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おっさん、異世界で魔法を覚える。〜嫁連れて帰ってきたら【昭和】だった件〜  作者: だい


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第5話:資金調達と憧れのソアラ、そして思い出補正の残酷さ

 ついつい初日から、エロに流されて引きこもってしまったバカ夫婦である。

 いや、言い訳させてもらうと、100年規模で引きこもってイチャイチャしていた二人なのだから、新しい環境に着いたからといっていきなりアクティブに行動できるわけがないのだ。俺の肉体は最高潮の30代に再構築されているし、オークの絶倫スキルも健在。そして何より、ガーベラが可愛すぎるのがいけない。


 そして気を取り直した二日目。

 俺たちはついに、昭和56年(1981年)の札幌の街へと繰り出した。


 まずは何と言っても、この世界で生きていくための資金調達である。

 ノリディアではアルミよりも安く、その辺の露店で投げ売りされていた「純金」の無骨なブレスレットやインゴットをアイテムボックスから取り出す。顔や特徴を覚えられないように軽く『認識阻害』の魔法をかけ、札幌市内の質屋や貴金属店を何軒も巡った。

 当時は本人確認も口頭申告でザルな時代である。結果として、半日もかからずに500万どころか、ボストンバッグがパンパンになるほどの現金――5000万円近い『聖徳太子の一万円札』を手に入れてしまった。


「太よ。認識阻害と思考操作が使えるなら、こんな面倒なことをせずとも、質屋の金庫から直接お金を持ってきても誰にもバレんと思うのじゃが……わよ?」

「バカ言え! そこまでやったらただの犯罪じゃん! 等価交換は基本だろ。俺たちはあくまで善良な一般市民として生きるんだからな!」


 ボストンバッグの重みにニヤニヤする俺の小市民的なツッコミに、ガーベラは「ふふ、お主は本当に面白い男じゃ」と、呆れたような、でも生温かく見守るような愛妻の微笑みを浮かべていた。


 軍資金も潤沢になったところで、俺たちは晴れて札幌観光と洒落込んだ。

 5月上旬の札幌は、雪はすっかり溶けているものの、まだ風がひんやりと冷たい。澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら、大通公園を二人で歩く。

 真っ赤な塗装が鮮やかな札幌テレビ塔に上り、眼下の街並みを見下ろした。令和の時代のような高層ビル群や巨大な商業施設はなく、空が圧倒的に広く感じる。俺の知っている札幌よりもずっと素朴で、活気に満ちた「昭和の息吹」がそこにあった。


「ほれ、太。お主の顔、タレがついておるぞ」

「おっと、サンキュ」


 大通公園名物の「焼きトウモロコシ」の屋台を見つけ、香ばしい焦がし醤油の匂いに誘われて一本買った。ベンチに座って二人で齧り付く。令和の洗練されたスイーツもいいが、この野暮ったくて甘じょっぱい味が、たまらなくノスタルジーを刺激してホロリときそうになる。


 その時だ。

 公園の脇を通る大通りを、滑るようなエキゾーストノートを響かせて、一台の車が走り去っていった。

 ボクシーでありながら流麗なクーペシルエット。


「おおっ! ソアラじゃん!!」


 思わず、俺はトウモロコシを持ったまま立ち上がっていた。

 間違いない、今年(1981年)の頭に発売されたばかりの、トヨタの初代ソアラ(Z10型)だ!


「なんじゃ、あの鉄の箱は。お主、えらく興奮しておるな」

「ただの鉄の箱じゃねえよ! あれは俺が中坊の時に憧れに憧れた、日本初の本格的パーソナル・ラグジュアリークーペだぞ! 未曾有の直列6気筒DOHC『5M-GEU』エンジンを積んで、マイコン制御のオートエアコンやら、エレクトロニック・ディスプレイメーターやら、当時の最先端技術が全部乗せされた『ハイソカー』の頂点なんだよ!」


 オタク特有の早口でまくしたてる俺に、ガーベラはぽかんとしている。

 無理もない。だが、いつか大人になったら絶対に乗ってやると思っていたのに、結局乗る機会がないまま終わってしまった「幻の青春の車」なのだ。


「いいなー……あれ。マジでカッコいいわ」

「ふむ。そんなに欲しいなら、買えばよいではないか?」

「いや、でも俺たち、まだ免許も住所も戸籍もないし……」

「だからどうしたのじゃ。魔法で免許も住所もどうにでもなるではないか」


 ガーベラが、トウモロコシをモグモグしながら事も無げに言う。


「まあ、ずっと根無し草というのも面倒じゃし、適当な家を買ってそこを住所にすればいいではないか? 戸籍や免許の手続きこそ、それこそ認識阻害と思考操作でどうにでもなるわい」

