幼なじみと魔法戦
「…ステラ」
久しぶりに名前を呼ぶ。名前を呼ばれた幼なじみは困った顔をしてヘラリと笑う。小さい頃からの幼なじみの驚いた時の癖だ。
なぜこんなところにいる。
ステラの格好は国にいた時から少しくたびれた白と青のミニドレスだった。苦労してきたのだろう。ドレスは所々ほつれていた。
近づこうとする。しかしそれより前にカイが俺を背に隠そうとした。こんな時でも心配性は発動するらしい。俺は簡単にくたばるほど弱くないと何度言ったらわかるのか。
いや、それよりもステラだ。まさかこんなところで見つけるとは思わなかった。
「…こんなところにいたのか」
呟き、杖を取り出す。千載一遇のチャンスだ。必ず呪いの話を聞き出すつもりだ。
編む魔法を考える。相手は魔法の天才だ。例え黒魔法に詳しくなくても、手の内がばれたら防がれる上にカウンターがくる。こちらの不利になる状況は避けたい。
拘束系の魔法をいくつか思い浮かべる。どれなら逃げられないだろうか。
「…待って、何の魔法使う気?ちょーっと待って!私逃げないから、ね?」
「信用できな…」
「信用して!」
ステラが駆け寄ってくる。黙って待つ。杖は下ろさない。肩で切りそろえた銀髪がふわりと揺れる。
ステラは目の前、手の届くくらいの位置で止まった。そして青い目を虹色に輝かせると、
「ねえ、まず質問いい?なんでソルが死の呪い持ってるの?なんでそれ自分に封じ込めちゃったかな⁈」
と叫んだ。
「…?ルナが死ぬ方が困るだろう?」
「ソルのバカー!」
ステラに叫ばれた。ついでに相棒の男に手首を掴まれる。痛い痛い、骨が軋む音がするんだが!
「もうっ!迎えにきてる正解だった!ソル、私と行こう!今呪いを解く方法探してるの。シュタインさんのとこでヒントは掴めた。ちゃんとルナとソルの呪い、解いてみせるから!」
相棒に握られていない方の手を掴まれる。小さな柔らかい、女の子の手だ。俺よりも長く旅してきたはずなのに荒れてない。
変わらない少し冷たい手に安心する。が、幼なじみの提案には頷けない。
「…すまない。一緒に行くことはできない」
「え?」
「こいつとやるべきことがある」
手首を締め付ける男の胸倉を掴む。驚きに目を丸くする男を一瞥し、故郷では滅多に見せたことのない心からの笑みを浮かべる。
「俺はこいつの相棒だからな」
そう簡単になびくわけにはいかない。
「…それは、呪いを解くよりも大事なことなの?」
「解呪と同じくらい大事だ。幸い相棒様のお陰で呪いは発動してない。今のうちにルナの解呪とこいつの目的を達成したいところだ」
「この人のおかげって…?」
そこで初めてルナの瞳がカイを映す。
「そういえばソルが気を許すなんて珍しいね。君は何者?」
「…ステラ」
不躾な質問を咎める。しかし当の本人が起こる様子はない。
「…カイだ」
短く名前だけ答えた。
「いやいや、名前を聞いてるんじゃないんだけど…。ま、いいや。カイさん、ソルを返してくれないかなあ。その子、私たちのなんだ」
ステラが手を伸ばす。その手に見覚えのない魔法術式を見つけた。
呪術か!反射的に光の結界を張る。バチンッと魔法と呪術がぶつかる。
杖を振るってから気づく。今、ステラはなんの呪術を使おうとした?
「…さすがソルだね」
ステラが楽しげに笑う。音が少しずつ戻ってくる。止められた時間が動き出す。
「久しぶりに勝負しようか、ソル」
ステラが短杖を構えた。銀の土台に青い魔法石と星を模した装飾が美しい特注品だ。
「…こんなところで戦うつもりはない」
周りに人がいる。杖を構える俺と一緒にステラは楽しげな祭の雰囲気にはふさわしくない。異様な気配を感じ取った者たちからの視線が集まってくる。
…視線が痛い。これ以上注目は集めたくない。
「どこか別の場所に…」
「負けた方が買った方の言うことをひとつ聞く!いくよっ!」
ステラが杖を振るう。聞いてはもらえないみたいだ。
「光よ」
今度は意識して防御魔法を紡ぐ。守るのは自分と周りの者たち全員だ。分が悪い。銀の光と黒魔法の光がぶつかり合う。
「カイ…!」
「…ああ」
カイの背中から竜の翼が生える。辺りで悲鳴とも歓声ともつかない声が上がった。
羽ばたく。風を受けてベールがなびく。宙を舞いながら俺自身も白い翼を顕現させる。目指すは人のいない屋根の上だ。
「何それ聞いてないんだけど!」
ステラが叫びながら追いかけてくる。その背中には妖精の透けた虹色の羽。知らなかったがステラも他種族の血が混ざっているらしい。
屋根に着地する。杖を構え炎を纏う。
今は捕まるわけにはいかない。全力で逃げさせてもらう。
異空間を開く。その中からカイの大剣の柄を取り出す。
