とある幼なじみの恐慌
ふらりと立ち寄った水の国ラピスラジー。ステラはラピスラジーに竜が住んでいると聞き、会いにきていた。
蜂蜜の瞳の男に化けた竜だという。竜なら古代の呪いに詳しいかもしれない。そう思っての訪問だった。
ステラにはふたりの幼なじみがいる。
ひとりは自国のお姫さまのルクレツィア姫。幼少期に学友になるようにと引き会わされた。小さい頃から強気で見栄っ張りな、優しい、自慢の月の花だ。
もうひとりは自国の伯爵家次男で隣国のお姫さまのソレイユ。女の子だと知ったのは最近。引っ込み思案で真面目なお人好しの貴公子だ。こっちも自慢の陽だまりの君。
ステラはそのふたりの幼なじみが大好きだった。
だからルクレツィアもといルナとの古代遺跡調査を任された時は嬉しかった。ソレイユも本当は行く予定だった。しかしソレイユはタイミング悪く別の任務を言い渡されてしまい、仕方なくふたりで行ったのだ。
そしてその遺跡で事件が起きた。
遺跡は古代魔族の教会だった。遺跡に近づいても危険がないか確かめるのが国王から任された任務だった。
遺跡の周辺には問題はなかった。最後に遺跡の入り口に触れた時、それは発動したのだ。
最初から嫌な予感はしていた。触らないほうがいいとなんとなく思っていた。
けれど直感よりも好奇心が勝ってしまった。好奇心は猫をも殺す。何より自分たちの祖先である魔族の建てたものを見てみたかった。
遺跡の入り口に足を踏み入れた瞬間、赤い光が迸った。まずいと思った時には時すでに遅し。
先に中に入っていたルナに赤い光が蔦のように巻き付いていた。
即死の呪いだった。
赤い光に絡め取られたルナの体が朽ちるのを許せなかった。
呪いを即興で書き換えた。失われかけた命を全魔力でもって引き戻した。幸い呪いの書き換えは成功した。
即死の呪いは眠りと死の呪いに変わった。しかも少しの間だけだが、呪いが発動するまでの時間が稼げた。
目を覚ましたルナはすぐに自身の状況を把握した。ステラは泣きながらルナにすがった。
大事な幼なじみが死ななくてよかった。けれど、呪いは先延ばしにしただけ。時期が来たら幼なじみはまた死んでしまう。そんなのは嫌だ。
「ルナ。私、絶対呪い解く方法見つけるからね!」
「頼んだわよ。わたくしもまだ死ぬわけにはいかないもの、お父さまの説得と根まわしは任せてちょうだい」
「うわぁぁあん!ルナァァア!」
「ほら、泣くとブサイクになるわよ。シャキッとなさいな」
そうやってルナの呪いのことは国王陛下の知るところとなった。国内のあらゆる呪術師や白魔導士たちがルナの解呪に挑戦しては惨敗していった。
その間私は必死で呪いを解く方法を探していた。けれど月の国は白魔法よりも黒魔法の国だ。呪術は盛んだけど、古代のものにまで精通している者は少ない。
正直手づまりだった。
ルナの呪いのことはソルには内緒にしていた。ソルは知ったら絶対呪いを解こうとして無茶する。そんなことは私もルナも望まなかった。
そして一年後、ついにルナの呪いが発動した。最初に発動したのは眠りの呪いだった。
呪いが発動し、ルナが倒れた夜。私はこの国の知識に限界を感じて学園を飛び出した。
それからずっとひとりで呪いを解く方法を探してきた。風の国のシュタインのところで白魔法が呪いに効くことを知った。
ならばどんな魔法なら呪いを解けるの?
旅して歩いてたどり着いた水の国の街で。私は久しぶりに幼なじみの姿を見た。
見つけたのは私とルナの弟分のソルだった。
ソルは月の国では一度も着たことがなかったワンピースを着ていた。綺麗だった。ルナみたいな華やかな美しさじゃない。綻ぶ花みたい可憐な美しさだった。
ソルは笑っていた。揃いの衣装を着た男と楽しげに買い食いして、サーカスに笑って、パレードに感動して。軽やかに踊ってたふたりが柔らかく微笑むのを見て、ダメだと思った。
あんなソルは知らない。お願い、ソルをソラと呼ばないで。それはソルのお母さんと兄弟しか呼ぶことを許されてない愛称なの。私たちにすら呼ばせてくれない名前だから。
耐えられなくて時間を止めた。幼なじみが知らない人になったみたいで怖かった。
時間を止めた瞬間、ソルと踊っていた男の人がソルを抱きしめた。ソルは抵抗しない。
ソルは人に触られるの、苦手だったよね?
