第二十一話:荒野の牛柄ビキニと、マグナムを掲げる女たち
アメリカ大陸横断非合法レース『キャノンボール』。
この無謀極まりない狂気の祭典を主催するにあたり、ガーベラは異世界で培ったギルドのクエスト管理のノウハウを、八〇年代のアメリカに強引に持ち込んでいた。
参加者たちには、スタート時に『参加カード(ゼッケン番号)』と、広大な大陸に点在する五か所の『チェックポイント(CP)』の場所、そして各CP周辺で受信できる指定のローカルラジオ局の周波数リストが渡されていた。
各CPに到着すると、スタッフ(ガーベラが金で雇った地元のワルたち)から、その時点での順位とタイム差が記されたカードが手渡される。
『あんたは現在十三位だ。十二位の四十二番マスタングとは十三分遅れ。トップの一番HQモナーロとは、五十六分遅れだぜ』
そんな具合である。さらに、ガーベラは潤沢な資金に物を言わせ、各州のローカルラジオ局のCM枠を強引に買い取っていた。
『ヘイヘイヘーイ! イカれたスピード狂の野郎ども、聴いてるか!? 現在のトップはゼッケン一番、漆黒のホールデン・HQモナーロ! 二位は二十六番、ダッジ・チャージャー! 三位は二番、トヨタ・ソアラ……』
DJのハイテンションな実況と共に、全体の順位と前を走るターゲットの車種がラジオから垂れ流される仕組みだ。
スマホもGPSも存在しないこの時代、この『順位とタイム差の可視化』は、血の気の多いアメリカの走り屋たちの闘争心を異常なまでに煽り立てていた。
レース中盤戦。
圧倒的なトップを爆走しているのは、七五〇馬力の化け物、ガーベラのHQモナーロ。それにシボレー・カマロ、シェベルSSといった大排気量のアメリカン・マッスルカーたちが食らいついている。
一方、スタート時の鮮やかなパトカーぶっちぎりで上位につけていたはずの俺のソアラはと言うと――現在、トップ集団から二時間近くも遅れた、二十位前後をウロウロしていた。
「いやあ、ボブ! アメリカの田舎ってのは最高だな!」
「イエッサー、ボス! あのダイナマイトなヒップは、まさにアメリカの宝だぜ!」
時速百五十キロでハイウェイを流しながら、俺とボブはデレデレにだらしなく鼻の下を伸ばし、満面の笑みを浮かべていた。
トップから二時間も遅れた理由。それはエンジントラブルでも、警察の検問でもない。
給油のために立ち寄った中西部の小さな田舎町で、年に一度の『収穫祭』に遭遇してしまったからだ。
カントリーミュージックが響き、バーベキューの煙が漂う広場。そこで俺たちを待ち受けていたのは、とんでもない爆乳美女だった。
見事な金髪、そして豊満な胸と腰のラインを惜しげもなく晒す『牛柄のビキニ』を着たカーニバル・クイーンである。
彼女は俺を見るなり、パチンとウインクをして甘い声で囁いたのだ。
『ねえ、そこの東洋人のレーサーさん。私と一緒に、あの牛の体重を当ててくれない?♡』
気付けば、俺はレースのことなど完全に忘れ去り、ボブと一緒に牛の体重当てコンテストの行列に並んでいた。
見事に体重をピタリと当てて優勝した俺だったが、賞品として『トラック一台分のトウモロコシ』を渡されそうになり、「俺のソアラは土足厳禁なんだよ! こんな大量のトウモロコシ積めないの!」と地元の農協のおっさんたちと押し問答。
なんだかんだで押し問答を繰り広げ、たっぷり二時間という致命的なタイムロスを喫してしまったのだ。
だが、俺たちに後悔は微塵もなかった。去り際に、牛柄ビキニのクイーンから頬に熱いキスを貰ったからだ。男とは、かくも単純でアホな生き物である。
「よし、十分に英気も養った! ここから一気にトップ集団まで巻き返すぞ!」
俺が気合を入れてアクセルを踏み込もうとした、その時だった。
前方のハイウェイの様子が、どうもおかしい。
三車線ある広大な道路を、巨大な十八輪の大型トレーラーが五台、ピッタリと横に並んで道を完全に封鎖しているのだ。
しかも、その速度は時速五十五マイル(約九十キロ)ピッタリ。アメリカの法定速度上限である。
