第6話:ぼくがかんがえたさいきょうのそあら
昭和56年(1981年)の札幌市内にある、とある老舗のカスタムショップ。
そこの親父は、目を丸くして俺と、俺の持ち込んだ車を交互に見比べていた。
「おい、にいちゃん……正気か? 納車されたばっかりのソアラの2800GTリミテッドだぞ? こいつのフェンダーミラーをもぎ取って、ドアミラーに変えろって言うのか?」
「ああ。ついでに内装と足回りも全部やり直す。金ならいくらでも出すから、俺の言う通りのパーツを取り寄せて組んでくれ」
ボストンバッグのジッパーを開け、帯のついた札束の山を見せると、親父はゴクリと喉を鳴らして俺のオーダーリストをひったくった。
俺の考える「最強のソアラ」。それは、中坊だった俺が雑誌を舐めるように読みながら「いつか大人になったら絶対にやってやる」と夢見ていた、札束ビンタのフルカスタムである。
当時の車好きからすれば、まさに夢のようなパーツのオンパレードだ。
シートは左右とも『レカロ』の本革シートに換装。
ステアリングは、小径でしっくりと手に馴染む『イタルボランテ』。
オーディオは当然、天下のパイオニアが誇るコンポーネントカーステレオの最高峰『ロンサムカーボーイ』のフルセットをぶち込む。令和のカーナビなど足元にも及ばない、男のロマンが詰まった重厚なメカニカルデザインだ。
そして極めつけは足回りである。
「……にいちゃん、ポルシェターボ用の『BBSメッシュ』なんて履けるわけねえだろ。16インチだぞ? しかもタイヤはフロントが205/55、リアが225/50って……。ソアラのハブに合うように特注のスペーサー噛ませたら、フロントは3センチ、リアは5センチもフェンダーからはみ出すぞ。こんなのまともに走れねえよ」
「いいんだ。はみ出したまま納車してくれ。フェンダーは後で俺が『自作』するから」
「じ、自作ぅ……?」
親父は完全にイカれた客を見る目をしていたが、札束の説得力には抗えず、数日後には俺のオーダー通りに組み上げられた異形のソアラが引き渡された。
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マンションの広々とした地下駐車場。
そこには、フェンダーからタイヤが豪快にはみ出した、非常に不恰好なソアラが鎮座していた。横では、ガーベラが買ってきたばかりの車雑誌『Option』をパラパラと捲りながら不思議そうに首を傾げている。
「太よ、車輪がはみ出しておるが……これで完成なのか?」
「まさか。ここからが俺の『魔法』の使い所だ」
俺は腕まくりをして、ソアラのボディに手を触れた。
思い描くのは、令和の時代にも通用する洗練された造形美。ただフェンダーを力任せに引っ張り出す下品なオーバーフェンダーではない。ドアパネルから自然な膨らみを持たせてフェンダーへと繋がる、流麗な『ブリスターフェンダー』だ。
魔力を流し込むと、硬い鋼鉄のボディがまるで粘土のように柔らかく波打ち、俺のイメージ通りに形を変えていく。ポルシェターボ用の極太BBSメッシュをすっぽりと飲み込む、美しいワイドボディが錬成された。
次は車高だ。ここが一番のこだわりである。
タイヤがフェンダーに被るようなベタベタのヤンキー風シャコタンは下品だ。俺が目指すのは、タイヤとフェンダーの隙間がピタリと消え、しかし決して被ることはない、都会が似合う『80sアーバンカスタム』の極致。
サスペンションの構造を魔法で精密に再構築し、理想のローダウンを実現させた。
「……よし! 外見は完璧だ!」
俺が会心の出来に酔いしれていると、横からガーベラがボンネットをポンポンと叩いた。
「外見はな。しかし太よ、ワシ……わたしは、この『車』という機械の心臓部に興味があるのじゃ」
「エンジンに?」
「うむ。この雑誌に載っている『ぼるとおんたーぼ』というやつじゃ。排気を利用して空気を圧縮し、無理やり押し込んで爆発力を高めるという理論……魔法の風属性と火属性の複合強化術式にそっくりではないか」
天才賢者の知的好奇心に火がついてしまったらしい。
ガーベラはソアラのボンネットを開け、名機『5M-GEU』――美しい直列6気筒DOHCエンジンをマジマジと見つめた。
「直列6気筒の美しい回転バランスを崩してはならん。しかし、今のままでは効率が悪すぎるぞい。ワシなら、もっとこの心臓を効率よく回せるぞ?」
「……マジで? やれるならやってみてくれよ」
「ふふん、任せておけ! 賢者の『たーぼちゅーん』を見せてやるわい!」
ガーベラが両手をエンジンルームにかざすと、淡い光と共に、空間から未知の合金が錬成され始めた。
それは彼女の自作による超高効率のタービンと、冷却用の大型インタークーラーだった。それらが寸分の狂いもなく直6エンジンに組み込まれていく。
「これだけ出力を上げると他の部分が壊れるゆえ、車体と変速機《AT》にも強化魔法のコーティングを施しておくぞい。そして、この『しーぴーゆー』という頭脳じゃが……」
ガーベラは純正のエンジン制御コンピューターを取り外すと、見た目は昭和の無骨な鉄の箱だが、中身は魔法回路を用いた「令和の最新フルコン」レベルの超精密制御基板を錬成して組み込んだ。
「これでよし! 出力は元の3倍以上……馬の力で言うなら600馬力は出せるはずじゃ。しかも、制御を緻密にしたゆえ、荒々しさはなく、どこまでも滑らかに加速するぞ!」
俺は震える手で運転席に座り、イグニッションキーを回した。
キュルル……『ドゥルルンッ!』
目覚めたエンジンが奏でたのは、ヤンチャな爆音ではない。直列6気筒特有の緻密でバランスの取れた、それでいて底知れぬ力強さを秘めた低音のエキゾーストノートだった。アイドリングの振動は驚くほど少なく、軽くアクセルを煽ると、タコメーターの針が魔法のように鋭く跳ね上がる。
「す、すげえ……本当にうるさすぎない『いい音』だ。しかもこのパワーでATのまま乗れるなんて、最高に乗りやすいぞ!」
令和の最新制御と、昭和のロマン、そして異世界の魔法が見事に融合した瞬間だった。
外装のパーツ代だけでも軽く600万円以上。そこにガーベラのプライスレスな魔法チューニングが加わったこのソアラは、間違いなく1981年の日本において最高にして最強の一台だ。
「どうじゃ太、ワシの腕前は!」
「最高だよ、ガーベラ。お前は本当に世界一の嫁だ!」
ドヤ顔のガーベラを思わず抱きしめると、彼女は「ふにゃっ」と情けない声を出して照れた後、助手席のレカロシートにちょこんと座った。
「それで……準備ができたなら、早速その『どらいぶ』とやらに連れて行ってくれるのじゃろ?」
「ああ、もちろんさ。どこに行きたい?」
「太の行きたいところで良いぞ。お主のルーツを見てみたいのじゃ」
俺のルーツ。
その言葉を聞いて、俺の頭の中に浮かんだ景色があった。
イタルボランテのステアリングを握り、俺はシフトレバーをDレンジに入れる。
「よし、決まりだ。俺の故郷……『鉄の街』室蘭に行くぞ」
最強のソアラが、地下駐車場に重厚な直6サウンドを響かせながら、ゆっくりと走り出した。
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これがソアラのイメージ画です




