第十八話:爆走キャノンボール! 昭和ヤンキー仕様vs最狂インターセプター
一九八二年、冬。
鬼怒川でのドチャクソ大宴会から数日後。日本の自宅マンションでくつろいでいた俺たちは、レンタルビデオ屋で借りてきた一本の映画を観ていた。
『キャノンボール』。
アメリカ東海岸から西海岸までの約五千キロを、ルール無用で誰が一番早く走り抜けるかを競うという、バカバカしくも最高に熱いカーアクション映画だ。
「おおおおっ! なんじゃこの熱い競技は! 鉄の馬を極限まで酷使し、大陸を横断するスピードの祭典! 太よ、わしもアメリカに行って、この『キャノンボール』とやらを走りたいぞ!!」
画面に釘付けになっていたガーベラが、目をキラキラと輝かせて立ち上がった。
血沸き肉躍る闘争を愛する最強の賢者が、この映画を見て大人しくしているわけがない。俺はニヤリと笑って、親指を立てた。
「ほう。いいぜ、アメリカのヤンキーどもに、俺の愛車を見せつけてやるか。ちょうどいい機会だ」
俺がこの時代のアシとして手に入れていたのは、初代トヨタ・ソアラ(Z10系)。
だが、ただの市販車ではない。後付けのブリスターフェンダーで武装し、タービンを交換してアクセルを抜くたびに「プシューッ!」と派手なブローオフバルブ音を響かせる、バリバリのチューンドカーだ。
まだ『JDM(日本国内市場向けスポーツカー)』という概念すらなく、日本車といえば「燃費の良い小型の大衆車」という認識しかなかった当時のアメリカで、このソアラを見せつけて度肝を抜いてやるつもりだった。
「いーや、今回はわしも自分のマシンを錬成して作る! 助手席などまっぴらごめんじゃ。アメリカ大陸を舞台にした、夫婦対決と行こうぞ!」
ガーベラは自信満々に言い放った。
どうやら彼女は『キャノンボール』と一緒に借りてきた『マッドマックス』にも多大な影響を受けてしまったらしい。
数時間後、異世界の錬金術と物質創造魔法をフル稼働させたガーベラが「完成じゃ!」と得意げに披露してきたのは、漆黒のボディを持つ一台のマッスルカーだった。
「……おいガーベラ。お前、マッドマックスの『インターセプター』を作ったって言ってたよな?」
「うむ! 最高にイカレた漆黒の鉄馬じゃろ!」
「なんで主人公が乗ってた『フォード・ファルコン XB GT』じゃなくて、冒頭でナイトライダーが強奪して乗り回してた『ホールデン・HQモナーロ』の方を作ってんだよ!!」
そう、ガーベラが創造したのは、暴走族の特攻隊長が狂ったように笑いながら運転していた、あのマニアックすぎるHQモナーロだった。
だが、中身はただの映画のレプリカではない。
本来は古いリーフスプリングの足回りを、コルベットから移植した四輪独立懸架サスペンションに総入れ替えし、制動力は四輪ベンチレーテッド・ディスクブレーキで強化。
さらに極めつけは、ボンネットに収められたエンジンだ。コルベット用の名機『LT‐1』スモールブロックV8エンジンをぶち込み、異世界素材の強化パーツでフルチューンを施した結果、狂気の七五〇馬力を叩き出す正真正銘のバケモノマシンへと変貌していたのだ。
(……ヤバい。あんなバケモノに、俺のソアラの直列六気筒で勝てるわけがない)
冷や汗を流した俺は、ガーベラがご機嫌でHQモナーロのボディを磨いている隙を突き、こっそりとソアラのトランクに『NOS』のボンベを積み込んだ。
夫婦対決だろうが何だろうが、負けるわけにはいかないのだ。
♦
数日後。
俺たちはそれぞれの愛車と共に『空間転移』を発動し、映画のスタート地点と同じ、アメリカ東海岸・コネティカット州のグランビーへと降り立った。
ゴール地点は、カリフォルニア州のレドンド・ビーチ。大陸を横断する途方もない旅だ。
凍てつくような冬のコネティカットの風に吹かれながら、俺はソアラの暖機運転をしていた。
だが、すぐにスタート地点へ向かうのかと思いきや、ガーベラは「少し待て、ハートフォードの街で人と待ち合わせをしておるのじゃ」と言い出した。
「待ち合わせ? アメリカに知り合いなんかいたか?」
疑問に思う俺の前に現れたのは、分厚い眼鏡をかけ、猫背でそばかすだらけの、おどおどとした白人の女の子だった。
