悪役令嬢は恋を知る
*短編版『悪役令嬢はネガティブに生きる』と同じ内容です。
そうして私達は14歳になった。
レオとは相変わらず仲良しで、私は毎日のように王宮に通っている。
私(+私の護衛)がレオに引っ付いているし、ノアも一緒に居ることが多いので、レオが王妃に狙われて襲われることや、第二王子に虐待を受けることはほとんどなくなったと言う。
レオがしみじみと
「・・全部ソフィアとの出会いから始まったんだよな~」
と呟いた。今日はレオの部屋のソファに隣同士で座りながらお茶を頂いている。
「何が?」
「俺の生活は惨めなものだった。襲われても、毒を盛られても誰も助けてくれない。毎日お腹が空いて、怖くて、痛くて、辛くて、寂しくて・・・。でも、今は違う。強くなれたし、助けてくれる人も増えた。昔とは雲泥の差だ。全部ソフィアのおかげだ」
「それは違うよ。全部レオの努力の賜物なんだよ」
私達は最初の頃より気さくに喋れるようになって、レオは成長するにつれて『僕』が『俺』に変わった。『僕』呼び、可愛かったのにな~(しみじみ)。
「違う!ソフィアはいつもそうやって・・・褒めても、何を言っても、全然本気にしてくれないな」
「そうかな?」
「そうだよ!それにソフィアは俺との婚約も嫌がってるじゃないか!」
実は公爵家には何度かレオとの婚約の話が持ち込まれたことがある。
私を溺愛している両親は、私が嫌がる縁談は絶対に受けない。
将来捨てられるだけなら問題ないが、断罪・処刑の可能性がある道筋は家族のためにも選びたくない。なので、やんわりと気が進まない旨を伝えてきた。
でも、もしかしたらそれがレオには不服だったのだろうか?
レオが現時点で私に好意を持ってくれていたとしても、それは雛鳥が初めて親鳥を見た時の感覚と同じだと思う。刷り込みというか。
だから、将来本当に恋に落ちた時に、レオはきっと後悔すると思うのだ。
私達の間で婚約の話題が出たことはこれまで無かった。
ここはちゃんと説明しなくてはいけない。私はレオが嫌で婚約を断っているのではなく、レオがもっと素敵な女の子と恋に落ちる未来のために遠慮しているのだ。
レオの幸せを誰よりも願っているのは私だという自負はある。だから、きっと彼は分かってくれると思ったんだ。
しかし、レオは私の話を聞いて、顔面蒼白になって絶句した。なんだか頭を抱えている。
「・・・ソフィアは俺が将来お前以外の女に惚れると、そう思っているんだな?」
私は元気よく首を縦に振った。
「そうよ!そもそもレオの周りには年相応の令嬢方が少なすぎる。私を見た後だったら、どんな令嬢でも魅力的に映るかもしれないけど、出来るだけ大勢の令嬢を見て、その中で一番素敵な方を選んで欲しい!」
レオはまだ頭を抱えている。
「大勢の令嬢を見た後で、やっぱりソフィアがいい、となったら?」
「魅力的な令嬢方を見た後に、私なんかが良いと思うはずがありません!大丈夫です!」
私が元気よく宣言すると、突然レオがガバっと起き上がって、私の手首を掴んだ。
「気に入らない!」
私はレオの言葉の意味が分からなかった。
「へ!?何が?」
「『私なんか』って、しょっちゅう言うよな?俺はそれが大嫌いだ。ソフィアは『私なんか』じゃない!もっと自分の価値を分かれよ!ソフィアを大事だと思ってるのは俺だけじゃない!そんな風に自分を卑下するな!俺達が大切に思っているお前を侮辱しないでくれよ!」
レオの真剣な言葉を聞いて、私は天と地がひっくり返るかと思うくらいの衝撃を受けた。
自分を卑下することは、私を想ってくれている人達の気持ちを侮辱することなのか?
そう考えたら、レオの怒りもすんなり理解できた。
理解できたから、心から反省して自分が恥ずかしくなった。
あれ・・?どうしよう。
自分の瞳に涙の膜が張るのを止められない。私の半べそ顔を見てレオが怯んだ。
ダメだ。泣いたら泣き落としみたいになっちゃう。
私は手の甲で両目をごしごしと擦った。
「は・・・あ、うん。そう・・・だね。レオの言う通りだ。ごめん。ごめんね」
レオが焦りまくっているのが感じられたが、涙を止めるのはとても難しかった。
その時いきなりレオが私を強く抱きしめた。
彼の胸の厚みと背中に回った腕の感触が心地よい。
「いいから。泣けよ。俺以外の男の前で泣くんじゃないなら・・・いつでも泣いていいから」
いつの間にか低くなったレオの声が耳に直接流し込まれる。
泣いていいんだ?
