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おっさん、異世界で魔法を覚える。〜嫁連れて帰ってきたら【昭和】だった件〜  作者: だい


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第13話:人類の叡智と深淵なる哲学、あるいは世界遺産への冒涜

 オーストラリアでの壮大な旅、そして昭和の魔宮(ラブホテル)での腹筋が崩壊するようなパニック、ソ連への旅を経て、俺とガーベラは札幌の街をのんびりと散策していた。

 季節は巡り、心地よい風が吹き抜ける穏やかな午後。

 あてもなく歩いていた俺たちの目の前に、広大で緑豊かな敷地が姿を現した。


「ふとしよ、あれはなんじゃ? 街の中に、やけに立派な森と建物があるが」

「ああ、あれは『北海道大学』、通称『北大』だ。日本でも有数の歴史と規模を誇る最高学府の一つだよ」

「ほう! 学問の府か! ならば少し中を見てみたいのう!」


 知識欲の塊である賢者様が、そんな場所をスルーするはずがなかった。

 俺たちは目立たない路地裏で、軽く魔法を使って地味な学生風の衣服へと変装し、広大なキャンパスの中へと足を踏み入れた。


 一歩敷地内に入ると、そこはまるで別世界だった。

 天高くそびえる美しいポプラ並木。季節になれば黄金色に染まるであろう見事な銀杏並木。そして、開拓時代から残るという赤レンガや石造りの重厚な歴史的建造物の数々。

 その間を、多くの若者たちが本を抱えて行き交い、時には芝生に座り込んで熱心に議論を交わしている。


「……素晴らしい場所じゃな。空気に知性が満ちておる」


 ガーベラは、キャンパスの風景を見渡しながら、深く感嘆の息を漏らした。

 だが、彼女の視線はある一点で止まり、不思議そうに首を傾げた。


「太よ。あそこで歩いている者たち……どう見ても学生ではない、ただの街の民や、小さな子供を連れた親たちじゃぞ。なぜ、あのような部外者が神聖な学問の場に立ち入っておるのじゃ?」


 ガーベラの指摘通り、北大のキャンパスは非常に開かれており、近所の住人が散歩コースとして歩いていたり、芝生で家族連れがピクニックをしていたりする。


「ここは国立大学だからな。国、つまり民衆の税金で成り立っている。だからキャンパスは誰にでも開かれているし、学びたい意志があれば、一般人でも講義を聴いたりできるんだよ」

「なんと……!」


 俺の何気ない説明に、ガーベラは雷に打たれたような顔をして立ち止まった。


「……ノリディアの『学院』とは、まるで違う」


 彼女は俯き、自嘲気味にぽつりと呟いた。


「ノリディアでは、知識とはすなわち『力』であり『特権』じゃ。わしのような一部の知識層や貴族だけが学問を独占し、それを平民に分け与えるなどという発想すら持っていなかった……。なんと浅ましく、傲慢な考えだったのか」


 ノリディアは魔法があるからこそ、その圧倒的な個人武力で文明が成り立っている。

 だが、もし魔法がなかったら?

 知識を一部の特権階級だけが抱え込み、民衆から学ぶ機会を奪い続けたなら、社会全体の発展は止まってしまう。


「地球が魔法を持たずともここまで発展できたのは、この『知識の共有と開放』があったからなのじゃな……。もし地球の真似をしておらねば、ノリディアは永遠に中世の泥の中で停滞していたじゃろう」