「えっと……あの、『日本の女性の方』でしょうか……?」
「おお、パットじゃな! よく来たのう!」
ガーベラは、ビクビクしている女の子の肩をガシッと抱き寄せた。
聞けば、LAの大学への入学が決まっているが、お金がなくて移動手段に困っていたパットは、地方紙の三行広告に目を留めたのだという。
『当方、日本人女性。長距離の移動につき、ナビ兼話し相手募集。LAまでの交通費(ガソリン代)、食費、宿泊費は全額負担。日当百ドル。女性に限る』
どう考えても人身売買か何かの怪しすぎる広告だが、背に腹は代えられなかったのだろう。
「おや~?」
ガーベラは、困惑するパットの肩を組んだまま、俺の方を見て意地悪くニヤリと笑った。
「太よ。キャノンボールはペアで走るものじゃ。相方がおらんお主は、ひょっとして失格かのう? ククッ」
「て、てめぇ……図りやがったなァァァッ!?」
「スタートまではあと三時間じゃ。スタート地点のボウリング場で待っておるぞい!」
俺が抗議する間もなく、ガーベラは「え? え? キャノンボール? え?」と混乱しているパットを助手席に放り込み、HQモナーロの強烈なV8サウンドを轟かせて走り去ってしまった。
「くそっ、やられた! 今から相方なんてどうやって見つけるんだよ!」
コネティカットの冬空の下、一人取り残された俺は焦燥感に駆られて街を彷徨った。
その時だ。
路地裏のゴミ箱を漁り、空き缶を集めている黒人の大男の姿が目に留まった。着古したミリタリーコートに、無精髭。どう見てもホームレスである。
(……この際、贅沢は言ってられない!)
俺は愛想笑いを浮かべ、大男に近づいた。
「ヘイ、ブラザー! コネチカットの冬は、外で寝るには辛いだろう?」
「ん? ああ、そうだな。もっと暖かい所に行きたいけどね、金がないんだ」
「LAとかどうだ!? 西海岸なら最高に暖かいぜ! タダで行けるなら行きたいよな!?」
「そりゃあ最高だな。タダなら行きたいさ」
「そーんなアンタにビッグなチャンスだ!! 今ならLAまで俺の車でタダで行けて、食費も宿泊費もこっち持ち! なんなら一日百ドルの日当も出す仕事があるぜ!!」
俺が身振り手振りを交えて熱弁を振るうと、大男はスッと目を細め、ジト目で俺を見下ろした。
「……いや、怪しすぎんだろ。ヤクの運び屋とか、人殺しの手伝いとかは御免だからな。じゃあな」
「イヤァァァァァッ! お願い助けてぇぇぇぇぇっ!!」
立ち去ろうとする大男の足にすがりつき、俺はプライドを全捨てして泣きついた。
そして、事の経緯(嫁との大陸横断レースで相方がいないと失格になること)を涙ながらに説明した。
「……はぁ。まあ、本当にただ助手席に座ってりゃいいなら、LAに行けるし暇だから付き合ってやるよ。俺はあんたの嫁さんより重いから、ハンデにはなるぜ?」
呆れながらも、人の良さそうな大男は承諾してくれた。
俺は彼を見上げながら、(黒人で身長が二メートル近くて、いかにも『ボブ』って感じの顔してんなあ……)と内心で思いつつ、手を差し出した。
「ありがとう! 俺は太だ。あんたの名前は?」
「俺か? 俺はボブだ」
「本当にボブだった!!!」
奇妙な縁を感じつつ、俺たちはソアラの元へと向かった。
「よしボブ、乗ってくれ! 急ぐぞ!」
「オーケー、ボス。……ん? なんだい、この張り紙は」
ソアラの助手席のドアを開けたボブが、ダッシュボードに貼られたステッカーを見て首を傾げた。
「ああ、それか。『土足厳禁』って書いてある。悪いがボブ、俺の車に乗るなら靴を脱いで上がってくれ。日本人の魂なんでな」
「……クレイジーだぜ」
大男のボブはブツブツと文句を言いながらもボロボロのブーツを脱ぎ、窮屈そうにソアラの助手席に体育座りのような姿勢で収まった。
バックミラーには成田山の『交通安全』のお守りがブラブラと揺れている。
これで準備は万端だ。
♦
俺たちがスタート地点である郊外の巨大なボウリング場の駐車場に到着すると、そこはすでに異様な熱気と、ガソリンの匂いに包まれていた。
カマロ、マスタング、トランザム、チャージャー。
何十台もの極悪なチューニングが施されたアメリカン・マッスルカーがズラリと並び、重低音のエキゾーストノートを轟かせている。
