第二十四話:(完全趣味回です)品川丼の味と、大井埠頭の九秒台(ゼロヨン)
アメリカ大陸横断レース『キャノンボール』を終え、日本の北海道へと帰還した俺たち夫婦。
共に死線を潜り抜けた愛車、HQモナーロ・インターセプターとトヨタ・ソアラは、それぞれの新しい相棒となったボブとパットに餞別として譲ってきたため、今の我が家のガレージには実用車であるランクルしか停まっていなかった。
「……太よ。わし、映画の『ランボー』を観ておって思ったのじゃが」
ある日、テレビでビデオを観ていたガーベラが、おもむろに鼻息を荒くして立ち上がった。
「あの保安官が乗っておったパトカー、カクカクして弁当箱みたいでカッコええのう。1977年型の『フォード・LTD II』の4ドアじゃ! 今度はあれを手に入れて、世界最速のセダンに仕立て上げるぞい!」
「おっ、いいな! 俺もやっぱり速い車が欲しかったんだよ。よし、俺は日産の『S30Z(初代フェアレディZ)』をフルチューンして、お前の弁当箱をぶっちぎってやるぜ!」
こうして、車バカ夫婦による、異世界魔法と現代技術(未来の技術含む)を悪魔合体させた、新たな愛車作りが幕を開けた。
ガーベラのLTD IIのレシピは、常軌を逸していた。
心臓部には、現行のフォード・マスタングなどに搭載されるツインカムV8『Coyote5・0L』のクレートエンジン(新品の単体エンジン)をベースに採用。そこに『Roush』製の巨大なスーパーチャージャーを組み合わせ、出力は実に八〇〇馬力。
古臭いシャシーは完全に切り飛ばされ、フロントには『Speedtech Performance』製のカスタムサブフレームを溶接し、現代的なダブルウィッシュボーン式とラック&ピニオン式パワステに換装。リアの貧弱なリジッドアクスルも廃止し、調整式の4リンクと強靭な9インチデフを叩き込み、なんと異世界魔法を用いて『AWD化』まで果たしてしまった。
足回りは『QA1』製の減衰力3WAY調整式コイルオーバー。ボタン一つで「超快適なアメ車クルーズ」から「サーキットの剛性感」まで特性を変化させる化け物ダンパーだ。
ブレーキには『Wilwood』製の大径システム(フロント6ピストン、リア4ピストン)とハイドロブーストを追加。二トンの巨体を確実に止める。
タイヤは、外観の時代考証を合わせるために現代の薄っぺらいタイヤは使わず、デトマソ・パンテーラ用の極太サイズ『225/50R15』と『345/35R15』を装着。
さらに、ワンオフのフロントスポイラー、ダックテール、そして車体底面にはアンダーカバーと巨大なディフューザーを装備し、空力の悪い弁当箱のような車体を地面に吸い付かせる。カラーは威圧感たっぷりのマットブラックだ。
「ヒャハハ! どうじゃ太! このパーフェクトなセダンは!」
「ふん、重てえアメ車が偉そうに。俺のZを見やがれ!」
一方の俺。
ベースは美しいS30Z。空力を追求した『Gノーズ』を装着し、当時のワークスカーを彷彿とさせるリベット留めのオーバーフェンダーで武装。
だが、中身はS30の皮を被った別の『怪物』だった。
俺は空間魔法と錬金術を駆使し、日産の最高傑作である未来の車『R34型スカイラインGT-R』のエンジン(RB26DETT)、ドライブトレーン、ミッション、そして最強の四駆システムである『アテーサE-TS』を、S30のボディサイズに合わせて完全に移植・融合させたのだ。
カラーは、血のように深く美しいワインレッド。こちらもアンダーカバーとディフューザーで空力を極限まで高めている。
「よし、どっちが速いか白黒つけようぜ!」
かくして俺たちは、完成した二台のマシンに乗り込み、道央自動車道の北広島インターから千歳方面へと向かう直線区間で、深夜のテストラン兼バトルを行うことになった。
深夜のハイウェイ。横並びからのフル加速。
共にゼロヨン(四百メートル)を九秒台で駆け抜ける狂った加速力を発揮し、あっという間に時速二百キロから三百キロの領域へと突入していく。
その時だった。
「「――ッ!?」」
時速三百キロの視界の先に、のっそりとハイウェイを横断する巨大なヒグマの姿が現れたのだ。
北海道名物、野生動物の飛び出しである。
時速三百キロで回避など不可能。俺とガーベラは咄嗟に車体に防御魔法のシールドを張り巡らせた。
ドォンッ! という衝撃と共にヒグマを撥ね飛ばし(ヒグマは魔法の反発力で森の奥へと元気よく飛んでいった)、俺たちの車は激しくスピン。路肩の法面とガードレールをベキベキに薙ぎ倒しながら、なんとか停車した。
防御魔法のおかげで車自体は無傷だったが、破壊された公共物と鳴り響くサイレンの音に、俺たちは顔を見合わせた。