「なんだありゃあ? 嫌がらせか?」
「ボス、ラジオを点けてみてくれ」
ボブに言われてCB無線のチャンネルを合わせると、ノイズ混じりの下品な笑い声が車内に響き渡った。
『ギャハハハ! 見ろよあのバカども、完全に詰まってるぜ』
『違法レースだか何だか知らねえが、俺たちのハイウェイを勝手に遊び場にされてたまるかよ』
『放送の電波もジャミングしてやってる。五百キロ先までこのまま五十五マイルで走って、泣かしてやろうぜ!』
どうやら、キャノンボールの騒ぎを知った一部の悪質なトラッカーたちが、参加者への嫌がらせ(ブロック)を行っているらしい。
先行していたトップ五台の集団はギリギリで巻き込まれずに抜けたようだが、六位以下の三十台近い参加者の車は、この『時速五十五マイルの巨大な壁』の背後に完全に閉じ込められてしまっていた。
後続のレーサーたちの車内からは、クラクションと絶望の悲鳴が上がっている。このまま五百キロもノロノロ運転を強いられれば、優勝の目は完全に消滅するからだ。
「……ヘイ、ボブ。どうする? アイツら、ずっとこのままだぜ?」
「ボス。アイツらはまともなトラッカーじゃない。図体に物を言わせて、ハイウェイで問題ばかり起こすクズどもだ」
「ふむ。善良な市民じゃないなら、遠慮はいらねえな」
「ああ。俺に『M60機関銃』でもありゃあ、アイツらのタイヤを全部吹っ飛ばしてやるんだがなあ」
ボブは冗談めかして肩をすくめた。
だが、俺はニヤリと口角を吊り上げた。
「いいな! それにしよう!」
「……Whats?」
俺は空間収納の魔法をこっそりと起動し、後部座席から引き抜くようなフリをして、鈍く黒光りする重機関銃――『M60』をボブの膝の上にドサリと落とした。
「重っ!? えっ、ボス!? 本物!? なんでこんなモンが日本車に乗ってんだ!?」
「細かいことは気にするな! 左側はお前に任せたぜ!」
「ボボボ、ボスゥゥゥゥッ!?」
パニックに陥るボブを尻目に、俺は運転席のドアポケットから、今度は銃身の短い無骨な銃――『M79グレネードランチャー』を取り出した。
ソアラの窓を全開にし、片手でステアリングを握ったまま、グレネードランチャーの銃身を前方のトラッカーの巨大なタイヤに向ける。
「どけェッ! マザーファッカー野郎どもォォッ!!」
ポンッ! という間の抜けた発射音と共に、四十ミリ榴弾が放たれた。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
一番右端を走っていたトレーラーの巨大な後輪タイヤが、爆炎と共に粉々に吹き飛んだ。
バランスを崩した数十トンのトレーラーが、凄まじいスキール音を上げて横転しそうになる。
(おっと、殺しはご法度だ)
俺はステアリングを握りながら、視線だけで『風魔法』を極大出力で展開した。
目に見えない巨大な風のクッションが、横転しかけたトレーラーの車体をふわりと支え、そのまま優しく路肩の安全地帯へと押し込んでいく。
傍から見れば、「奇跡的に横転を免れ、路肩に綺麗に停車した」ようにしか見えないはずだ。
「よし、安全確認ヨシ! いけよボブ! ぶっ放せ!」
「Noooooooooッ!! 高速道路でM60撃ったらヤバすぎるだろうがァァッ!!」
「だーいじょうぶだって! お前、さっき自分で言ったろ! 『ウラー』って叫びながら、ベトナムでの色んな鬱憤をアイツらに叩きつけてやれ!!」
「……」
ボブは、膝の上のM60と、俺の顔を交互に見比べた。
そして、プツンと、彼の中で何かが弾けた。
かつて彼を苦しめたトラウマ。そして今、理不尽に道を塞ぐ嫌な野郎ども。
「……Woooooo……ウラァァァァァァァァァァァッ!!!」
ボブは窓から上半身を乗り出すと、M60機関銃の引き金を力一杯に引いた。
ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!