「ちょ、ちょっとガーベラ! どうなってんのこれ!?」
俺が悲鳴を上げると、ボウリング場の入り口に停められた地元ラジオ局のバンの屋根から、高笑いが響いた。
「おー! さすが我が夫、なんとか最初の試練を乗り越えたようじゃの!」
見上げれば、そこには峰不二子を彷彿とさせる、ボディラインがくっきりと出るセクシーな黒のレザースーツに身を包んだガーベラが立っていた。
「いや、そんな事よりこの車の数は……ッ!」
「まあ太よ、聞いて驚け。どうせなら派手にやろうと思ってな。車雑誌の広告と、この地元ラジオ局の放送を使って『本物の参加者』を大々的に募集しておったのだ。しかも、ただ走るだけではないぞ?」
ガーベラは拡声器を手に取ると、駐車場に集まったいかにもガラの悪いヤンキーや走り屋たちに向けて、高らかに声を張り上げた。
「さあ、ここに集まった命知らずのバカ野郎ども!! お前らのハートに火は入っておるかァァァァァッ!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」」」」
アメリカの走り屋たちが、拳を突き上げて咆哮で応える。
「いいか! これから始めるキャノンボール・ランは、ただイカす野郎を決めるだけのレースじゃねえぞ! これを見ろ!」
ガーベラの合図と共に、バンの後部座席からフットボーラーのように屈強な黒スーツの男たちが四人現れ、神輿のように仰々しいケースを屋根の上へと持ち上げた。
ガーベラがそのケースをパカッと開くと、中には黄金に輝くボールが挟まれた、巨大なトロフィーが鎮座していた。
「このトロフィーのボールは『純金』でできておる! その価値、しめて百万ドル分じゃ!!」
駐車場が、どよめきと熱狂に包まれる。
「優勝した野郎は、アメリカで一番イカしたドライバーって称号だけじゃなく、この百万ドルを手に入れるってわけだ! ……だけどなァ、アタシも、あそこにいるアタシの旦那も参加するから、簡単に勝てると思うなよ?」
ガーベラはケースに頑丈な鍵をかけると、その小さなキーをみんなに見せつけるように高く掲げた。
そして、レザースーツの胸元のジッパーを少しだけ下げると、豊満な胸の谷間へと、その鍵をゆっくりと滑り込ませた。
「さあ……LAのゴールで、誰が一番にアタシの胸からこの鍵を取り出すのかね?」
妖艶に嗤い、唇を舐める最強の魔女。
その挑発に、男たちのボルテージは臨界点を突破した。もはや誰も百万ドル目当てなのか、ガーベラの胸の谷間目当てなのか分からない狂乱状態だ。
「さあイカレた野郎ども! マシンに火を入れろ!! キャノンボール・ランの始まりじゃああああああああッ!!!」
ガーベラの絶叫と共に、一斉に何十台ものマッスルカーのV8エンジンが爆音を上げる。
バンの屋根から華麗に飛び降りたガーベラは、パットが震えながら待つHQモナーロの運転席に滑り込み、アクセルをベタ踏みした。
コルベットLT‐1エンジンが、地鳴りのような咆哮を上げる。
ドロロロロロロロロロロロロォォォォォォッ!!!
七五〇馬力の暴力的な加速で、インターセプターが誰よりも早く駐車場を飛び出していく。
「ヤバい! ボブ、シートベルトを締めろ!!」
「イエッサー、ボス!!」
俺はソアラのセレクターをDに入れアクセルを踏み込む。
その瞬間、スタートの合図として、俺が仕込んでおいたヤンキーの魂が、コネティカットの冬空に高らかに鳴り響いた。
『パラリラ♪ パラリラ♪ パラパラリラリラ〜〜〜♪♪♪』
V8エンジンの重低音が支配していた空間を、突然切り裂いた大音量の『ゴッドファーザーのテーマ』
アメリカの走り屋たちが「!? ワッツ!? なんや今の音楽は!?」と一斉に驚き、アクセルを踏む足が止まる。
「今だッ!!」
俺はターボのブーストをフルにかけ、アクセルを踏み抜いた。
プシューーーーッ!!!
甲高いブローオフバルブの音を残し、土足厳禁で交通安全のお守りを揺らす日本のヤンキー車が、アメリカの広大な大地へとロケットスタートを決める。
百万ドルと、谷間の鍵と、夫婦の威信を賭けた、最狂の大陸横断レースが今、幕を開けたのだった。




