「前進と変化1」
「その後は大きく前に進んだような気がしました。いろいろな意味で変化が大きかったです。」
山口総一はこう振り返った。
それから本社の人の上司、澤井さんは、
「これからは私も排水処理トラブルの件で関与します。近日中に会議を開くので、ざっくばらんに正直なところを話し合っていきましょう。」
と話し、
「工場長には排水処理トラブルの件でともに役所へ伺い、報告済みです。日程調整中ですが、役所の環境課の方々が見に来られるので、それまでにこの件の見通しや体制について整えていきましょう。」
迷いなく言い切った声に、彼のこの問題の解決への強い意志を感じた。
「この件、本当に上手くいきますかね?私としてはこの問題、結構根深いと思うのですが。」
私としては上手くいってほしい。流れも順調だった。しかし、どことなく不安があった。たしかに硫酸で解決するかもしれない。しかし、それだけで何とかなるかどうかについてはまだ確信は持てなかった。
水質の見える化を進めていく中で、私はこの職場の微生物管理について強い不安を抱えていた。今回のバルキングは微生物の数値管理が甘いところも原因としてあったのではないか?それならば硫酸だけ加えても対処療法止まりだ。だとすれば、
「山口さん。」
大野さんは落ち着いた声で、
「今回の件は大きな前進だ。君の抱く不安もわかる。ただ俺は今回の件で首尾よくバルキング問題を解決できれば、今後は君と俺の2人中心で排水処理設備を動かしていくことができるんだ。その時に君の言う内容に取り組んでからでも遅くはないと思うよ。」
大野さんの言うことは筋が通っているしもっともだ。だとすれば、この不安は別の種類のものなのか?
ううん、何だろう。技術的には問題ないと思うのだが、何かこの職場ではいい仕事を潰す文化?のようなものがある気がする。会議での古株社員の発言、課長のあの態度、何か大きな問題を隠している?
「そうですね。あまり先のことを考えても仕方ないですよね。」
自分にも言い聞かせる意味でこう口にして、不安を噛み殺すようにした。
「今思えばもっと考えておけばよかった、ですね。こういう勘ってよく当たるものだ、ということを軽視していました。」
「澤井さんという存在は大きくて、当時の俺は少し過信してたかもな。」
少し自嘲気味に大野宗治は言った。
「まあでも世の中そんなものなんだろうな、と。俺も人生経験多いから割り切ってやってきたけどな。」
また自分主体で仕事ができる。正直嬉しかった。実力は十分にあるし、頼もしい仲間もたくさんいる。これまで理不尽な目に散々遭ってきたが、これでやっとこの職場を少しずつ良くしていくことができる。
山口が少し不安そうな顔をしていたが、きっと大丈夫だろう。今の状況ならきっと上手くいくし、十分巻き返せる。励ます意味で、
今回の件で結果を出して、排水処理設備の中心的存在になればいい。そうなってから考えても大丈夫だ。
そう言って彼の背中を軽く叩いた。
「今思えば、あいつの不安の内容をもっとよく聞いてやればよかったよな。あいつの勘は当たっていたんだ。結局俺と同じ道を、ちっ。」
大野は悔しげに唇を噛み、黙っていた。