「……え、じゃあソアラ買って良いの!?」

「良いぞ。ワシ……わたしも、ドライブとやらに連れて行って欲しいからな」


 俺の可愛い嫁は、本当に最高である。理解がありすぎる。

 方針が決まれば話は早い。


「よし! じゃあまず魔法で戸籍を作って、マンションを買おう!」


 俺たちはそのまま札幌の中央区役所へと向かい、認識阻害と思考操作魔法をフル活用した。窓口の戸籍係の脳内を直接いじり、あっさりと「太田太」と「妻・ガーベラ」の戸籍を錬成する。

 そのままの足で大手の不動産屋へ突撃し、「海外から帰って来たので家が欲しい。出張や短期海外赴任で家を空けることも多いので、一軒家ではなく管理の行き届いたマンションが良い」と伝えた。


 不動産屋の営業マンが揉み手で紹介してくれたのは、中島公園そばに建ったばかりの3LDKのマンションだった。

 冬用の四駆も買うことを見越して駐車場二台付き。しかも、当時としては超珍しい「地下駐車場」を完備している。これなら北海道の地獄のような雪かきの苦労もないし、管理人も常駐している文句なしの物件だ。


 価格は3000万円。

 令和の相場しか頭にない俺は「安っ!」と思ったが、この昭和56年当時としてはとんでもない超高級マンションである。

 俺がボストンバッグから大量の聖徳太子をドサッとテーブルに出して「即金で買う」と言い放つと、営業マンは腰を抜かさんばかりに驚き、その後は神様を見るような目で名義変更や登記の手続きを全て引き受けてくれた。


 これで晴れて住所も確保した。

 俺の足は、そのままトヨタのディーラーへと向かっていた。


「ソアラの2800GTリミテッド、一番高いグレードのやつをフルオプションでくれ!」


 一度は男が言ってみたいセリフを、昭和のディーラーマンに叩きつける。

 本来なら納車まで数ヶ月待ちの超人気車種だが、そこは大量の現金と『思考操作魔法』の力である。「どうしても今日乗りたい」とゴリ押しし、他のディーラーに試乗車・展示車として納車予定で、すでに登録も終わっていたピカピカの個体を、その日のうちに用意させた。

 当時は車庫証明の扱いも緩く、ディーラーの登録車両をそのまま客に売るという無茶も、現金の力で通る時代だったのだ。


 そして夕方。

 俺たちの新しいマンションの地下駐車場に、夢にまで見たツートンのソアラが届けられた。ディーラーマンが帰った後、俺はワクワクしながらガーベラと一緒に、その美しいボディをじっくりと眺めた。


 ……。

 …………。


「…………ダサッ」


 思わず、心からの本音が口からこぼれ落ちていた。

 なんだこれは。


 まずタイヤだ。「195/70HR14」というサイズ。今の軽自動車やコンパクトカー並みに細い幅で、しかも扁平率70の分厚いゴム。令和の18インチや低扁平タイヤに見慣れた目からすると、ただの黒い風船を履いているようにしか見えない。

 そして車高。やたらと腰高で、タイヤとフェンダーの隙間には俺のデカい拳が縦にすっぽりと入ってしまう。まるでSUVだ。


 極めつけは、ボンネットの先端からカブトムシのツノのように生えている『フェンダーミラー』。

 そうか、ドアミラーが完全に解禁されるのは1983年だから、この初期型はまだフェンダーミラーが標準なのだ。


 ドアを開けて運転席を覗き込む。

 当時「未来だ!」と若者が熱狂したエレクトロニック・ディスプレイメーターも、今見ると昔のカシオの電卓か、初期のゲームボーイの画面みたいでチープすぎる。


 残酷な真実である。

 思い出の中ではピカピカのスーパーカーのようにカッコいいと思っていたのだが、実際に見ると、令和の洗練された車のデザインを知っている俺の目には、たまらなく野暮ったく見えてしまうのだ。


「ん? 太の記憶を見て知っておるが、車というのはこういう物ではないのか?」


 首を傾げるガーベラに、俺は力強く首を振った。


「……違うんだよ。俺の記憶にあるソアラは、もっとこう、シャコタンでツライチで、BBSのメッシュ履いてて、ドアミラーなんだよ! 当時の俺は中坊で金もなかったし、車なんていじれなかったけどさ……今の俺には金も、最強の魔法もある!」


 俺は腕まくりをして、目の前の野暮ったいソアラを睨みつけた。


「この当時だって、カスタムすれば何とかなるはずだ。ガーベラ、俺の『本気』見せてやるよ!」


 こうして、地球帰還後初の魔法行使が、まさかの「ぼくがかんがえたさいきょうのそあら」魔改造プロジェクトへと注ぎ込まれることになったのだった。

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