とある白魔導士と黒騎士の諸事情
「…神竜を倒した?」
リヒトが蜂蜜色の瞳を丸くする。その隣で藤の竜が完全に機能停止していた。前よりも少し大きくなった腹を撫でる手も止まっている。
「…体は滅ぼした。魂はこいつの中にいるがな」
相棒が目を細める。手を握られる。相棒の好きにさせておく。もう片方の手で出されたチョコレートを摘む。
中にベリーのソースが入ったほろ苦いチョコレートだ。チョコレートのほろ苦さとベリーの甘酸っぱさが絶妙に合っている。リヒトの作る菓子はどれも絶品だと思う。
「ソラの中に…?それは平気なのか」
藤の瞳が気遣わしげに俺を見る。自分を追って村を壊滅させた竜の魂だ。気になるのだろう。チョコレートを飲み込み頷いてみせた。
「こいつは俺の子として生まれてくるそうだ。あんたに無体を強いるようなら容赦なく止める。安心してくれ」
「いや、体を乗っ取られたりしないか心配してたんだが…」
「乗っ取り…?」
首をかしげる。そんなことができるのか。
基本、魂と体は表裏一体だ。生きてる限り引き離すことはできない。
だから人格が入れ替わるなんていうのはおとぎの中だけの話だ。実際にそんな魔法はない。もしあるとしても禁術指定だろう。そんなものがあったら人死が出かねない。
「神竜がソラちゃんの魂を潰してってことだよね」
「ああ。平気なのか」
尋ねられ思わず相棒を見る。そんな話は知らなかった。今のところ魂の魔力の強さは感じるものの、魂自体はそれほど強く感じない。大丈夫だと思うのだがどうだろうか。
相棒は陽だまり色を一瞬こちらに向ける。その瞳に剣呑な光を宿した。
「…そんなことさせるつもりはない」
低い声が響く。機嫌が急降下したようだ。今のどこに怒る要素があったのか。最近相棒の沸点が低くなってきた気がしてならない。
「…あ、そうだったな」
ウィステリアですら遠い目をする。藤野竜がそんな目をする理由は限られている。もしかしてこれも竜の重すぎる愛情というやつなんだろうか。なら別に迷惑でもないな。
ひとつチョコレートを摘む。
「…カイ」
「なん…むぐっ」
口を開いたところにチョコレートを押し込む。相棒が目を白黒させる。変な顔だ。思わず笑ってしまった。
「…何をする」
「眉間にシワが寄ってた。疲れた時は甘いものだろう」
「…別に疲れてる訳じゃない」
視線をそらされる。だが機嫌は少し直ったようだ。先ほどの不機嫌さも鋭い空気もない。安心してチョコレートを頬張る。
「…うーん、大丈夫そうだね!」
リヒトが満面の笑みを浮かべた。そうだろう。あんたの奥さんに手を出す子に育てるつもりはない。体を明け渡してやるつもりもない。ちゃんと子どもとして産んで、立派に育てたいと思っている。納得してくれたみたいで良かった。
「…ということは、もう神竜と戦うことはないのか」
「ないだろうね」
「そうか」
「ちょっとウィリーちゃん。なんで残念そうにするの」
「…私も戦いたかった」
「ダーメ。おとなしく守られてて?」
目の前でふたりが甘い世界を作り上げる。俺たちはチョコレートを持ってさっさと退散することにした。
前にあてがわれた相棒の部屋に引っ込む。窓からオレンジ色の西日が差し込む。もう夕方だ。沈みゆく太陽が最後の温かさを届けてくれる。
「さて、次はどこに行く」
相棒に問いかける。男は陽だまり色を瞬かせ俺を見返した。
「まだ旅を続けるのか」
「ああ、そのつもりだ。あんたもそうだろう」
「…そのつもりだったが。あんたが子を産むなら祖国に帰った方がいいんじゃないか」
首を横に振る。それはできない。あそこで生きていたのは男の俺であって、今の女の俺じゃない。国相手に性別を詐称してきたのだ。元の性別を隠さずに暮らしていたらいつか捕まるだろう。
国への詐称は反逆罪になる。反逆罪は犯した者は処刑、一族郎党幽閉となる。だからこそ国を出てきた。さすがに性別詐称の罪に家族を巻き込むことはできない。
「祖国には帰らない。魂が体内にあるとはいえ、身篭った訳ではないんだ。おとなしくしている必要はないだろう」
「それもそうだが。…いや、あんたらしいな」
「ああ」
頷く。あの時母に答えた言葉。これからどう生きていくか、そう尋ねられた時に思い浮かんだ答えはひとつだけだった。
「『カイと生きていきたい』」
「…は」
陽だまり色が驚愕に染まる。今日は相棒のいろんな顔を見れるな。少し楽しくなってきた。
「母に言った答えだ。あんたのために生きていく、そう言っただろう」
「…神竜との戦いで無駄死にしないために言った言葉じゃなかったのか」
「それもあった。だがあんたは俺の子の父親になるんろう。ならこれからも一連托生だ」
逃げるなら今だぞ。そう笑う。男はため息をついた。陽だまり色に火が灯る。
「…煽ってるのか」
「そんなつもりはないな」
「あんたを好きだと言ったこと、覚えてるか」
「…覚えている」
大きく頷く。口の中で甘くてほろ苦いチョコレートが溶けていった。手を握られる。熱い。大きくて硬い男の手だ。
出会った頃はこの手が羨ましかった。男として生きていく以上、男よりも男らしさを求めた。だが女に戻ると女らしさを求めてしまう。せめて人並みに見られたい。そう願う己の現金さに呆れる。
目の前の男を見つめる。最初からずっと変わらないと思っていた。だが神竜との戦いを経て、男は前よりも穏やかな空気を纏っていた。
この男とまだ一緒にいたい。好きだというのはまだよくわからないが、それだけははっきり感じている。
「…俺はこれからもあんたと旅をしたい。カイと見る景色はどれも綺麗だった。これからもずっとあんたと景色を見ていたい。あんたの隣は居心地が良いんだ」
「…あんたは厄介な竜に一生つきまとわれたいのか」
「それでも構わない。俺も厄介な天使なんだ。あんたの隣がいい」
手を握り返す。相棒が笑った。俺も笑う。今さら相棒だ番だと言っておいて、何を話しているのか。
一緒にいることはもうすでに当たり前になった。今さら離れたらそれこそ苦労するだろう。それくらい俺は相棒の剣に信じてるし、相棒は俺の魔法を頼っている。お互いがお互いの存在に慣れきっているのだ。
ただ近い将来、相棒の他にもうひとり増えるというだけの話だ。つまり今の会話はただの戯れ、言葉遊びのようなものだ。
「これからもよろしく頼む、黒騎士様」
一番伝えたいことを言葉にする。改めて手を差し出す。
相棒の陽だまり色が見慣れた優しい色をたたえる。
「ああ、よろしく頼む。白魔導士殿」
懐かしい呼び名で呼び合って笑い合う。差し出した手は相棒と固い握手を交わすのだった。