「…ソル、なんで」
声をかけるとソルは目を見開いた。赤いベールから覗く黒い瞳だけはよく知るもので安心できた。
「…ステラ、こんなところにいたのか」
ソルの優しい声が響く。泣いてしまいそうだった。
ソルだ。懐かしい。
ひとりで旅するのはつらくて寂しかった。ルナの呪いの責任が重かった。…ソルに全て話してしまいたかった。
思いが弾けそうになった時だった。ソルの周りで魔力が動くのに気づいた。それが拘束系のものだと気付いて顔が引きつった。
「…待って、何の魔法使う気?ちょーっと待って!私逃げないから、ね?」
「信用できな…」
「信用して!」
叫び、ソルに駆け寄る。そこでソルの纏う魔力の様子がおかしいことに気づいた。
私の家系は魔力が見える瞳を持って生まれる人が多い。私もそのひとりだ。
ソルの纏う魔力を見て悲鳴をあげかけた。
なんでソルが死の呪いを持ってるのー⁈しかも呪いを止めてなお余りある魔力がソルを守るように包んでいる。
その発生源を見ようとして目が眩んだ。魔力が強すぎて見えないのだ。
え、何したの、ソル。普通の魔導師が身にまとう魔力じゃない。怖いんだけど。
呪いのことを尋ねるとソルはあっさり答えた。曰く呪いを引き受けたのだと。バカだと思った。なんで死の呪いなんて引き受けちゃったの⁈
でも、呪いが強い魔力で止められているならチャンスだ。今のうちに呪いを解いてしまえばソルもルナも助かるかもしれない。ふたりとも死ぬことはない。
そう思って誘ったのに、ソルは首を縦には振らなかった。なんでも相棒だとかいう一緒に踊っていた男の人、カイさんとの約束を守るためらしい。
そんなの呪いを解いてからじゃダメなの?
カイさんはソルの手首を掴んで離そうとしない。それがなんだかムカムカした。
ソルは私とルナの幼なじみなのに。カイさんより私の方が一緒にいた時間は長いのに。
だからムキになっちゃった。ソルに勝負を持ちかけた。
勝つかどうかは五分五分だった。
ソルは謙遜するけど、ソルだってすごい魔導師なのだ。黒と白のどちらも使いこなすし、炎の魔法で右に出る者はいない。ソルは隠してるつもりだろうけど、彼には炎の赤がよく似合う。
ソルとの久しぶりの魔法戦は心踊った。
容赦ない魔法の応酬は学園時代を思い出す。本当はソルとルナと一緒に卒業したかった。
撃ち漏らしはソルの相棒が全て斬って防いでくれる。そのおかげでソルを打ち負かすことに集中できた。
そしてその時は来た。
ソルは学園時代から使っていたえげつない炎魔法で、私はルナを苦しめる呪いから得た知識で作った呪術で。呪術と魔法がぶつかり合う。
競り勝ったのは私の呪術だった。
ソルが最後のあがきに杖を振るう。
「…勝負ありだね」
口元に笑みが浮かぶ。
これでソルを連れて行ける。きっとソルは私のやらかしたことに気づいてるだろう。
ソルと一緒なら解呪の方法を探す旅も辛くはないと思えた。私たちの弟分は引っ込み思案なだけで、いざという時には頼りになる子だ。
膝をついたまま俯いているソルに声をかける。しかし様子がおかしい。何故かソルが動かない。
「ソラ!」
カイさんが血相を変えて飛んでくる。呪いを受けたことに気づいたのだろうか。でも、ソルはもう返してもらった。また渡すつもりはない。
「さ、付いてきてもらうよ。ソレイユ」
声をかける。名前で逃げられないように縛る。けれどソルからの反応はない。
…おかしい。なんだろう?ルナが呪いを受けた時のような嫌な予感が胸をよぎる。まさか。
カイさんに止まれと呪術で命じる。カイさんが悔しそうな顔をして私をにらんだ。
その間にソルに駆け寄る。ソルは呼吸がおかしかった。白い翼がうずくまったソルを包むように重ねられている。
「ソル?どうしたの?」
心臓が耳元でうるさく鳴る。まさか、いや、違う。ソルは死なない。だってソルは強い魔力で守られてるんだから。
顔を覗き込む。そしてようやく犯した過ちに気付いた。
「…っ!なんで!」
死の呪いが発動していた。ソルの白い顔は真っ青に染まっている。玉のような汗をかいて、ソルは胸を押さえて息を吐き出していた。禍々しい呪いがソルを守る魔力を打ち破って彼を苛んでいた。
「ソル、しっかりして!」
嫌だ、死なないで!
