悪役令嬢は舞踏会に出る
*短編版『悪役令嬢はネガティブに生きる』と同じ内容です。
国王主催の舞踏会は煌びやか過ぎて、地味な私は怖気づいてしまい会場に入るのも躊躇われた。
令嬢達の気合バッチリの豪華なドレスや孔雀の羽根のような髪飾りを見るだけで、物怖じしてしまう。
令嬢だけでなく、貴族の令息の方々も気合の入ったタキシードでキメている。
王太子のご学友も選ばれるというような謳い文句だったからなぁ。
要するに、アビントン王国内の若い貴族が一堂に会する大舞踏会なのである。知り合いも多いらしく、あちこちに輪が出来て、オホホ、ウフフなどという社交が繰り広げられている。
今日私はお父さまにエスコートしてもらっている。さすがに今日はレオにエスコートしてもらう訳にはいかない。
経験豊富なお父さまと一緒なので安心できるが、一応公爵なので声を掛けてくる人が多い。そして、当然私もちゃんと挨拶をしないといけない。
はぁぁ。社交が苦手のコミュ障なので、どう頑張っても挙動不審になってしまいそうで緊張する。
その時、お父さまが誰かに呼ばれた。何か緊急の仕事の話があるらしい。
お父さまは心配そうに私を見たけれど、私が「大丈夫よ」と笑顔を見せると安心したように、私から離れていった。
しかし、お父さまが離れた途端、私は知らない男性たちに囲まれてしまった。
「ブロンテ公爵令嬢でいらっしゃいますね?良かったら、あちらでお飲み物でもご一緒に・・・」
「今晩は私にエスコートさせて下さい」
「噂はかねがね伺っていましたが、想像よりずっと美しい」
いきなり色々なことを言われて、私は混乱した。
すみません!一度に言われても分かりません!一人ずつ話して下さい!
内心そう言って悲鳴を上げたくなるが、言葉が出て来ない。もう逃げたい・・・。
そう思った時に、男性たちの間をスルリと抜けて私の隣に立ったのは、ノアだった。
「ソフィア、待たせてごめんね。皆さん、今夜は私が彼女をエスコートする役目を仰せつかっておりますので」
いつもの軽薄な印象はどこへやら、有無を言わさぬ強気な態度で周囲の男性陣を威圧すると、ノアは私の手を引いて、さりげなく人の少ない場所に連れて行ってくれた。
そうか、ノアは騎士として働いているけど、確か伯爵令息だった。やっぱりこういう場に来ると貴族としての振舞いは完璧だ。
「大丈夫?レオからソフィアを守るように言われて来たんだ。本当はレオ本人が来たかったんだろうけど、今彼は動けないからさ」
ノアの視線の方角を見ると、国王と王妃の隣にレオが立っていた。心配そうにこちらを見ている。ノアが軽く手を挙げると、レオは少し頷いて安堵したように微笑んだ。
レオが微笑むと近くにいた令嬢方からキャーと黄色い声が上がった。
やっぱり、カッコいいな。令嬢はみんなレオに熱い視線を注いでいる。みんなの憧れの存在だ。
「妬ける?レオがモテるから?」
とノアに訊かれて、正直にコクリと頷いた。思わず頬が熱くなる。
「・・あ~、くそ!やっぱ可愛いな!」
ノアが意味不明な言葉と共に何か悶えている。
「ノア、口が悪いわよ。せっかくの美形が台無しよ」
「お!?美形と思ってくれるの?」
「美形か美形じゃないかで言うと美形よね」
なんて話をしていたら、音楽が始まった。
ダンスが始まる。王太子は誰を最初のダンスに誘うのか?
