第7話:黒歴史のドライブと、鉄の街のソウルフード
出来上がったばかりの「ぼくがかんがえたさいきょうのそあら」を魔法のアイテムボックスに収納し、ガーベラが宇宙空間に放った10万体の使い魔ネットワーク――通称『ガーベラアース』を使って転移すれば、目的地の室蘭など一瞬で到着する。
だが、俺たちはあえてそれを使わず、ドライブを楽しむことにした。
車内を満たすのは、ガーベラが組んだ最新フルコン制御による、直列6気筒エンジンの心地よい重低音エキゾーストノートだ。流れるような加速に身を任せ、国道36号線を南下していく。
コンソールには、天下のパイオニアが誇る最高峰カーステレオ『ロンサムカーボーイ』が鎮座している。俺はこの日のために魔法で錬成した「ベストヒットテープ」をカセットデッキに押し込んだ。
スピーカーから流れてくるのは、1981年6月8日時点のヒットランキング・ベスト10だ。
1位『ルビーの指環(寺尾聰)』、2位『夏の扉(松田聖子)』、3位『長い夜(松山千春)』、4位『お嫁サンバ(郷ひろみ)』、5位『ハリケーン(シャネルズ)』、6位『シャドーシティ(寺尾聰)』、7位『渚のラブレター(沢田研二)』、8位『出航(寺尾聰)』、9位『奥飛騨慕情(竜鉄也)』、10位『サンセットメモリー(杉村尚美)』。
助手席のレカロシートに深く腰掛けたガーベラは、流れる景色と音楽を聴きながら首をコトリと傾けた。
「……なんか、懐かしいとは思わんが、へーって音楽じゃな」
「そりゃお前、昭和のアイドルや歌謡曲なんて馴染みがないだろうからな」
ガーベラは、俺の100年分の記憶を知識のデータベースとして持っている。だから情報としては知っているのだが、「体験」として味わったわけではないのだ。
例えば「1981年6月15日に雪が降った」という記憶データはあっても、その時の「ストーブが焚かれた時の匂いが、凛とした冬の匂いで嫌いじゃなかった」というような、あの瞬間に感じた熱量や感情の機微までは完璧にトレースできないらしい。
「じゃあ、この当時大人気のバンド聞くか?」
俺はテープを切り替え、『横浜銀蝿』を流してみた。
すると、ガーベラは途端にものすごく酸っぱい顔になった。
「え、ダメだった?」
「なにやら呪文の様でなあ……。あれは日本語かの?」
「ぶっ」
俺は思わず吹き出した。
そりゃ『今日も元気にドカンを決めたら 洋ラン背負ってリーゼント』なんて歌詞、あの当時のヤンキーにしか意味がわからない暗号みたいなものだ。
俺はBGMを硬派なロックバンド『ARB』に変え、ガーベラに当時のヤンキー文化について熱く語り始めた。
「いいかガーベラ。ヤンキー当て字ってのがあってな。『夜露死苦』『愛羅武勇』『仏恥義理』だ。……いや、今思い返すと、なんで俺はこんな恥ずかしい当て字をペイントマーカーで意気揚々と学生鞄に書き込んでたんだろうな。怪しい通販でステッカーも買わされたし」
「ほう。そのカバンというのは?」
「『チョンバン』って言ってな、学生カバンをお湯でふやかして、上に乗ってぺちゃんこに潰すんだよ。しまいには横をタコ糸で縛って、中に鉄板入れてたなあ。あれ、みんな何を目指してたんだろうな……」
言いながら、自分の中の黒歴史がゴリゴリと抉られていくのを感じるが、一度開いた口は止まらない。
「さっきの歌に出てきた『ドカン』ってのはやたら太いズボンのことだが、実は意外とカッコ悪くてな。本命は渡りが38から45センチくらいの『ボンタン』だ。そこにクリームソーダのヒョウ柄ベルトか、ゴルフ用の白いエナメルベルトを合わせるのが最高にイカしてると思ってた。上着はもっぱら着丈の短い『短ラン』ばっかりだったわ。歌にあった洋ランや長ランなんて引きずるから実はネタ枠で、たまに中ランがいるくらいだ。靴はとんがったやつか、安全靴、あとは白黒のコンビだな。……ああもう、マジでダサいわあ」
令和の価値観を持つ150歳超えの精神からすると、もはや壮大なギャグでしかない。
ガーベラがそんな俺の痛々しい黒歴史語りを生暖かく聞いてくれているうちに、海沿いの風が少しずつ鉄の匂いを帯び始めた。ソアラは俺の故郷である「鉄の街」室蘭に入ったのだ。
俺はそのまま車をお気に入りの観光道路へと走らせた。
今でこそ全国的に有名な『地球岬』だが、1981年当時はただの「自殺の名所」という物騒なイメージが強かったためスルーし、そこから少し室蘭寄りにある『トッカリショ』へと車を停めた。
「おお……空と海が、果てしなく溶け込んでおるな」
「だろ? これが俺の故郷の海だ」
車を降りたガーベラが、感嘆の声を漏らす。
眼下に広がるのは、どこまでも続く真っ青な太平洋。海に迫り出すように切り立った断崖絶壁は荒々しい白い岩肌を晒し、その上には鮮やかな緑の笹の絨毯がふかふかと広がっている。空の青、海の青、岩の白、草の緑。そのコントラストが息を呑むほど美しい。
しかし、振り返って逆の噴火湾(内浦湾)側を見れる辺りを走れば、そこには無数の煙突が立ち並び、白煙を上げる巨大な工場群の風景が広がっている。