「まあ、地球だって昔は知識を独占していた時代があったさ。人類が何千年もかけて、血を流しながら勝ち取ってきたシステムなんだよ」

「……尊いことじゃ。本当に、素晴らしい世界じゃ」


 そんな真面目な歴史的考察をしながら歩いていると、やがて巨大な建物が目の前に現れた。


「『北大図書館』……。太、あの中にも、学生でなくとも入れるのか?」

「ああ。身分証を見せて手続きすれば、誰でも蔵書を閲覧できるはずだ」


 その言葉を聞いた瞬間、ガーベラの瞳に、賢者としての強烈な飢餓感と使命感が宿った。

 彼女はその理念に深く打たれ、そして静かに言った。


「太、少しだけ時間をくれ。わしは、この世界の叡智に触れてみたい」


 ♦


 それから三日間。

 ガーベラは朝から晩まで、図書館に入り浸った。

 俺は少し離れた席から彼女を見守っていたが、その光景はまさに『最強の賢者』の真骨頂だった。


 彼女は超高速の『情報処理』の魔法を脳内に展開し、パラパラパラッ! と数秒で一冊の専門書を読破していく。

 哲学、歴史、物理学、医学、工学、文学。

 人類が積み上げてきたあらゆる叡智を、乾いた砂が水を吸い込むように、凄まじい勢いで自身の血肉へと変えていった。


 そして、ただ読むだけではない。

 本を棚に戻す際、彼女の手元から微かなマナの光が漏れていた。

 それは、周囲に気づかれない程度の極めて微弱な『浄化クリーン』と『状態保存』の魔法だった。

 何十年、何百年と残るべき貴重な文献が、虫食いや湿気で劣化しないように、彼女なりの最大限の敬意と恩返しを込めて、一冊一冊に魔法をかけて回っていたのだ。


 三日目の夕方。

 膨大な蔵書のすべてを読破し、館内の全書籍に保存魔法をかけ終えたガーベラが、ようやく俺の元へと歩いてきた。

 その顔には、知的な充実感と、心地よい疲労が浮かんでいる。


「うん、心地よい疲れじゃ。待たせてすまなかったな、太」

「満足したか? 三日間ぶっ通しだったじゃないか」

「まあの。……あの図書館は、間違いなく人類の宝じゃ。他の場所にもあのような施設があるのなら、すべてに保存魔法をかけて回りたいくらいじゃよ」

「まあ、あとは市立図書館とか、道立図書館とかもあるからな。また今度ゆっくり行こうぜ」


 夕日に染まるキャンパスを、充実感に包まれながら並んで歩く。

 知識の共有という人類の尊い営みに触れ、賢者としての器をさらに大きくした愛しき妻。その横顔は神々しいほどに美しく、俺は心から彼女を誇りに思っていた。


 ――そんな、美しくエモーショナルな空気が流れていた、次の瞬間だった。


「ん? おい太! あそこにも北大の施設があるぞ!」


 キャンパスを出て少し歩いた市街地の交差点。

 ガーベラが、ふと通りを挟んだ向かいのビルを指差して、パァッと顔を輝かせた。


「あの看板、『北大』と書いてある書店じゃ! 大学が直轄する学術書の宝庫に違いない! わし、ちょっと見てくるぞ!」

「え? あ、おい、待て!」


 ガーベラは凄まじいダッシュで横断歩道を駆け抜け、そのド派手な看板を掲げた店舗の中へと飛び込んでいった。

 取り残された俺は、看板の文字を視認し、全身の血の気が引くのを感じた。


『北大神田書店』


「……お、おい!! あれは、あれは『北大神田書店』だからぁぁぁぁっ!!」


 俺の悲痛な叫びは、夕暮れの喧騒に虚しく吸い込まれていった。


『北大神田書店』。

 それは、後に日本のAV業界に革命を起こす伝説の男、村西とおる監督が、その昔に経営していた『伝説のアダルト書店』である!

 ちなみに村西監督は他県の高卒であり、北海道大学とは一ミリも関係がない! ただ名前を勝手に拝借して「インテリジェンスな響き」を演出していただけという、昭和特有の胡散臭さ全開の店舗なのだ!