七・六二ミリ弾の豪雨が、ハイウェイの路面を削り飛ばし、トラッカーたちの足元に火花を散らす。
フロントガラスのすぐ横を曳光弾がすり抜けていくのを見たトラッカーたちは、完全にパニックに陥った。
「ヒィィィッ! テロリストだァァッ!」と悲鳴を上げ、我先にとブレーキを踏み、蜘蛛の子を散らすように路肩へと逃げ込んでいく。
ものの十秒で、巨大な鉄の壁は消滅し、はるか地平線まで続く広大なハイウェイが姿を現した。
「ヒャハハハハハッ! 最高だぜボブ!」
「ハァ、ハァ……ボス、俺……やってやったぜ……ッ!」
俺はあえて急ブレーキを踏み、後方でビビり散らして停まっている三十台のレーサーたちの集団までソアラをバックさせた。
そして、ダッシュボードの拡声器のマイクを握りしめ、最大音量で叫んだ。
『さあ! 頭にオイルが詰まった野郎ども、レースはこれからだぜ! ビビったダサい奴はここで降りな! イカしたファッキンガイだけ、俺のソアラについて来いよ!!』
痺れるようなマイクパフォーマンス。
三十台のアメ車たちが、「オオオオオッ!」とヘッドライトを瞬かせて応える。
完璧だ。英雄の出陣である。
「いくぜェッ!」
俺はアクセルをベタ踏みし、ヤンキーホーンのスイッチを力強く叩いた。
『パラリラ♪ パラリラ♪ パラパ……プスゥゥゥゥ……』
だが、ここで痛恨のミス。
連日の酷使により、ヤンキーホーンのエアーの空気が途中で完全に切れ、まるでおならが漏れたような情けない音が鳴り響いたのだ。
「「「「…………」」」」
静まり返るハイウェイ。
俺は顔から火が出るほどの羞恥心に襲われながら、無言でソアラのオートマをキックダウンさせ、猛スピードでその場から逃げ去るように走り去ったのだった。
♦
一方その頃。
トップを快走していたガーベラのHQモナーロは、乾いた大地にあるガソリンスタンドで給油を行っていた。
燃費の悪いフルチューンのV8エンジンにとって、ガス欠は命取りである。
「ふぅむ。今のところ首位を独走じゃな。後続との差もかなり開いておる」
ガーベラが余裕の笑みを浮かべていると、背後からけたたましい排気音が響き、二番手につけていたゼッケン三番のシボレー・カマロがスタンドに入ってきた。
車から降りてきたのは、レザーのジャケットを着た、いかにもガラの悪い白人の男二人組だ。
彼らはモナーロに給油しているガーベラを見ると、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて近づいてきた。
「へえ。トップを走ってるのはどんなゴツい野郎かと思えば、随分と上玉の東洋人じゃねえか」
リーダー格の男が、ガーベラの豊かな胸元を舐め回すように見つめる。
「なあ姉ちゃん、あんなソアラに乗ってるマヌケな旦那なんか捨てて、俺に車の鍵をよこしなよ。助手席で俺のイチモツでも咥えてりゃ、優勝させてやるぜ?」
「ヒヒッ。俺は、こっちの眼鏡の姉ちゃんでも良いかなあ」
相棒の男が、助手席で縮こまっているパットの窓ガラスをコンコンと叩き、その胸の谷間に向かって手を伸ばそうとした。
かつて路地裏で襲われたトラウマが蘇り、パットは恐怖で声も出せず、ガタガタと震えながら身をすくめた。
――パァァァァァァンッ!!
乾いた破裂音が、スタンドに響いた。
ガーベラが、パットに触れようとした男を、容赦のないフルスイングの平手打ちで弾き飛ばしたのだ。
「いっっっっっっっっでェェェッ!?」
男が顔を押さえて蹲る。ガーベラの膂力によるビンタは、骨にヒビが入るほどの威力なのだ。
「……おい、玉無し」
ガーベラは、冷たく見下すような絶対零度の声で男たちを睨みつけた。
「クサそうな手で、我のバディに手を出すでないわ」
「こ、このアマ……ッ! 女だからって調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
リーダー格の男が激昂し、ガーベラに殴りかかろうと拳を振り上げた。
だが、その拳が振り下ろされることはなかった。
「…………ヒッ」
男の鼻先のわずか一センチの距離に、鈍く光る極太の銃身が突きつけられていたからだ。
異世界の錬金術で精製され、ガーベラの手に握られていたのは、『S&W M29』――映画『ダーティハリー』で有名な、四十四マグナム弾を撃ち出す世界最強クラスのリボルバーだった。
「お主らの一物が、このマグナム並みにビッグでタフだったら、話くらいは聞いてやらんでもなかったがの」
ガーベラは妖艶に嗤い、撃鉄をカチリと親指で起こした。
「我は、お前らのような『ふにゃちん野郎』に使ってやる時間は一秒たりとも持ち合わせておらんのじゃ。命が惜しければ、黙って走っておれ」
「ひ、ひぃぃぃっ……!!」
男たちは顔面を蒼白にさせ、両手を挙げて後ずさった。
彼らが完全に戦意を喪失したのを確認すると、ガーベラはパットに向かってウインクをした。
「さあパット、喉も乾いたじゃろ。店内で冷たいコーラでも買ってくるぞい」
「は、はいぃっ!」
二人が併設されたコンビニエンスストアでの買い物を終えて出てくると、カマロに乗ったバカ二人組は、逃げるようにすでに出発した後だった。
「ふん、口ほどにもない。さて、我らも出発じゃ!」
冷えたコーラを飲み干し、ガーベラはモナーロを急発進させた。
だが。
スタンドを出て、ハイウェイを五キロほど走ったところで、突如として車体後部から『バァンッ!』という破裂音と、不快な振動が伝わってきた。
「むっ!? なんじゃ!?」
慌てて路肩に車を停め、降りて確認すると、左の後輪タイヤが見事にバーストしてひしゃげていた。
タイヤのトレッド面には、鋭利な鉄片が深く突き刺さっている。
「……あのカマロのクソ野郎どもめ。逃げ際になにか撒いていきおったな」
ガーベラはギリッと奥歯を噛み鳴らした。
異世界の魔法を使えばタイヤの修復など造作もないが、あいにく今は一般の通行車も多い真昼のハイウェイだ。目立つ魔法を使うわけにはいかず、トランクから重たい予備のタイヤを降ろし、ジャッキアップして手作業で交換するしかなかった。
巨大なマッスルカーのタイヤ交換は、最強の賢者であるガーベラにとっても厄介な作業であり、ここでまたしても莫大なタイムロスを生んでしまった。
――プシューーーーッ!!
