闘技場での再会
闘技場はまだ試合開始一刻前だというのにすでに賑わいを見せていた。観客席の八割は埋まり、それでもまだまだ人が入ってくる。
闘技場全体が見渡せる特別席には豪華なソファが誂えられている。その向かいにはファンファーレ部隊がすでに整列して音合わせしていた。
「手続き終わったか」
「今書いている。…あんたの種族、何にすればいい」
「竜人だ」
「…相棒が地雷につっこんでいく」
「あんたも天使だろう」
人間と書いてすぐに横線で訂正を入れられる。そのまま相棒様は残りの箇所も埋めて受付に提出してしまった。
ちなみに今日の相棒様はしばらくぶりの黒鎧だ。見てるだけで暑そうなので氷水の入った水筒を差し入れる。相棒様は心なしか嬉しそうに水筒を受け取った。
「…俺は人間または竜だろう?」
「…そろそろ認めたらどうだ」
そう言われても俺が天使な訳がない。確かに白い翼はあるが。これはあれだ。先祖返りとかいうやつだ。…あれ?日の国の先祖が天使だから俺も天使なのか?
混乱してきたところで背中に衝撃が走った。
「うわっ⁈」
振り返ると猫耳を生やした小柄な青年が立っていた。ナハトだ。その後ろには変わった形の短剣を腰に帯びたユキが控えていた。
「旦那がた、準備はいいかい?」
彩度の低い紫の瞳が細められる。
「問題ない。…が、あんたはそれでいくのか?」
相棒の琥珀色の目が俺の得物を捉える。腰に挿した細身の剣。装飾などはない、実用性に特化した剣だ。
「問題ない」
「…剣は使えるのか」
「人並みには使える。…言ってなかったか」
「初耳だ」
男が唸る。そんなに大事なことだっただろうか。俺の剣の腕は良くも悪くも人並みだ。剣でいうならシアンの兄弟が一番強い。次いでベルク兄上で、俺は兄弟で3番目だ。そもそも剣は近接戦になった時の備えで、役目はほとんど杖と変わらない。
「ソラさん、カイさん。そろそろ始まるよ」
ユキが肩を叩く。気づけばいつのまにかファンファーレ部隊がトランペットを高らかに鳴らしている。まっすぐな音が高い青空に響く。
熱気が最高潮に高まる。雄叫びのような歓声に耳が痛んだ。
会場を見下ろす。ちょうどこの闘技場でチャンピオンと呼ばれているペアが手を振っていた。
ひとりは青い瞳のやんちゃそうな青年。そしてもうひとりは桃色の髪の嫋やかな男。…どちらも見覚えがある。
どこからか、
「ヴォルさん、かっこいいよー!」
というシアンの兄弟の声が聞こえてきた。間違いない。片方は今回の探し人で、もうひとりは追いかけっこの鬼だ。
「…あの男、あんたの追っ手じゃなかったか」
「…ああ」
なんならもう一人の追っ手もこの会場のどこかにいる。シアンの兄弟の勘は鋭い。見つからないようにしなければ。
それにしても、何故あのふたり組なのか。ヴォルフガングはシアンの兄弟との方が戦いやすいんじゃないか。
…いや、そもそも俺を探していたはずだ。それがなぜ闘技場でチャンピオンなんかしてるのか。
ふたりは司会に紹介された後、一言ずつコメントして会場から出て行った。どうやらあのふたりと戦えるのはこの大会で優勝したふたり組のみらしい。
会うのが待ち遠しい。そしてそれ以上に憂鬱になった。神竜と一戦交えるかもしれないこの時期に追いかけっこは自重したい。
「もうひとりの方も知り合い?」
「…ああ」
ユキに問いかけられる。
知り合いというより、領地の幼なじみだ。ルナやステラとは違う意味で気安い友人ともいえる。…たまに眼光が鋭すぎて怖い時があるが。
「…ソラ。あいつらの戦い方の特徴はわかるか?」
「ん、ああ。…共有しといたほうが良いか」
「そうしてくれ」
カイが俺の隣に並ぶ。偵察と情報共有の時間だ。会場全体に鐘の音が響く。一回戦が始まったらしい。
「まずヴォルフガング。あいつは目潰し体術なんでもありの魔法剣士だ。得意な魔法は水だが、炎を好んで使う」
「…水と相性が悪いのにか」
「ああ。そのほうが華があるそうだ」
男がそうか、と納得してなさそうに返事する。安心しろ、俺もよくわからない。