「……やべっ。逃げるぞ!」
「う、うむ!」
俺たちは土魔法と錬金術で一瞬にしてガードレールと法面を修復すると、そのまま『空間転移』で車ごと札幌のマンションの地下駐車場へと逃げ帰った。
「ぜぇ、ぜぇ……。太! さっきのは明らかにわしの方が前に出ておったぞ!」
「バカ言え! 俺のRB26が高回転で伸びて、完全に差し切る直前だったろ!」
マンションの部屋に戻るなり、口論を始める俺たち。
だが、すぐに一つの結論に達した。
「北海道は野生動物が出るからダメだ。……ここは、走り屋の『三大聖地』で決着をつけるしかねえ!」
「三大聖地とな?」
「ああ。ゼロヨンの『大井埠頭』、テクニカルな『首都高C1(都心環状線)』、そして最高速の『東名高速・東京~厚木間』だ!」
「面白い! 乗ったぞい!」
♦
空間転移で一瞬にして東京へと降り立った俺たちは、夜のバトルの前に、まずは腹ごしらえをすることにした。
俺がガーベラを連れてきたのは、山手線の品川駅。
当時の品川駅は、今のようなオシャレなビル群などなく、サラリーマンや労働者が行き交う泥臭いターミナル駅だった。その東海道線のホームと、港南口の改札外にあった立ち食いそば屋『常盤軒』。ここが俺の目的地だ。
「……なんじゃここは。出汁の良い匂いがするのう」
「おばちゃん、品川丼二つ!」
俺が注文したのは、名物『品川丼』。
どんぶり飯の上に、ゲソやタコの切れ端が混ざった巨大なかき揚げが乗っており、甘辛い濃いめのタレにくぐらせただけの、極めてジャンクな天丼だ。当時は味噌汁の代わりに、そばつゆがたっぷり入ったお椀がついてきた。
「はぐっ……モグモグ……あぁ、美味え」
俺は一心不乱にかき込んだ。
安くてボリューム満点。若くて金がなく、都会の波に揉まれて必死に頑張っていたあの頃の俺の血肉となった、思い出の味だ。
「太、そんなに美味いのか?」
「ああ。俺にとっての、東京の味だからな」
ガーベラは品川丼を一口食べると、小さく首を傾げた。
(……衣は分厚いし、タレの味ばかりで、そこまで絶賛するほど美味いものではないのう)
最強の魔女の舌は正直だった。だが、彼女は俺の懐かしそうな横顔を見ると、ふっと優しく微笑んだ。
(じゃが、太の若い頃の『思い出』をこうして一緒に分かち合えるのは……悪くないのう。いや、むしろとても美味しいわい)
ガーベラは文句を言うことなく、俺と一緒にジャンクな品川丼をペロリと平らげてくれた。
本当に、できた嫁である。
♦
そして、深夜。
東京湾の潮風が吹き抜ける、大井埠頭の広大な直線道路。
当時の大井埠頭は、週末ともなれば何百台ものチューニングカーとギャラリーが集結する、非合法ゼロヨン(〇ー四〇〇m加速)の最大のメッカだった。
排気ガスと、タイヤの焼けるゴムの匂い。興奮した若者たちの熱気。
そんな中、ギャラリーの視線は『見慣れない二台のバケモノ』に釘付けになっていた。
「おい、見ろよあのセダン……なんだありゃあ!?」
一台は、絶世の美女がステアリングを握る、マットブラックの『フォード・LTD II』。映画の中でしか見たことのないようなクラシックなアメ車のくせに、ドロドロと地鳴りのようなV8サウンドを響かせ、レーシングカーのようなアンダーカバーとディフューザーを装備している。
「こっちのZもヤベエぞ……! 音がLみたいにバラついてねえ……まるで最新のレーシングエンジンみたいな音だ!」
もう一台は、俺の乗るワインレッドの『S30Z』。ワークスフェンダーに深リムのグラチャン用タイヤを収め、そのボンネットの下からは、当時の常識を完全に破壊するRB26の澄んだメカニカルノイズが響いていた。
俺たちは並んでスタートラインにつき、窓を開けてお互いを煽り合った。
「……なんだその弁当箱は? お前の尻と同じで無駄にデカいけど、ギャラリーを笑わせに来てんのか?(笑)」
「ふん。何がフェアレディ(美しいお嬢さん)じゃ。お前さんは夜、女に乗ったら『早い』からのう! ゼロヨンでも早いから負けるかもしれんわ!(笑)」
ピキッ。
下ネタと愛車への侮辱。夫婦の間に、バチバチと青白い火花が散った。
「「……グヌヌヌッ、ぶっちぎってやる!!」」
互いに窓を閉め、ステアリングを握りしめる。
スターターの男が、二台の前に立った。
前の組が走り去り、いよいよ俺たちの番だ。
男が両手を高く掲げた。
俺はクラッチを切り、アクセルを煽る。タコメーターの針が跳ね上がり、RB26とアテーサE-TSが解き放たれる瞬間を待つ。
ガーベラはブレーキペダルを力一杯踏み込みながらアクセルを開け、トルコン(AT)をストールさせてブーストを溜めている。
男の手が、勢いよく振り下ろされた。
――スタート!!
