おつかい
カイは思えば孤独な男だった。
10を数える年に神竜に村を焼かれ、家族も友も故郷も失った。それからずっと、逃げ延びたはずの姉を探し、復讐のために生きてきた男だ。きっといつ死んでも良いと思っていたんだろう。男は旅に必要な物以外を持つことはなかった。
俺はそれがひどく許せなかった。やるせなかった。白魔導士として、命を守る者として、自ら死を選ぶ奴を放っては置けなかった。
生きろという約束はそのまま男が生に縛られる軛になればいいと思った。兄弟との再会も、番という絆も、男が身勝手に死なないための柵となるなら喜んで引き受けてやる。
そうやって男が簡単に死を選べなくなったと信じていた。その信頼があっさり裏切られることも知らぬまま。
「…行ってくる」
「ああ、気をつけて」
「いってらっしゃい」
「ふたりも無事でな」
短く別れを告げて街を発った。今回も竜になった相棒の背中に乗せて貰っている。火の国と水の国は折り合いが悪い。関所を通るよりこちらの方がよほど穏便に出入りできるのだ。しかも速い。
突き抜けるような青い空を悠々と泳いでいく。太陽の光を弾いて金色に光る緋色の鱗を撫でた。
「…鱗の色、変わったか?」
「…気のせいだろう」
「…そうか」
今日はよく晴れている。そのせいで前よりも眩しく映ったのだろうか。
雨の多い水の国と違い、隣国の火の国は砂漠が多い。また内陸部には金や銀をはじめとした鉱山が多く、鉱物や鍛冶、宝石の研磨が有名だ。
また自由奔放な獣人らしく、火の国と銘打っていても基本的には民族の自治を認めている。そのため街によっては気質も気風も全く違うのだという。
国境に近いガーネリアは獣人の他に異民族が多い小さな町だ。人間も少なくないと聞く。
例によって近くに降り立った俺たちは普通の人間のふりをして町に入った。普段と違うのは、肌を焼く強い日差しよけのために両者ともフードを被っていることか。
町に入ると日干しレンガで作られた家が目立つ。陽炎が揺れる町で、猫耳を生やした子どもたちが駆け回り、同じく猫耳を生やした大人が武具を売り歩いていた。どこからか独特の旋律を刻む楽器の音と陽気な歌声が聞こえてくる。
人は少ないが、活気がないわけではない不思議な町だった。
「…届け物は黒猫の家か」
「ああ。黒猫の獣人がいるはずだ」
相棒と確認していると、あ、と背後で声が上がった。振り返る。そこには長い紫紺の髪をひとつに結い上げた少年が立っていた。人間なのか猫耳はない。
「もしかしてナハトが言ってたお客様?」
少年が朗らかに尋ねてくる。探し人の名前に反応する。知り合いだろうか。
口を開く前にカイが尋ねる。
「…あんたは?」
「あ、俺はユキ。ナハトの店の手伝いしてんだ」
少年は明るい笑顔で告げる。知り合いだった。
「そうか。俺はソラ、こっちはカイだ」
「ソラさんにカイさんね、了解。ナハトの店に案内するよ」
こっちこっちと手招きされる。親切だ。ついていこうとして後ろから小突かれた。
「いたっ」
「…あんた、警戒心がなさすぎる。もう少し気をつけろ」
「…?ユキは悪い奴じゃなさそうだが」
「…そういう意味じゃない」
ため息が落ちた。なんなんだ。俺は誰にでもほいほいついていくほど無防備ではないぞ。
「…行くぞ」
相棒がユキについていく。あんたもユキにたいていくんじゃないか。なんで俺は小突かれたんだ。
理不尽に思いつつその背中を追いかけた。
ナハトが経営する黒猫の家には雑多な商品が並んでいた。
ちょっとした擦り傷に付ける軟膏や栄養ドリンク。風邪薬にポーション、包帯、鎮痛剤。中には媚薬や精力剤といった効果の怪しい商品まであった。こういったものは場合によっては売買禁止となっている。よほど安全が確保された商品なのだろう。
心臓病や精神病、腎臓病などの治療に使われる強い薬は奥の棚に入っていた。棚には鍵がかかっていて、客が勝手に取り出せないようになっている。そこらへんの薬品管理はしっかりしているようだった。
「ナハトー!お客様ー!」
ユキが店の奥に呼びかける。ややあって、
「今行く」
と低い声が返ってきた。ゆったりとした足音が聞こえてくる。姿を現したのは白衣を見にまとった小柄な黒猫の獣人だった。線の細い体と雪のように白い肌が儚げな印象を齎す青年だ。ウィステリアにあらかじめ聞いていた特徴と一致している。
「よくここまで来たな。俺がナハトだ。お前さんたちが藤が寄越した使いか」
「…カイだ。こっちはソラ」
「はじめまして。これが頼まれていたものだ」
異空間から巾着袋に入れられた宝石の粒を渡す。竜の涙は竜が幸せに泣いたときにできる宝石だと言われている。