「そら、受け取れ」
「ああ」
カイが大剣の柄を握り引き摺り出す。人の背丈ほどある大剣の登場に場が湧いた。見世物だとでも思われているのか。
翼を動かす。まだうまく飛べはしないが体を軽くするくらいならできる。
ステラが屋根の上に落ち着く。彼女が纏うのは呪術でできた星のきらめき。ステラの得意分野もまた光らしい。
「これはひとときの枷であり休息、幸せな悪夢。《眠って、ソル》!」
「結界!」
光の結界が銀色の光を弾く。白の眠りの魔法に近い呪術だ。だが白魔法と違い、呪術による眠りは他者が起こしても起きない。当たると厄介だ。
カイが大剣を振るう。
「…周りの被害を防いで欲しい」
「任せろ」
カイが琥珀色を鋭利に輝かせる。頼もしいことだ。カイが空を舞う。空中から呪術も魔法も斬るつもりなのだろう。大剣も鎧と同じ素材で作られている。つまり魔法耐性がある。カイ自身も竜人だ、魔法には強い体質だろう。心配は不要だ。
目の前の幼なじみに集中する。次の呪いが襲ってくる。
「《動きを止めなさい》!」
直接的かつ強力な呪い。纏う色は紫紺。まさしく呪術による魔術だ。
「燃やし尽くせ!」
炎が渦を巻く。呪術が燃える。赤い炎を空に逃がす。翼を広げ飛び立つ。
いつの間にか人が集まっている。俺とステラの両方を応援する声が聞こえる。その側でそれた炎が燃え移る前にカイが斬っていた。ありがたい。
「魔はすべて天に還る『吸魔結界』」
「おっそろしい魔法使わないでよ!《水晶の雨》!」
「氷雪に舞うは白銀の鳥『雪の翼』!」
結界の鈍色の光が蛍のように飛び回る。その中を水晶が降り注ぐ。氷の鳥が水晶を砕いていく。
撃ち漏らした水晶が降り注ぎ頬や腕を掠めた。チリチリとした痛みとともに体の内部を電流のような痛みが駆け巡る。
「…っ!」
思わず顔をしかめた。体が硬直する。指先が痺れる。杖が握れない。
「ふふん!痺れの呪いが効いてきた?」
「…ああ。だが、これで負けてやるつもりはない」
詠唱すらしない。白魔法で呪いを弾き飛ばす。手をプラプラさせる。…感覚に異常はないな。
「…さすが《陽だまりの貴公子》」
「《流星が零した奇跡》には敵わんがな」
どちらも無詠唱だ。だが互いに魔力を練り上げている。星の光が水晶に変わり、赤金色は火球に燃える。
「星のもと、安らかにおやすみ。《夢魔の子守唄》!」
「大空を駆けるは燃ゆる翼。『火の鳥』!」
青銀の悪魔と赤金の火の鳥がぶつかり合う。熱せられた空気が揺らぐ。打ち勝ったのは…青銀の悪魔だ。呪術が目の前に迫る。
「…っ!」
杖で振り払う。悪魔は揺らぎもしない。ぐわりと脳みそをかき回されるような不快感に膝をついた。
「…勝負ありだね」
今日一番の歓声が上がった。
しかしそれを気にする余裕はない。魔力が切れた。呪いの重ねがけは負担が大きすぎる。体がだるい。呼吸が苦しい。
「…ソラ!」
カイが文字通り飛んでくる。しかしそれを押しとどめてステラは嬉しそうに笑った。幼い頃から変わらないキラキラした笑顔だ。
「さ、付いてきてもらうよ。ソレイユ」
わざわざ本名で呼ばれる。ヒューヒューと細い息が喉を焦がす。体が勝手に立ち上がろうとする。しかし体が動く気配はない。胸が締め付けるように痛い。
「…ソル?どうしたの?」
異変を感じ取ったステラが駆け寄ってくる。そして俺の顔を覗き込み息を飲んだ。
「…っ!なんでっ!」
ステラが短杖を構える。まだ何かする気か。愛杖を支えにして体に力を込める。
「おとなしくしてて」
ステラが首元に触れる。体から力が抜けた。何か魔法をかけられたらしい。白魔法特有の気配がした。
世界が眩んで消えていく。鮮やかな衣装も、水面に咲いた花も、色とりどりのランタンも…。
「…これ、りゅ…の………?なん………な…のが」
ステラの声が遠ざかっていく。
死ぬのか。
唐突に、しかしストンとその言葉が胸に落ちてくる。まぶたの裏に色とりどりの景色が回る。
兄弟と遊んだ庭。
母さまの温かい懐。
家族で出かけた領地の花畑。
幼なじみと駆け回った城下町。
学園の実験。
母の魔導書。
眠るルナと泣きそうなステラ。
…そして、見慣れた赤。
「…貸せ」
近くで最近一番聞いている低い声が聞こえた。ほっとする。
意識を手放そうとした瞬間。口の中に甘酸っぱい果実の香りが広がった。
「…?」
体の内側が燃えるように熱い。しかし不快ではなく、むしろ心地よい熱だ。体がぽかぽかする。
どっと体が重くなった。先ほどとは違う優しい眠気が襲いかかってくる。
「…そのまま寝ろ」
頭を撫でられる。大きくて硬い手もまた慣れたものだ。
今度こそ俺は優しい睡魔に手を引かれて夢の世界に飛び立った。




