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「説明と無理解」

「正直バルキングを理解してもらえるか、不安でした。」


山口総一は当時を振り返る。


「でも、わかってもらわないといけない。既に解決策はあるのだから。必要なのは覚悟だけだ、と思っていました。」


あの事件の後、再び会議が開かれたが、同じように課長が説明役だった。正直解決する気は全くないんじゃないか、時計の秒針の音だけが響いているような静かな会議だった。さすがに誰かが一枚噛んでるような、そんな気がした。


それでも説明するしかない、声を上げれば誰かが気づいてくれる。それにかけるしかない、と思った。


「今回の排水処理のトラブルの原因はなんだったのですか?」


普段来る本社の人の上司だろうか?さっきからペンを動かし続け、メモを取っている。その人からの質問に、


「そ、そうですね。それは、えっと。」


課長が答えられそうな気は全くしなかったが、この場合、大野さんが言っていた「伝え方」なら、後の方が良さそうだ。


すると、古株の社員が答えた。


「それは我々も原因の究明に努力しています。常に汚泥界面の監視は続けていますし、それに合わせて流量調整も必死に行なっております。」


すると本社の人の上司は、それまでサラサラとメモを取っていたペンを置き、いきなり目を細めた。


「そうですか。一生懸命やっている気持ちはわかりますが、根本的な解決にはなっていないような気がするのですが、どうでしょうか?今の話ですと、悪い言い方をすれば、結局マンパワーと根性論に頼っているような気がするのですが。」


会議の場が一瞬で静かになった。ひょっとするとこの人なら、思わず手を握り締めた。


「突然ですみませんが、それはバルキング、というものが原因であると考えています。」


「バルキング、ですか。すると微生物の状態が悪い、ということでしょうか?」


この人なら伝わるかもしれない。ここは飛び込んでいくしかない。


「は、はい、そうです。SVI(汚泥の沈み具合を示す指標)が通常より非常に大きく、検鏡状態も考えると、糸状菌という微生物が原因のバルキング、が妥当である、と考えています。」


緊張で少し声が上擦りながらも、そう説明した。


「そうですか。解決策は何かありますか?」


「強酸性の硫酸を加えることが、バルキングに対して一定の効果がある、とラボテストで確認しております。」


「なるほど。導入方法についてはどう考えていますか?」


「す、すみません。まだそこは検討中で。」


目が泳いだ、すると大野さんと目が合った。彼は私にだけわかるように頷き、


「それについては私から説明させていただきます。詳細はまだ詰めていませんが、今回の原因は、アルカリ性に曝気槽(微生物処理を行う水槽)が偏ってしまったのが原因と見ています。」


「それはどういう根拠で、でしょうか?」


「レモン水を作っている際の微生物の沈降性・検鏡状態がともに回復していましたので。レモン水は酸性ですし、ラボテストで試したところ一定の効果があり、そう結論づけました。」


「それで、硫酸ですか。」


「はい。硫酸が最も効果があったので、それで進めて行きたいと考えております。もちろん危険な薬品ですので、管理基準も整えた上での運用が必要ですが。」


本社の人の上司は、ある程度事態を飲み込めてきたようで、それから会議は普段通り、何も決まらずに終わった。


「これでよかったんでしょうか?」


私は大野さんに聞いた。


「大丈夫さ。今回はちゃんと俺たちの声は届いた、と思うぜ。」


「本当にそうでしょうか?なんとなくなんですけど、あの会議って誰かが裏で仕切ってるような気がして、」


「少しいいでしょうか?」


声がして振り返ると先程の本社の人の上司がいた。


「排水処理の件なのですが、実際どこまで大変な状態になっているか、確認したいのですが、今大丈夫でしょうか?」


「は、はい。大丈夫です。」


私達は実際、どの程度まで排水処理が危機的な状態になっているか説明した。


排水処理が機能せず、未処理の水を放流している事実は伝わっていなかったようだ。


「それは非常事態ですね。」


その方の表情が引き締まり、


「これは見過ごせられません。後日、工場長とともに役所に説明してきます。」


と言い、足早に事務所の方へ行ったようだ。


「な、俺の言った通りだったろ?」


「そ、そうですね。」


大野さんは笑っていたが、私は少し苦笑いして返した。






「とりあえず最終的な判断は俺が下そう、と覚悟していた。でも意外と上手く行ったよ」


当時を振り返り、大野宗治は言った。


「まあ、この職場の会議なんてもう形だけなのは十分知ってるんだけどさ。それでも何かを変えたかったんだよな。」




「基本あいつに任せる。俺は最後の詰めで行く。」


そう決めて山口に会議の前半は任せていた。うん、あいつなりに成長してるじゃないか。


あ、ここで詰まったか。よしやってみるか。


「それについては私から説明させていただきます。詳細はまだ詰めていませんが、今回の原因は、アルカリ性に曝気槽(微生物処理を行う水槽)が偏ってしまったのが原因と見ています。」


流れが変わってきた。これはいい方向に向かうかもな。




会議終了後、呼び止められたのも嬉しい誤算だ。いい流れに向かっている、これなら何とかなるかもしれない。


ただ少し気になるのが、工場長とあの古株社員が会議で思ったより反発しなかったことだ。会議後に静かに去っていくあの感じ、まだ何かあるのか?




「いや、浮かれてたよな。やっぱりこの職場を変えるのはそんなに甘くなかったよ。」


大野はそう振り返って言った。

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