観光と言いながら全く観光に力を入れていない室蘭らしい、細くてすれ違いも大変な、高低差のある曲がりくねった道路。ハヤブサが住んでいるほどの荒々しい手付かずの大自然と、むき出しの重工業地帯。この無骨なアンバランスさこそが、鉄の街・室蘭なのだ。
「さて、絶景も見たし、腹ごしらえだ。昼飯は『カレーラーメン』食いに行って、その後は別の店で『かつ丼』だぞ」
「えっ、二軒もハシゴするのか!?」
「当たり前だ。どっちも外せないんだよ」
オークの食欲がベースにある俺はもちろん、頑健なドワーフのガーベラも余裕で食えるはずだ。
まず向かったのはカレーラーメンの店。元は苫小牧の発祥らしいが、今ではすっかり室蘭のソウルフードとして定着している。他の土地によくある「サラッとしたカレー風味の醤油ラーメン」などではない。「カレーラーメン」としか言いようがない代物だ。
暖簾をくぐった瞬間に、スパイシーで食欲を暴走させる香りが鼻腔を突き抜けた。
目の前に運ばれてきたのは、野菜の甘みとスパイスが溶け込んだドロッと濃厚なカレースープ。そこに黄色いちぢれ麺がこれでもかと絡みつく。トッピングは、大ぶりで肉々しいチャーシューが二枚に、シャキシャキのネギ、そして特徴的なワカメ。
「熱っ、旨っ! なんじゃこれ?美味いぞ!」
ガーベラが汗をかきながら、豪快に麺を啜る。
濃厚なスープがちぢれ麺に絡みつき、口の中でスパイスの香りが爆発する。チャーシューの脂の甘みと、ワカメの磯の香りがなぜかこのカレーに絶妙に合うのだ。
本当なら白いご飯をぶち込んで最後まで掻き込みたい衝動に駆られるが、グッと我慢してスープだけを飲み干した俺たちは、息つく暇もなく次の店へ向かった。
室蘭のとあるそば屋のチェーン店『こがね』。
ここの「かつ丼」は、俺が就職で東京に行くまで「これが全国のかつ丼の普通」だと思い込んでいた、非常に特殊で贅沢なシロモノだ。
「……太よ。これは、丼ではないのでは? まるで旅館の夕食じゃな」
「だろ? ここのカツはデカすぎて器に乗らないから、別皿なんだよ」
目の前に運ばれてきたのは、ツヤツヤに輝く白いご飯が盛られたお椀と、その横で青い固形燃料の炎に炙られ、グツグツと音を立てて煮立っている「銅色の鍋に入った巨大なカツ煮」だった。
甘じょっぱいタレの焦げる匂いがたまらない。
肉の部位も店によって赤身の多いロースやモモ、肩ロースなど様々だ。俺の地元の店舗は、製鉄所の正門のすぐ近く。溶鉱炉の熱で滝のように汗を流し、塩分を欲する男たちが出てくる商店街にある。だからこそ、味はとにかく濃く、油は多いのが大正義なのだ。
熱々の分厚いカツに、とろとろの半熟卵と味が染み込んだ玉ねぎが絡みつく。それを箸で持ち上げ、ツヤツヤの白いご飯にワンバウンドさせてから口いっぱいに頬張る。
サクッとした衣の食感と、ジュワッと溢れる肉汁とタレの旨味。
「んんんーっ! 最高じゃ! これは米が止まらんぞ!」
カレーラーメンを食べた後だというのに、ガーベラは目を輝かせて白飯を掻き込んでいた。
「ふはーっ、食った食った!」
「くるしい……お腹がはち切れそうじゃ……」
さすがのガーベラも、鉄の街のカロリーの暴力には勝てなかったらしい。限界までお腹を膨らませた俺たちは、腹ごなしに『イタンキ浜』の駐車場にソアラを止め、潮風にあたりながら瓶のコーラを飲んで黄昏れていた。
気がつけば、夕暮れを過ぎて夜の帳が下り始めていた。
海越しに見える工場群に、無数の照明が灯り始めている。漆黒の空と海を背景に、オレンジや白の光が幾何学的な鉄骨を浮かび上がらせる。それはまるで、地上に降りた星屑のように美しく、幻想的な光景だった。
ロマンチックな夜景と、最高の満腹感。
俺がガーベラと穏やかな時間を楽しんでいる、その時だ。
ドヤ顔で停めてある俺の魔改造ソアラに、なにやら学生服を着た中坊のガキらしき連中が数人、ぞろぞろと寄ってきた。
「うお、なんだこれ! めっちゃカッコいいべや!」
「タイヤやば! すげー!」
おお、見ろ見ろ。もっと褒め称えていいぞ。
俺が少し離れた場所からニヤニヤしながら聞いていた、その時だった。
ガキのうちの一人が、あろうことか調子に乗って俺のソアラのピカピカのボンネットにドカッと腰を下ろしたのだ。
「このドアミラー、パクって(盗んで)いこうぜ!」
ブチッ。
俺の中で、何かが切れる音がした。
俺は飲みかけの瓶コーラをガーベラに押し付けると、大股で歩み寄り、ボンネットに座ったガキの頭を背後から思い切りスパーンと引っぱたいた。
「いってえ!」
「おいガキ。人の車で何調子乗ってんのかな? ん?」
俺は痛みに悶えるそいつの襟首と髪をガシッと掴み、強引に振り向かせた。
ヤンキー崩れの生意気なツラ。ペチャンコに潰したチョンバン。クリームソーダのヒョウ柄ベルト。
そして、その顔は。
「あ……れ?」
間近で睨み合ったその顔は、まごうことなき、1981年現在、絶賛黒歴史を量産中の『13歳の太田太(俺)』その人だった。
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