汗だくになってタイヤのナットを締めている最中。
あの、聞き慣れた甲高いブローオフバルブの音が背後から聞こえてきた。
見れば、交通安全のお守りを揺らしながら、太の乗るソアラが猛スピードで接近してくるではないか。
「おうおう! あれー?」
ソアラはモナーロの横でスピードを緩めると、運転席の窓から太が首を出し、これ以上ないほど腹立たしいドヤ顔で煽ってきた。
「賢者様、まさかのパンクでございますかぁ? そ・れ・は・そ・れ・は、大変でございますなあああああ! プークスクスクスッ!!」
「ふ、太!貴様ァッ!!」
「それでは私たち小市民は、お先させてもらいますねえ! バーカ!」
太はゲラゲラと笑いながらアクセルを踏み、ソアラは土煙を上げてあっという間に彼方へと消え去っていった。
「…………」
残されたガーベラは、手にした十字レンチをメキメキとへし折りながら、低い声で呟いた。
「……我が愛しの夫ながら、本気で腹立つのう……。いっそゴール地点で丸焼きにしてやろうかの……」
だが、怒りに震えていたのはガーベラだけではなかった。
助手席から降りてきたパットの様子が、明らかにおかしい。
いつもオドオドしていた彼女の目は血走り、分厚い眼鏡の奥で、恐ろしいほどの殺意の炎がメラメラと燃え盛っていたのだ。
「……私も、いい加減腹が立ってきました」
パットは、ゴキキキキッ……と首の骨を鳴らしながら、低くドスを効かせた声で吐き捨てた。
「あのセクハラ男どもといい、ご主人の煽りといい。理不尽に家を追い出されて、ここまで死ぬ思いをしてきた私が、一体何をしたって言うんですか……?」
「パ、パット……?」
「ガーベラさん!!」
パットはバンッ! とボンネットを叩き、ロードマップを広げた。
SAT一五〇〇点オーバーの超絶頭脳が、アドレナリンと復讐心によってスーパーコンピューターの如く回転を始める。
「私が、気象条件と渋滞予測をすべて計算し、警察の網の目をすり抜ける『絶対の最速ルート』を弾き出します!! 私たちが優勝して、あんなふにゃちん野郎ども……全員の『玉』を切り取ってやりましょう!!!」
普段の大人しいパットからは想像もつかない、ヤクザ顔負けのブチギレ発言。
これにはさすがの最強の魔女ガーベラも、頬に冷や汗をたらして一歩後ずさった。
「お、おう……頼もしい限りじゃ。……いや、でも、一応我の夫の玉だけは、切らんでおいてくれな……?」
パットの覚醒により、モナーロの車内は文字通り『殺意の波動』に包まれた。
かくして、女たちの怒りを乗せたキャノンボールは、いよいよ血で血を洗う終盤戦へと突入していくのだった。
♦
その頃。
自分たちの「玉」が物理的な危機に瀕していることなど露知らず。
時速二百五十キロという狂った速度でハイウェイを爆走するソアラの車内には、底抜けに平和な笑い声が響き渡っていた。
「おいボブ! やっぱり七月の『ミス・ジュライ』が一番エロいだろうが!」
「No,No,No! ボスは分かってないな! この十月のブロンド美女のポーズこそが至高なんだよ!」
太とボブは、ガソリンスタンドで買ってきた大人向け雑誌『プレイボーイ』を適当なページで開き、どちらが引き当てた女の子がエロいかを競い合うという、小学生レベルのゲームに熱中してゲラゲラと笑い転げていた。
太陽は西へ。
ゴールであるカリフォルニア州レドンド・ビーチは、もうすぐそこまで迫っていた。




