第21章 出家
淳仁天皇はもともと軽薄な思考回路の持ち主であった上に、当時は二十八歳の血気盛んな年頃でもあった為、男と女が一緒にいればする事は性交しかないと頭から思い込んでおり、孝謙上皇と道鏡も男女の関係にあると決めつけていた。そこで少し前から
「良からぬ噂が立っておりますよ」
と手紙で何度か忠告していたが、孝謙上皇は無視していた。孝謙上皇からしたら「ただのアホな小僧」程度にしか思っていなかった淳仁天皇の意見など端から聞く耳を持たなかったのである。淳仁天皇の方も相手にされていないとわかっているのでますます熱くなり、どうしても意見してやらなければ気が済まない状態になっていた。
一向に道鏡を遠ざけようとしない孝謙上皇に業を煮やした淳仁天皇は、まず側近の由利と広虫を呼びつけ、
「このままでは皇室の品位が損なわれる事態になるぞ」
と脅かしてみたものの、まったく効果が無かった。
堪忍袋の緒が切れた淳仁天皇は、ちょくせつ孝謙上皇に意見することに決め、鼻息荒く上皇御所に乗り込んで来た。
「太上天皇さま、みっともない真似はお止めください」
面会するなり、いきなり淳仁天皇にそう言われて、上座にいる孝謙上皇の表情が俄かに険しくなった。
「それは一体どういう意味よ?」
「寝所に男を招き入れるのはお止めくださいと申しているのです」
「わたしが誰を寝所に招き入れたというの?」
「シラを切っても無駄です」
「シラ?」
「ぜんぶ露見しているのですよ」
「何が?」
「私にすべてを言わせたいのですか? よろしい。はっきり申し上げましょう。道鏡ですよ、道鏡」
「あれはわたしの看病禅師でしょうが」
「その看病禅師と昼夜を問わず何をなさっていたのですか?」
「話をしていただけです」
「こっちは子供じゃないのですよ。そんな言い訳が通用すると思っているのですか?」
「それならわたしたち二人は何をしていたというの?」
「男と女が一室に閉じ籠れば、する事は決まっているではありませんか」
「はぁ?」
「いくら寂しいからといって、いい年こいた女が、それも太上天皇という地位にある人間が、犬のように男と交わるなんて、汚らわしいにも程がある」
「いい加減にしろよ、この野郎!」孝謙上皇が憤怒の形相で怒鳴りつけた。「いつわたしが犬のように男と交わった?」
「そ、それは」孝謙上皇の激しい怒気に気圧され、すっかり縮み上がった淳仁天皇は、おろおろしながら弁解した。「状況証拠からみて明らかではありませんか、太上天皇さまの淫行は」
「きさま、わたしを淫行呼ばわりして、タダで済むと思っているのか?」
「言い過ぎた点があれば謝罪します」
「わたしを見ろ。よく見ろ。このわたしに後ろめたそうな様子が少しでもあるか? 自信なさげな様子が少しでもあるか?」
「いいえ、ございません」
「そうだろうともよ。わたしには後ろめたい事は何ひとつ無いからな。自信を持って潔白を主張できるからな」
「へい」
「わたしはおまえらみたいな噓で塗り固めた人間とはわけが違うんだ。正々堂々どこへ出ても恥ずかしくない正真正銘の無垢な人間なのだ」
「ひえ」
「わかったか? わかったらさっさと去ね、このうつけ者が!」
「はいぃいいいい」
淳仁天皇は逃げるように帰っていった。
孝謙上皇は自分の部屋へ戻り、待機していた道鏡に向かって「バカを相手にするのは疲れるわね」と溜息をついた。由利と広虫が甘酒を運んできて、そばにいたそうな素振りをさかんに見せたが、孝謙上皇は二人を下がらせ、いつものように道鏡と二人きりになった。
「大炊の奴、わたしと道鏡が淫行しているとぬかしやがった」
大炊とは淳仁天皇の諱である。孝謙上皇にそう言われた道鏡は苦笑した。
「まさにゲスの勘繰りですな」
「あいつら、自分がそうだから相手もそうだ、としか考えられないのよね」
「世間の人間は概ねそういうものです」
「でも、これでようやくわたしにも覚悟ができたわ。道鏡、この間あなたが言った言葉は正しかった。確かにわたしは逃げていた。他人のせいにして責任を負うことから逃げていた」
「わかって頂けて嬉しいです」
「しかし、もう逃げない。全部この身が引き受けよう。わたしにとっていちばん大切なのは天皇家だということが身に染みてよくわかった。大炊なんかに任せていられるか。押勝の好き勝手にもさせない」
「そのお覚悟です、太上天皇さま」