舞踏会の全員の視線がレオに集まっていたと言っても過言ではない。
私もレオを見つめて、彼は誰を誘うのかなと考えていた。
綺麗な令嬢が集まっているし選り取り見取りだねと思った時、胸がチクンと痛んだ。
するとレオは早足でズンズン歩きだした。その歩みに迷いは全く感じられない。
何処に行くんだろう?と思っていたら、レオは真っ直ぐ私のところに歩いて来る。
驚きで固まっている私の目の前で立ち止まると、レオは跪いて私の手を取った。
「ソフィア・ブロンテ公爵令嬢。私と最初のダンスを踊って頂けますか?」
「は、はははい」
予想外の出来事に私はガチガチに緊張していたが、貴族令嬢としてダンスは幼い頃から叩き込まれているし、レオとダンスの練習をしたこともある。
私達は滑らかに音楽に乗って踊りだした。
私達に続き多くの人々がダンスに参加し、色鮮やかなドレスが翻る舞踏会は益々華やかさを増した。
レオは眩しそうに私を見つめている。
「ソフィア、いつも可愛いけど、今日は一段と綺麗だ。ドレスも良く似合っている」
「嬉しい。レオにそう思われたくて今日は頑張った。レオもカッコいいよ。いつもカッコいいけど」
と言うとレオは嬉しそうにクスクス笑った。
「・・それにしても、令嬢たちに取り囲まれるのは覚悟してたんだが・・・良く分からん貴族の息子たちまで俺の周囲に群がって来るんだ。ご学友候補とやらを狙っているようだが・・・。父上は俺には同性の友人が必要だと考えているんだ。だから、今回の舞踏会で友人を見つけるように言われているんだが・・・。令嬢たちのようにガツガツ来られると正直・・・怖い」
恨めしそうなレオの言葉に私は頷いた。
「良く分かるよ。友達を作るのは難しいよね。私も友達を作るのが苦手で・・・。恥ずかしながら・・・レオ以外には友達がいないの。」
「それを言ったら、俺も似たようなものだ。ソフィアと・・・せいぜいノアくらいかな」
「でも、レオは将来のことを考えると、立場上やっぱり友人はいた方がいいわよね。沢山は必要ないと思うの。ただ、レオが困った時に逃げないでちゃんと助けてくれるような人を選んでね」
「・・・それが難しいんだよなぁ。みんな、俺に忠誠を誓うみたいな感じのことは言うんだけど、いざという時が来ないとそれが本当かどうか分からないじゃん?」
「そうね・・・。じゃあ損得勘定でレオの近くにいると得しそうだから、という理由で近づいて来る人を振るい落とそう!」
「どうやって?」
「例えば、王太子の立場は狙われやすいから、一緒に居ると襲撃や毒殺に巻き込まれることがあるかもしれないとか、こっそり言ってみたら?あと王妃にものすごーく嫌われていることとか」
「まぁ、それは事実だけど・・・。それで振るい落とせるのか?」
キョトンとするレオ。可愛い。
「何か都合が悪いことがあるとすぐに離れていく友達っていうのは、その人にとって何か得があるから近づいて来るの。例えば、金とか名誉とか地位とか。そういう人は得することがなくなったり、もしかしたら損するかもしれないなぁ、って思ったら、すぐ離れていくわよ。本当の友達って、何の得もないのに困ったら助け合える人のことでしょ?王太子としてのレオじゃなくて、レオそのものを見て友達になれる人がいいわよね」
それを聞いて、レオは何故か得意気な顔になった。
「それはソフィアのことだな。初めて会った時の俺は、近づいても何の得もなかった。むしろ、損しかなかったのに、ソフィアは俺を助けてくれたんだ」
ぎゅっと手を強く握られて、レオから蕩けそうな甘い眼差しで見つめられると、どうしても顔が熱くなるのを止められない。
俯くと胸元まで真っ赤になっているのが分かった。きっと首や耳まで赤いだろう。目まで潤んできたようだ。
レオはコホンと咳払いして
「・・・可愛いけど、あんまりそういう顔を他の男に見せるなよ」
と耳元で囁く。
「レオのせいだからね!」
と囁き返すと、レオは腰に回した手に力を入れて、踊りながら私を抱き寄せた。
****
最初の曲を私と踊った後、レオは
「おい、ノア。ソフィアの隣にいてくれ!虫よけだ」
とノアに指示を出し、他の令嬢たちと踊りだした。
私はノアの隣で、レオが踊る姿をぼーっと眺めていた。
令嬢は皆、憧れの籠ったキラキラした瞳でレオを一心に見つめている。
レオは無表情だが、やはり彼の手が他の女性の手を取っているのを見ると心穏やかではいられない。
ああ・・自分がこんなに嫉妬深いなんて知らなかったな。
そして、レオが次にダンスを申し込んだ女性を見て、
「ソフィア、あれがミア・ジョーンズ子爵令嬢だ」
とある程度事情を理解しているノアが私に耳打ちした。
全身に緊張が走る。
ミア・ジョーンズ子爵令嬢はフワフワしたレースが沢山ついた黄色いドレスを着ていた。私のシンプルなドレスとは大違いだ。
薄茶色の髪に茶色い瞳。小動物系のとても可愛らしい令嬢だ。さすがヒロイン。笑顔も眩しい。
これは・・・レオも心惹かれてしまうかもしれない。
そう思ったら、思わず指が震えてしまった。ノアが心配そうに私を見る。
二人がダンスをしている時間が異常に長く感じられた。
この間に二人が惹かれ合ってしまったらどうしよう?