自分の放った呪術が死の呪いを加速させていた。急いで呪術を解く。それでも死の呪いは止まらない。
お願い、死なないで。ひとりにしないで…!
ソルを守る魔力を探る。それは胸元にあった。服の中から引きずり出す。
それは虹色に輝く青の鱗と、金粉の散る赤い鱗だった。
「これ、竜の鱗?なんでこんなものが…?」
それに触れようとしたその時だった。
「…貸せ」
すぐ後ろで声が聞こえた。はっと振り向くといつのまに背後に来ていたのか、褐色肌の男が立っていた。カイさんだ。
カイさんは私の了承を得る前に赤い方の鱗を迷いなく手に取り、ソルの口にねじ込んだ。
「ちょ、何して…!」
「うるさい」
ソルの口の中で鱗は飴のように溶けた。カイさんは躊躇なくそれをソルに飲み込ませる。
何をしてるの?竜の鱗はそのままでは食べ物にも薬にもならない。
けどその疑問はすぐ解消された。
ソルが竜の鱗を嚥下したと同時に魔力に変化が起きた。
ソルの赤金色に輝いていた魔力は金をまとった赤に変化した。真っ白な翼に金が混じる。頭の上に金色に輝くの輪が浮かぶ。
頬に赤みがさす。呼吸が穏やかになっていく。
ソルが微かに目を開けた。黒い瞳にジワリと琥珀色が滲んでいる。
「…そのまま寝ろ」
カイさんが優しくソルの頭を撫でる。ソルはふにゃりと相好を崩すと再び瞼を閉じた。すうすうと穏やかな寝ている。
カイさんはずっと引き結んでいた唇を緩めると、懐から魔法石を取り出した。それには見覚えのある。ソルの魔力を詰め込んだ赤い魔法石だった。
カイさんはそれを躊躇いもなく飲み込む。
「え」
目を見開く私の隣でカイさんもまた変化を遂げた。赤い翼に金の煌めきが混じる。完全にカイさんとソルの魔力が融合していた。
そんなバカな。
魔力は生き物それぞれによって異なる。例えば種族だったり、血の繋がった個体だったりで似通うことはある。けど全く同じになることはない。
だから白魔法などの魔法や付与効果のある呪術は、無意識化で自分の魔力を対象が対応できる魔力に変えているのだ。
しかし純粋な魔力は違う。直接取り込めば自分の魔力と反発が起こる。下手をすれば死ぬことだってあるのだ。
なのに、ソルがこれまで溜めてきた魔力を飲んで平気だなんて。しかも完全に融合させるなんて、ありえないはずなのだ。
「な、何して…」
「こいつに俺の逆鱗を飲ませた。なら俺も預けられたアミュレットを飲まないと不公平だろう」
「それソルのアミュレットだったの⁈」
それ、どっちも飲むものじゃない。まして取り込むものでもない。
「逆鱗って飲んでも大丈夫なの?毒があるんじゃなかったっけ…?」
「…あの鱗なら問題ない」
カイさんは静かに答え、ソルを抱き上げた。自然な動作すぎて見過ごすところだった。
「待って!私が勝負に勝ったんだから、ソルは連れてく!」
「…この状態のこいつをか?」
「う…」
カイさんの腕の中で眠るソルは、頬に赤みが戻ったとはいえまだ顔色が悪い。また呪いが悪化したら対処しきれる自信はない。
「…こいつなら目を覚ませば自分で呪いもどうにかする」
カイさんはそれだけ言うと屋根から降りた。周りの人が歓声を上げカイさんとソルにいたわりの言葉と賞賛を向ける。よく聞けば私への賞賛も聞こえた。…パフォーマンスが良かったと。劇の続きを期待していると。
…劇じゃないんだけどなぁ。
否定しているうちにカイさんは小舟に乗り込み、ソルを抱きかかえたまま舟を出していた。私を乗せるつもりはないらしい。
「って、ちょっと待ってよ!」
私は慌てて夜空へと羽ばたき小舟を追ったのだった。