「人は他人より多くの経験をしたがる。そして他人より経験が多いことを自慢したがる。それによって優越感に浸るのだ。今までわたしは男を知らない事に引け目を感じていた。世間並みの幸せが欲しいと軟弱で浮ついた願望を抱いていた」
「バカげた誤解ですね」
「だが、このような弱音は二度と吐くまい。わたしにとっては、好奇心や個人的満足よりも、天皇家という家の方が遥かに大切なのだ。その為にわたしは、他人と違う、汚れなき特別な存在でいなければならない」
「おっしゃる通りです」
「わたしは人生で損をしているのではない。他人と違う人生を生きているだけだ」
「まったくその通りです」
「そもそも他人と違って何が悪い? わたしにはわたしの生き方があるのだ。他人と比べる必要などまったく無い」
「正しいお考えです」
「そして、これは誰かに強制されたのではない。損な役目を無理強いされたのではない。このわたしの選択だ。わたし自身が責任を持って選んだのだ」
「素晴らしいお考えです」
「わたしは天皇家を守る。天皇家にこの身を捧げる」
「ご立派です、太上天皇さま」
「この覚悟を形にすべく、わたしは出家しようと思う」
「え?」
「出家して、過去の弱いわたしを葬り去る」
「それはまた大胆なご決心で・・・」
「新しく生まれ変わるのだ」
「しかし・・・」
「反対か、道鏡?」
「いいえ、とんでもございません」道鏡は慌てて否定した。「ただ、天照大御神を信仰する天皇家の人間が、出家して仏弟子になれるものか、と些か疑問に思いまして・・・」
「問題ない。我が父も出家した。娘のわたしが出家することに何の憚りがあろうか」
孝謙上皇は決断するや行動が早かった。直ちに保良宮を引き払い、平城京へ向かって出立した。この突然の動きに慌てたのは恵美押勝と淳仁天皇である。
「太上天皇さまとの間に何があったのですか?」
押勝が問いただしても、淳仁天皇は「まぁ、意見の違いというか、見解の相違というか・・・その・・・」と曖昧な答えを繰り返すばかりだった。このまま保良宮にいても埒が明かない。二人も孝謙上皇を追いかけて平城京へ戻ることにした。
天平宝字六(762)年五月二十三日、孝謙上皇は平城京へ帰ってくると、平城宮へは入らず、その東に位置する法華寺へ向かい、この寺で出家した。法名は法基尼。時に四十五歳であった。この時、体調不良をきっかけに前々から仏弟子になることを希望していた広虫が共に出家し、法均という法名を得ている。
出家後、平城宮内の西宮へ戻った孝謙上皇は、同年六月三日、朝堂で待つ恵美押勝ら重臣の前に尼僧姿で現れ、こう演説した。
「岡宮御宇天皇(草壁皇子のこと)の神聖な血統を有する最後の天皇として、女のわたしは即位した。亡き母の看病の為、天皇職をいったん大炊に譲ったが、それでも正統な血統を有するのはわたしである。このわたしのみが岡宮御宇天皇の血を継ぐ特別な皇族である。しかるに、そんなわたしを大炊は敬うこと無く、下賤の者が使うような言葉で侮辱した。ありもしない下品で破廉恥で邪まな嫌疑をこのわたしにかけて辱めた。当然わたしは怒ったが、翻って考えれば、これはわたしに菩提心を起こさせる為の仏縁であったのかもしれない。そう思ったからこそわたしは出家したのだ。ただし、出家したからといって、世俗の事柄に関わらないわけではない。むしろこれからは大いに関わってゆくつもりだ。国の政治のうち恒例の祭祀などの小事は、これまで通り大炊がおこなえば良い。しかしながら、国の大事や賞罰に関わる事柄は、今後わたしが直接おこなっていく。よいか、この事をしっかり肝に銘じておけ」
恵美押勝は孝謙上皇の演説をにがい顔で聞いていた。上皇というのは現役を引退した天皇であるから、いくら自分が国の大事をおこなうと宣言したからといって、当然の如く孝謙上皇の希望が叶うわけではない。この時代には院政という概念がまだ存在していなかったので、権力を有しているのはあくまでも現職の天皇である。天皇から無理やり大権を奪おうとすれば、武力によって力づくで奪取するしかない。淳仁天皇を擁する恵美押勝の武力は強大である。この現実をよく弁えている孝謙上皇は道鏡に頼んだ。
「これから血なまぐさい戦いが始まるから、信用の置ける人手が必要になるの。確か田舎にあなたの弟がいたわよね? その弟を都に呼んできて。授刀衛に加えるから」
授刀衛とは孝謙上皇を警護する親衛隊である。