不安な気持ちで二人を見つめていたら、不意にレオが破顔した。顔も少し上気したように赤くなっている。レオがあんな優しい笑顔を見せるなんて・・・。
今まで私以外の令嬢にあんな表情を見せることは決してなかった。
やっぱり、レオはヒロインに惹かれてしまったんだ。運命の糸は壊せない。
不安で胸が押しつぶされそうだった。考えれば考えるほど、彼女が選ばれる気がしてしまう。
ああ、どうしよう・・・こんなに好きになってしまってから、レオを失うなんて・・・。
膝もガクガク震え出した。
私の異変に気が付いたノアが私を外に連れ出して、椅子に座らせてくれた。
「ソフィア。大丈夫だよ。レオは別な女の子に心を動かされたりしないから」
というノアの言葉を聞いても、私の不安は拭い去れなかった。
「ノア。気分が悪くなったから、家に戻りたいの。お父さまを探してきてくれる?」
ノアは何も言わず、お父さまを呼んできてくれた。
*****
私はレオに会うことなく、お父さまに連れられて屋敷に戻り、そのまま部屋に閉じこもってしまった。
レオに会うのが堪らなく怖かった。
私のことが好きだと言った同じ口から別れの言葉が出て来るかもしれない。
王宮から使者が来ていたらしいが、私は体調不良を口実に部屋から出て行かなかった。
お父さまもお母さまも私の様子をとても心配しているのが分かったし、迷惑ばかり掛けて申し訳なかった。
でも・・・どうしても怖いの。現実を受け止めるのが怖くて体が動かないというのは初めての経験だった。
そして、舞踏会の日から数日後、お母さまが私の部屋の扉をノックして
「ソフィア。開けてくれる?王太子殿下がいらしたのよ」
ああ、レオに自ら訪問させてしまうなんて・・・。
これ以上好きな人に迷惑を掛けたくない。
自分が振られることなんて最初から分かっていたじゃないか。
笑って彼を祝福してあげよう。
そして、私は俗世を捨てて修道女になる。
うん。大丈夫。
いつもそうだった。これまで何か望んで手に入ったことはない。今回も大丈夫。
何度も自分にそう言い聞かせた。心は痛くて辛かったけど、レオの幸せを望んでいる気持ちに嘘はなかったから、覚悟が出来た。
そっとドアを開けてレオが入って来る。
深刻そうな表情を見て、私の不安が確信に変わる。
「ソフィア・・・ごめん。こんなに泣きはらして・・・」
そう言いながらレオが私の頬に手を当てた。
「や・・やめて・・・。私を捨てるならそんな風に優しくしないで・・」
また涙がポロポロ溢れてきて、私は持っていたハンカチで涙を拭いた。
「す、捨てる?ソフィアを?何を言ってるんだ?俺達は結婚するんだろう?」
「・・・け・・結婚?」
「そういう話をしていたよな?俺、夢を見てたんじゃないよな?」
焦ったようにレオが私の手を握った。
「レオはあの・・ミアさんが好きになったんじゃないの?」
「は!?なんでそういう話になるわけ?ノアが言ってた通りだ。ソフィアは何か誤解しているからちゃんと話し合った方がいいって言われて来たんだよ!」
・・・ミアさんを好きになったんじゃない?
本当に?
これまで何度も期待しては裏切られてきた人生だったから(前世含)、俄かには信じがたい・・・。
呆然とレオの顔を見上げると、彼が私の頭を抱えて額にちゅっとキスをした。
軟らかい感触を額に感じて、涙が引っ込んだ代わりに全身が熱くなる。
「あの・・・その・・・ミアさんは?」
「は!?知らないよ。彼女には全く興味ないし、彼女も俺には興味ないって言ってた。容姿は多少可愛いのかもしれないけど、俺は全くこれっぽっちも心を動かされなかった!」
「で、でも、笑ってたよ!レオがあんな風に彼女に笑いかけるから、私はつい・・・」
と言い募ると、レオが首を傾げた。
「俺が?笑った?いつ?」
「踊っている最中によ!すごくすごく優しそうな笑顔だった。愛おしいっていう感じの!」
「あ・・・それは・・・」
レオが真っ赤になって手で口元を覆った。
「その、あのミア嬢からソフィアの話をされたんだよ。すごくお似合いですねって。あとなんか訳の分からないことを言ってた。早口でよく分からないことを喋る様子がソフィアに似ていたっていうか・・・ソフィアのことを考えていたから思わず笑ってしまったのかもしれない・・・」
「私みたいに早口でよく分からないことを喋る?・・なんて言ってたか覚えてる?」
「うーん・・・俺達の邪魔はしないとか・・・。興味があるのは別ルートとか・・・」
おお!これはヒロインも転生者パターンですか!
王太子ルートに興味のない転生者ヒロイン。それは・・・私にとっては僥倖だ。
うん、私も決してあなたのお邪魔は致しません。
私の胸にモヤモヤしていた暗雲は完全に払拭された。
「なんだ、晴れやかな顔をしやがって・・・俺の方を見ろよ」
そう言ってレオは私の顎を持ち上げると、わざと音を立てるようにチュッと口付けした。
唇の柔らかい感触に気が動転して、頭がパニックになった。
・・・・・・・・!?!?!?
「は、初めてなんですけど・・・(前世含)」
「当り前だ。お前の初めては全部もらう」
そういってレオはニヤッと笑った。
「俺達は結婚するぞ!いいな?」
と強く言われて、私はコクコクと頷いた。
結婚・・・。まるで実感が湧かないけど・・・。
レオは私の話を信じてくれた。
そして私を安心させるために一生懸命頑張ってくれた。
この人なら信頼しても大丈夫。きっとハッピーエンドになれるんじゃないかな。
ネガティブな私が初めてポジティブに思えた瞬間だった。




