアも護衛として一緒だ。
お父さまとレオ(+ノア)にお茶会での出来事を説明すると、レオとノアは頭を抱えて大きな溜息をついた。
ただ、そんなに驚いている様子には見えない。
あれ・・・? 心当たりはあるのかな?
「おい、レオ。ちゃんとソフィアに説明しておいた方がいいって言っただろ?」
護衛のはずなのに当然のようにレオの隣に座っているノアが言った。
「レオ、私に何か隠してるの?」
と尋ねると、レオが気まずそうに首の後ろを手で擦る。
「・・・あー、ああ」
「なに?ちゃんと言ってよ」
「ああ、実は・・・」
とレオが話し出した。
国王陛下の承認を受け、私とレオの婚約が内定した矢先に王妃(=敵)から強い反対意見が出たらしい。
王妃は継子であるレオを排除して(=殺して)、実子であるエドワード第二王子を王太子の座につけたいと長年画策してきた。
そのため王宮は、三大公爵家が割れているように、王太子派と王妃・第二王子派で分断されている状況だ。
しかし、レオが逞しく成長し、なおかつ非常に優秀だったために、近年は王太子派が優勢になってきているそうだ。
その上、有力貴族であるブロンテ公爵(=お父さま)の一人娘のソフィア(=私)との婚約が決まり、その地位が盤石になってきたことに強い危機感を覚えているという。
ついでに、舞踏会でレオと踊る姿を見て、エドワードが私に一目惚れをしたらしい。
エドワードと私が結婚すれば、私はいわば人質となる。
ブロンテ公爵家も取り込めるし、王太子派の牙城を崩せるのではないかと考え、国王にエドワードとソフィア(=私)を結婚させるよう直訴しているのだという。
なんだそれ!?
そんなバカな話はない。
国王は当然そんなくだらない願いは一蹴しているだろうと思いきや、最近は王妃の言うがままにエドワードと私の結婚を認めるような発言をするようになったという。
なんですと!?
「父上は・・・この数年少しおかしいんだ。記憶が飛んだり・・・言ったことを覚えていなかったり・・・父上らしくない言動を見せることがあって、周囲の人間は皆心配している」
レオの言葉に、ノアとお父さまも頷いた。みんなの顔色は悪い。
「証拠はないが、怪しげな薬が使われている可能性がある。国王陛下相手に魅了の魔法などを使えば、王宮の魔術師がすぐに気がつくだろう。だが、薬となると・・・特定が難しい。毒見役はいるが、毒以外の薬は検知することが難しいんだ・・・。それに王妃は陛下の一番近くにいる。薬なんて簡単に盛ることが出来るだろう」
お父さまの口から『薬』という言葉が飛び出して、私はお茶会での会話を思い出した
「ねぇ、マルバス様って知ってる?なんか、媚薬とか秘儀とか寝技とかが得意な方なのよね?」
と聞いた時の三人の顔つきは見物だった。衝撃で固まっている。
「・・・ソフィア・・一体誰からそんな話を・・・?まさか・・破廉恥な行為を・・・?」
お父さまがキッとレオを睨むと、レオは慌てて「冤罪だ!」と抗弁した。
私はお茶会での令嬢たちの会話を詳しく説明した。
お父さまは深く溜息をついて
「マルバス殿はイザベル王妃の側近で、怪しげな媚薬を令嬢達にばらまいているという噂は聞いている。非常に強力な媚薬で抗うことが出来ないらしい。私たちも取り締まりたいのだが・・・何しろ王妃が背後についている。マルバス殿は魔術師でポーションマスターでもあるから、王妃の健康のために薬を調合するという名目で王宮で働いているのだが・・・どこから来たのかも分からないし、胡散臭い人物だ」
と苦虫を噛み潰したような顔をする。温厚なお父さまにしては珍しい表情だ。
「俺も令嬢方からお菓子を沢山もらうんだけど、絶対に食べないよ。こっそり捨ててる。間違って食べた者は既成事実を作られて、よく知りもしない令嬢と婚約する羽目になっているという噂でね」
おお・・怖!
ノアは確かにモテるから、令嬢たちに狙われているだろうな。次男とはいえ伯爵令息だし、近衛騎士団でも頭角を現している将来有望な騎士だ。
お父さまが立ち上がって
「いずれにしてもエドワード殿下とソフィアの婚約なんてとんでもない。あの方は女遊びが激しくて悪名高いし、女性にも乱暴を働くと聞いたことがある。国王陛下にソフィアとレオポルド殿下との婚約を念押しするから・・書面に残した方がいいな。文面を考えて来る」
と書斎に立ち去った。
ノアは
「俺は気が利くから、部屋の外で警護するね~」
と言って部屋から出て行き、私とレオは二人きりで残された。
レオとこんなに近くにいるのは久しぶりだ。
なんか・・・緊張するな。
レオはさりげなく私の隣に座り、肩に手を回すとそのまま私を抱きしめた。
え!いきなり?!
「お前を充電させてよ・・・すげー会いたかった」
私の肩に頭を載せてレオが呟く
「私も寂しかった・・・」
と言うと、レオが嬉しそうに私を抱き上げて膝の上に乗せた。
私の髪の毛を指で弄ぶレオの顔が至近距離にあって、嫌でも意識してしまう。
ふとレオと目が合うと、レオは顔をほころばせた。
ああ、やっぱりレオが好きだなぁ。
そんな風に思っていると、不意に頬にキスされた。
「え!?」
と思う間もなく、頭を手で固定されて何度も頬や額にキスされる。そのキスが徐々に唇に近づいてきた。
次は唇に・・?
と目を閉じたら、唇を飛ばして顎にキスされた。
少し拍子抜け・・・というかガッカリ?
「期待した?」
と悪戯っぽく笑うレオはずるい。
しかめっ面をして睨みつけると、レオは笑いながら私の顎を掴んで今度はちゃんと唇にキスをした。
ああ、また・・・。しっとりと柔らかい感触に心臓のどきどきが止まらない。
「ん?もう一回?」
というレオの言葉に
「ん・・」と小さく頷くと、レオは顔を真っ赤にしながら、
「可愛すぎ・・・」
と今度は味わうようにゆっくり口付ける。
レオの腕の中にいると幸せすぎて怖い。
何か悪いことが起きそうだ・・・という私の予感は今後当たることになるのだった(泣)。