確認のために取り出した涙はふたりの瞳の色が溶け出したような透明な光を宿していた。
「…確かに受け取ったぜ。ありがとな」
ナハトがニッと笑う。そうやって笑うと儚さよりも少年のような快活さが前に出る。
「…仕事だからな」
「おう。こいつがないと困る奴がいてなぁ、助かったぜ。早速薬を拵えないとな」
な、ユキ。ナハトがユキに目配せする。ユキは慣れたように頷き、
「鍋と他の材料、用意してくるよ」
と店の奥に引っ込んでしまった。
ナハトも早く薬を作りたいのか落ち着きがない。薬を待つ患者のこともある。早く撤退すべきだろう。
その前に聞いておきたいことがある。
「…なあ、この辺で空を覆うほど大きなモンストロが出ると噂になってるようだが」
口にするとナハトはハッとしたように目を見開いた。
「…そいつは誰に聞いた?」
「…注意喚起のチラシを見た」
声を潜めるナハトに合わせて声を低める。ナハトはぐっと眉根を寄せた。
「…なるほどな。だがその話は他所ではしない方がいいぜ」
「…なんでだ?」
「そのモンストロ、竜だって噂が立ってんだ。竜ってのが水の国を連想させちまってなぁ。近くの村もやられたってので今殺気立ってる連中がいるんだ」
なるほど。水の国は竜の国だ。その竜が村や町を襲っていたらそう思ってしまうのも仕方ない。
それも襲われているのは国境付近だ。水の国から近いことも勘違いを加速させる一因なのだろう。
「………竜か。そいつは黒い鱗に赤い目をしてたか?」
ずっと黙っていた相棒が口を開く。ナハトは唸り、首を横に振った。
「すまんな。そこまで詳しくはないんだ」
「…そうか」
潔く引き下がる。そういうところは兄弟を探していた時と変わらない。
…カイの村を襲った竜は黒い鱗に赤い目をした神竜なのか。それも炎を吐いていたとなると、火の神竜かもしれない。
俺たちとは相性が悪いな。
俺も相棒も、火との親和性が高い。故に火が一番操りやすい。しかし火の神竜ともなると己の炎までも支配を奪われかねない。
逆に相性が良いのは水や氷だ。魔法で扱えないことはないが苦手分野だ。カイの大剣に纏わせるのも難しい。
「こいつを届けてくれた礼だ。良ければそこらへんの情報に詳しそうな奴を紹介するぜ?」
ナハトがニッと笑う。俺たちは顔を見合わせた。
「そんな奴がいるのか?」
「ああ。 闘技場に出入りしてる魔術師でな、その手の話題に事欠かない奴がいるんだ」
「おーい、ナハト!準備できたよー!」
店の奥から声が飛んできた。ユキが顔を覗かせる。
「ディエの話?」
「おう。こいつらがちょいと調べ物をしたいそうでな」
「…そいつはディエっていうのか」
「正確にはフーディエ・プリュマジュだな」
「…フーディエ?」
聞き覚えのある名前だ。否、間違いなく知り合いだ。
「…知り合いか」
これまでの経緯でなんとなく察したらしい。相棒殿は何の感慨もなく尋ねてきた。
「…ああ」
知り合いというより親戚だ。プリュマジュは羽を意味する。翼を意味するフリューゲル家の分家の名だ。さらにフーディエというと、幼い頃よく魔法を教えてくれたお兄さんがそんな名前だった気がする。
「なら話は早いな!隣町のルビーストにいるはずだから会いに行ってやってくれや」
ナハトが嬉しそうに笑う。ユキも心なしか弾んだ声で、
「俺も久々に会いたいなぁ」
と呟いた。
「お、なら明日みんなで会いに行くか?」
「賛成!明日は特に予定もないし、店を閉めても大丈夫そうだし」
「…いいのか?」
「おう!どうせだから久々に暴れるか?」
「ナハトが言うとシャレにならないよ。俺も出る」
ナハトとユキが楽しげに出るだの暴れるだの話している。俺たちは置いてきぼりだ。
「あれ、ふたりで出場だしちょうど良いよね」
「ちょっと待て。何の話をしている」
「闘技場で行われるグループ戦出場の話だ」
相棒が遮り尋ねる。ふたりは今さらという顔をして告げる。日夜行われる闘技場での戦いに出場した方が相手もすぐ見つかる。グループ戦はふたり組での出場だから人数的にもちょうど良い。ある意味暴論だった。
「…グループ戦か」
相棒の声に嬉々とした色が混ざる。
「…おい」
「…ソラ、出てみないか」
「やっぱりかこの戦闘狂」
そう返すものの提案はやぶさかではない。ここ最近実戦はなかった。そろそろ今の実力を試しておきたい。
「わかった。明日闘技場だな」
了承し、異空間の中身に想いを馳せる。久々の対人戦だ。モンストロならいざ知らず、対人だと戦い方も変わってくる。
良い武器はあっただろうか。
気分が踊る俺も存外戦闘狂かもしれないな。