前世からずっと泣くのを我慢していた自分に気がついて、私は初めて自分の心を解放した。
レオにしがみついて号泣している間、彼はずっと優しく私の頭を撫でてくれた。
しばらく経って、ようやく私が落ち着くとレオは私の頬を両手で挟んで涙が乾いているのを確認した。
「・・・ごめんね。取り乱して泣いちゃって・・・」
「いいよ。泣いているソフィアも可愛い。俺はソフィアの色んな表情が見たいから」
私を見つめるレオの顔がただただ優しくて、私はどんな顔をしていいのか分からなかった。
彼は手を叩いて侍女を呼ぶと、お茶を入れ替えるようお願いした。
熱いお茶を口に含んで、美味しい焼き菓子を食べると少し気持ちが落ち着く。ふぅ。
「レオ。ありがとう。レオは私にとって家族と同じくらい大切な人だよ。だから、レオの一番の幸せを願っているの。それは分かってくれる?」
「・・・それくらい大事な俺とどうして婚約したくないわけ?」
「えっと・・・だから、その、レオが私以外の女の子に恋した時に、私はそれに耐えられそうにないの」
思わず、ずっと心の底に隠していた本音が零れてしまった。
そうだった。捨てられるのは大丈夫、なんて偉そうなことを言っていたが、実はそれが一番堪えられない・・という事実を私はずっと隠していた。
私にはレオしかいない。私とレオが婚約した後に、彼が他の女の子(=ヒロイン)に心を移してしまったら、私はまた独りぼっちだ。
一度温もりを知ってしまった後の孤独に耐えられる自信が私にはなかった。だったら、最初から独りの方がいい。そうすれば、レオの友達としてのポジションはずっと維持できるだろう。
ああ、打算的だな・・・と自己嫌悪で地中に埋まりたくなる。
結局自分のことしか考えていないんだ。
ずーんと落ち込んでいると、レオは何故か嬉しそうに私の頭を撫でた。少し顔が赤らんでいる。
「・・それってさ。結構熱烈な愛の告白じゃね?」
その言葉の意味を理解して顔が猛烈に熱くなった。
「あ、いや、その・・・」
と口籠る私を見て、レオが楽しそうにクスクス笑った。
なんか・・・余裕綽々という感じで面白くない。
「でもさ、ソフィア。何か隠してるだろ?どうして将来俺が他の女に惚れるって思いこんでるわけ?何か根拠があるんじゃないか?」
やっぱりレオに隠し事は出来ない。
「信じてもらえないかもしれないけど・・・」
と言って、私は前世の話から乙女ゲーム『ラブキュー』の話を全て打ち明けた。
レオは目をまん丸にしながら話を聞いていたが、私が話し終わると腕を組んで何かを考え込んでいる。
しばらくその姿勢のままだったが、ようやく顔を上げると
「俺はソフィアの話を信じるよ。でも、俺がそのヒロインに惹かれるようになるとか、あり得ないんだけど。それでも、俺との婚約は嫌か?」
と真剣な表情で訊ねた。
「・・・やっぱり、怖い・・かも」
何しろ乙女ゲームの世界だ。何が起こるか分からない。
「そのヒロインとかって名前は分かるのか?この国の貴族令嬢なんだろう?」
レオの問いには簡単に答えられる。
『ラブキュー』の世界だと分かった時から、記憶の糸を手繰り相沢さんに教えてもらった知識をノートに記録するようにしていたから。
「ミア・ジョーンズ子爵令嬢・・・です」
「子爵令嬢ね・・・」
しばらく熟考した後、レオはあることを提案した。
*****
国王陛下主催の大舞踏会が開催されることになった。
アビントン王国の貴族は全員招待される大がかりな舞踏会で、レオポルド王太子が結婚相手と学友を探すための場になるという。
そのためデビュー前の子女も参加できる。当然ながらジョーンズ子爵家にも招待状は届けられ、特にご息女のミア嬢には是非参加して頂きたいという添え書きも付けたそうだ。
レオ曰く
「俺がヒロインを含む令嬢全員に会って、それでもソフィアと婚約したいと思ったら、それで安心できないか?俺とヒロインは魔法学院に入学して運命的な出会いを果たすんだろう?その筋書きが狂ったらソフィアは安心できるんじゃないか?」
ということらしい。
確かにゲームの中でレオがミアに出会うのは魔法学院に入学した後だ。私達が魔法学院に入学するまでにはまだ1年ある。
今出会ってしまえば、入学後に運命的な出会いは難しくなるのかもしれない。
でも、私のためにそんな大掛かりな舞踏会を開いてもらうなんて・・・申し訳ない。
「それから・・」
とレオは大きく息を吸い込んだ。
「入学前に結婚しよう。そうすれば確実じゃないか?王族は基本的に離婚が許されない。婚約とは重みが違う」
「え・・・?!」
私は言葉を失った。
「俺は本気だ。ソフィアがそれで安心するなら喜んで結婚する。とうにその覚悟は出来てるよ。ソフィアのご両親は俺が説得する。だから、学院に入学する前に結婚しよう!」
「え・・・?だって、あと一年しかないのに・・・」
王族の結婚式には多くの準備が必要だ。何年も前から準備する場合もある。
「だから、結婚式の準備は既に始めている。舞踏会で選んだ令嬢と入学前に結婚したいと言ったら、父上は了承してくれた。・・・ソフィアのことだと察していると思うけど」
とレオは早口で捲し立てた。
「え!?私・・・・のためにそんなこと。大変なご迷惑を王家にかけてしまうなんて」
『私なんか』と言いそうになって、慌てて言葉に気をつける。
「迷惑なんかじゃない。俺が!そうしたいんだ。ソフィアは?どうなんだ?俺と結婚したくないのか?俺のことが嫌いか?」
レオの切なそうな眼差しを見て、私も素直に気持ちを伝えることにした。
「レオのことが好き・・です。結婚したいです」
その時のレオの大きな笑顔は子供のように開けっぴろげで、喜びに満ちていた。
レオは私の頬に手を当てて、そっと親指で撫でる。
「俺もソフィアが好きだ。結婚して欲しい」
「私・・・・・・でいいの?」
いけない、いけない。また『私なんか』と言いそうになった。
「ソフィアしか欲しくない。他の誰もいらない」
と言いながら、レオは私を強く抱きしめた。