 中には当然、学術書など一冊もない。

 あるのは無修正の『ビニ本』や、怪しげな大人のおもちゃ、精力剤といった、男の欲望の煮凝りのような空間である。

 そんな魔窟に、人類の叡智に感動した直後の純真無垢な賢者様が、単身で突撃してしまったのだ。


「や、やばい! 急いで連れ戻さないと!」


 俺が慌てて道路を渡り、店の入り口に手をかけようとした、その時だ。


「ありがとうございましたー! またよろしくお願いしまーす!」


 ウィーン、と自動ドアが開き。

 中から、両手に抱えきれないほどパンパンに膨れ上がった大きな紙袋をいくつも提げたガーベラが、店長らしき男と数人の店員に、まるでVIPの超太客のように深々と頭を下げられて見送られながら出てきた。


「ふむ、大儀であった。また良き資料が入ったら頼むぞ」


 威風堂々たる態度で店員に頷いた後、ガーベラは俺を見つけて、この世の真理を悟ったような、とびきり良い笑顔を向けてきた。


「太! 遅かったではないか。ここも間違いなく、人類の宝……ある意味『世界遺産』じゃな!」

「お前は世界遺産に謝れェェェェェ!!」


 俺は歩道に響き渡る声で、魂からのツッコミを入れた。

 だが、ガーベラは意に介さず、両手の紙袋(中身はすべて猥褻物である)を大事そうに抱き抱えながら、目をキラキラと輝かせて語り始めたのだ。


「太よ、照れることはない。わしはあの店内で、地球人の途方もない執念と技術革新の歴史を目の当たりにしたのじゃからな!」

「技術革新だと……? お前、一体何を買ってきたんだよ……」

「これじゃ!」


 ガーベラは袋の中から、見覚えのあるピンク色の小型機器――いわゆる『ローター』や『バイブレーション』といった大人の玩具を取り出して、路上で堂々と掲げた。


「ひぃっ!? しまえバカ! 捕まるぞ!」

「見るのじゃ太! モーターとピアノ線という、ただの無機質な工業製品……それを『エロ』という燃料のみを原動力にして、ここまで極上の快楽装置アーティファクトへと昇華させておる! 魔力を持たぬがゆえに知恵を絞り、己の欲望の赴くままに技術を洗練させていく地球人の執念! これこそが文明の進化の真髄ではないか!」

「アホか! お前の頭脳をそんなくだらない分析に使うな!」

「くだらないとは何事じゃ! そして極めつけは、これよ!」


 次に彼女が袋から取り出したのは、ビニールで厳重に包装された、いわゆる『無修正ビニ本』だった。

 夕日に照らされる卑猥な表紙に、俺は手で顔を覆いたくなった。


「この魔導書(ビニ本)に隠された深淵なる哲学が、お主には分からぬのか!?」

「ただのエロ本に哲学なんかあるか!」

「ある! 大ありじゃ!」


 ガーベラは大真面目な顔で、声高らかに演説をぶち上げた。


「元来、エロ本とは局所に墨塗りを施し、あえて『隠す』ことで人間の想像力を極限まで高め、脳内で補完させるという高度な精神的アプローチを用いておった。じゃが、この『ビニ本』は違う。隠すことをやめ、すべてを丸見えにするという物理的アプローチに出たのじゃ!」

「お、おう……」

「だが、そこで終わらぬのがこの『北大神田書店』の恐ろしさよ! 丸見えであるはずの本を、あえて中身の読めぬビニールで封印する!」


 ガーベラはビニ本を天高く掲げた。


「つまり! 『アソコが見える本を買いたいのに、どう見えるかは中身を見ないで選ばねばならない』という、究極の哲学的ジレンマを買い手に突きつけておるのじゃ!!」

「……は?」

「買うまで結果が確定しない。開けるまで中身が分からない。これはまさに、量子力学における『シュレディンガーの猫』にも通じる、極めて高度な知的遊戯! エロと哲学の完璧なる融合じゃ!」

「やめろぉぉぉぉ! 人類の叡智を、そんなビニ本のクソみたいな理屈に当てはめるなァァァ!!」


 道行く人々の奇異の視線が突き刺さる中、俺は泣きそうになりながらガーベラの首根っこを掴み、強制的に『空間転移』の魔法を発動させた。


 人類の知識の共有に感動し、その足で昭和のエロの神髄に哲学を見出した最強の賢者様。

 彼女の知的好奇心が満たされる日は、まだまだ遠そうである。

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