「フーディエは精神に作用する魔法と幻術が得意だな」
「幻術…?」
「幻で惑わせて昏倒させるのが得意だ。フーディエの拳は結構効くぞ」
「…そこは物理なのか」
残念ながら物理だ。月の国は魔法使いの国だが一定数の脳筋がいる。ベルク兄上は筋肉と語れるし、ヴォルフガングの姉上殿は力づくで問題を解決するきらいがある。
一回戦が終わる。勝ったのは剣士ふたり組だ。あそこは素早さが武器だった。当たったら拘束系の魔法で動きを止めるか鈍らせた方が良いだろう。
すぐに二回戦が始まる。俺たちの番はまだ回ってこないはずだ。
「ふたりが共闘するところは見たことがない。ただヴォルフガングの姉上殿とフーディエは仲が良かった。ふたりで戦ってる時はフーディエが敵の隙を作ってふたりで叩いてたな」
「…恐ろしいな」
まったくだ。彼女らも実力者なだけに報復が恐ろしすぎる。
試合はサクサク進む。その中でナハトとユキも出ていた。ナハトが猫の獣人らしい軽やかな動きで敵を撹乱する。ユキがサポートに回り敵の動きを封じる。そして相手の体力が尽きたところをひと突きだ。見事なコンビネーションだった。
会場はこれまでで一番盛り上がっていた。
俺たちも予選は問題なく勝ち進んだ。トーナメント戦でそこまで強いふたり組がいなかったのは幸か不幸か。俺もカイも暴れ足りないまま決勝戦を迎えた。
「…俺たちはわざと負けるぜ。ディエに聞きたいこと聞いてきな」
ナハトの粋な計らいで不本意ではあるが優勝をもぎ取った。手加減してもらっていても手強かった。本気でこられていたら負けていたかもしれない。
まだまだ鍛錬が必要だと再確認できた試合だった。
そしてチャンピオン挑戦。俺たちを認めたフーディエとヴォルフガングは一様に目を丸くした。
「なっ…ソル⁈」
「…!おやおや、フリューゲルの放蕩息子じゃないですか」
ヴォルフガングが目を見開く。見開きすぎて青い瞳がこぼれ落ちてしまいそうだ。対してフーディエは一瞬目を丸めたものの、すぐにいつもの憂いを帯びた表情に変わった。ただその瞳だけは挑発的に爛々と輝いている。こちらも相棒殿に負けず劣らずの戦闘狂のようだ。
ふたりから投げかけられた言葉に苦笑する。放蕩しているつもりはないのだが。
「あんたに聞きたいことがあってきた」
告げるとフーディエは目を細めた。見極めるような鋭い視線が突き刺さる。目を見つめ返す。
次にフーディエはチラリとカイを一瞥した。あまり見ない冷たい視線だ。
目を瞬かせる。フーディエがそんな目をするなんて珍しい。何かあったのだろうか。
視線を受けたカイは目を逸らさない。普段と変わらないように見える。
…気のせいだったか?
「…ふうん、なかなか骨がある男ですね。僕に聞きたいことっていうのはそこにいる男のためですか?」
「…ああ」
「…そうですか。あの人見知りがねぇ」
フーディエがしみじみと呟く。人見知りで悪かったな。
「いいでしょう。僕に勝ったらなんでも教えてあげますよ」
「…本当か」
「ええ、僕は嘘はつきません」
フーディエがにっこり笑う。相変わらず読めない男だ。しかし嘘をつかれたことがないのは本当だ。言わないことが多すぎるせいで騙された気分になることは多々あるが。
今日こそは油断するわけにはいかない。
チラリとヴォルフガングの様子を伺う。兄弟の相棒が不敵な笑みを浮かべていた。挑発に青い瞳が輝く。フーディエよりもまっすぐな挑発が直接届く。
「ここで会ったが100年目、年貢の納め時だぜ」
よく通る声が会場中に響き渡る。俺は逃亡中の悪党か。こっちは逆に読みやすすぎる。陰謀渦巻く貴族社会に帰るであろう侯爵家嫡男がそれでいいのか。…いや、愚直ではあるが真贋見極められる判断力のある男だ。側にシアンの兄弟もいる。問題ないか。
両者とも剣を構える。またもや遠くでシアンの兄弟の声が聞こえた。
「兄弟、今度こそ逃がさないよ!」
とのことだ。…これが終わったらさっさと逃げたほうが良さそうだ。
始まりの鐘がなる。同時に俺たちは駆け出した。