「いっけェェェェェェッ!!」
爆音と共に、二台が同時に弾け飛んだ。
ダッシュで前に出たのは、なんとガーベラの重たいLTD IIだった。
八〇〇馬力の強烈なV8トルク、四駆化による圧倒的なトラクション、そしてATによる変速ロスの無さ。さらに彼女は、スタートの瞬間に『NOS』のボタンを押し、爆発的な加速力でロケットのように飛び出したのだ。
一瞬にして、二〇メートル弱のリードを奪われる。
「チィッ! ならこっちもだ!」
俺もNOSのスイッチを入れるが、マニュアル(MT)特有のクラッチミートの瞬間、強大すぎるパワーがタイヤの許容を超え、四輪を激しく空転させてしまい、一瞬置いていかれる。
(だが、車重はこちらが圧倒的に軽い! 二速、三速で必ず捕らえる!)
俺のZが二速に入った瞬間、アテーサE-TSが絶妙なトルク配分を行い、空転が収まって車体が前に蹴り出された。
フォオオオオオオオンッ!!
RB26の高回転域での伸びは、アメ車のV8を凌駕する。
三速。ガーベラの弁当箱との差が、じりじりと詰まっていく。
二百メートル。三百メートル。
風を切り裂き、景色が光の線となって後方へすっ飛んでいく。
「ヒャーハッハッハ! 太よ、遅いぞい!」
「舐めんなァッ!!」
四速。時速二百キロオーバー。
Zのノーズが、LTDのリアバンパーに並んだ。さらにフロントドア、ボンネットへと並びかけ――。
パシィィィィィンッ!!!
二台はほぼ完全に並んだ状態のまま、四百メートルのゴールラインを駆け抜けた。
フルブレーキング。ウィルウッドとブレンボの大径キャリパーが悲鳴を上げ、二トンのアメ車と軽量なZを安全に停止させる。
「……っし!」
「……どうじゃ!」
俺たちは車を停め、窓を開けて計測係の男のコールを待った。
『お、恐るべし……! 勝者、マットブラックのフォード! タイムは……』
計測係の男の声が、拡声器を通して震えていた。
『フォード、9秒0! Z、9秒2ゥゥゥゥッ!!』
そのタイムが発表された瞬間、大井埠頭のギャラリーたちは一瞬静まり返り、次いで地鳴りのような大歓声を上げた。
一九八〇年代半ば。当時の日本で最速と言われていたトップチューナー、『Mレーシング』や『RE雨宮』のデモカーでさえ、11秒の壁を切るのがやっとの時代だった。
そんな時代に、突如現れた謎の男女が、日本初の『9秒台(それも限りなく8秒に近い)』をあっさりと叩き出したのだ。
「フハハハッ! どうじゃ太! わしの勝ちじゃな!」
「くっそォ! マニュアルのシフトロスの差だ! 次はC1(首都高)で勝負だ!」
「望むところじゃい!」
俺たちはギャラリーが押し寄せてくる前に、爆音を響かせて大井埠頭から走り去った。
そして、人目のつかない路地裏に入った瞬間に、空間魔法で車ごと別の場所へと姿を消した。
一夜にして現れ、当時の日本のチューニングカーの常識を根底から破壊する『9秒』という神話を残して消えた二台のマシン。
この夜の出来事は、大井埠頭の走り屋たちの間で、永遠に語り継がれる『伝説』となったのである。
ガーベラのLTDⅡ https://51531.mitemin.net/i1217512/
太のS30Z https://51531.mitemin.net/i1217511/




