祭の花
祭り当日。カイは姉とその夫が選んだ祭り衣装を身にまとっていた。赤と白、差し色の金で統一された衣装だ。色味自体は相棒の衣装と同じである。
…あいつはもう着替えたか。
着替えには姉が、ヘアセットやメイクには昔馴染みの義兄が付いていたはずだ。最後まで似合わないだのなんだのと文句を言っていたが、流石に観念しておとなしく衣装を着せられている頃だろう。
あいつの部屋の戸を叩く。すぐに昔なじみの義兄が返事した。
「入るぞ」
扉を開ける。瞬間、目に飛び込んできた人物に言葉と目を奪われた。
花が咲いていた。そう例えるのが相応しい少女がそこにいた。
いつもと変わらない、気に入りの強い光を宿した瞳はそのままに。
高く結い上げられた髪には控えめの金の飾りが揺れる。その上から赤のベールが被せられ、腰の位置まで隠している。ベールに透けて見える衣装はカイと揃いの白と赤のワンピースだ。
ノースリーブのワンピースは動くたびに後付けのベルトと腰布が揺れる。赤いゆったりとして袖からは白く細い指が覗いていた。
靴は動きやすさとオシャレを両立した赤いもの。踊り子が履いているものに似ているが、作りはそれよりも頑丈そうだ。
そして首元には革紐。服の中へと伸びるその紐の先にはふたつの逆鱗が繋がっている。ソラの纏う気配に自分のものを感じ取り、カイは頬を緩めた。
全体的に可憐で可愛らしく仕上がっている。だというのにベールから覗く白い肌と華奢な身体が扇情的で、常にはない色香を咲かせる。
カイが固まること十数秒。
「…似合わないだろう」
じれたソラが卑屈を発揮した。目を伏せ自信なさげに俯く様は、それはそれで物憂げな色気を匂わせる。もはや何をしても色を纏う気がしてきた。
「…似合っている。が、出かけるのはやめだ」
「…俺なんか連れて歩きたくないということか」
「違う」
「…ならなんでだ」
ソラがきょとんと首をかしげる。見た目に合わぬ幼げな仕草だ。それもまた愛らしく感じる。ついに俺も頭が沸いたのか。カイの眉根が寄る。
「…紛れもなく竜だな」
「…うるさい」
姉の呟きを一掃する。俺はあんたの夫ほどいかれていない。そう思いたい。
姉は上品な黒のドレスを身にまとっていた。金の装飾が眩しい。義兄が仕立て上げたのだろう。義兄の色のドレスは姉によく似合っていた。…独占欲が強すぎる。
だが、今だけは昔馴染みの義兄の気持ちが分かる気がした。
「せっかく綺麗にしたんだ、楽しんでおいで」
義兄がにっこり笑う。そのまま外へと促された。
「僕らは僕らで楽しむから、カイちゃんたちも屋台とかパレードを楽しんでおいで。舟はそこに止めてあるのを使っていいからね」
義兄はそう告げて扉を閉めた。ややあって姉の怒鳴り声が聞こえる。続いて義兄の縋る声。ため息が溢れた。
「…行くか」
「ああ」
誘えばソラはすぐに頷いた。この場にいるのは気まずかったのだろう。
小舟に乗り込む。ソラが座席に座ったことを確認し舟を出した。
舟を出せば浮き足立った街の雰囲気が押し寄せてくる。水路のそばの家では竜を模したランタンが飾られている。
舟を漕いで姉に勧められた街道へ出る。ここは美味い屋台が並んでいるらしい。さらにサーカスや街の中心を流れる大きい水路で行われるパレードも観れるという。
適当な船着場に舟を繋ぐ。
カラフルなランタンが街のあちこちに飾られている。ランタンは夜空を飾り、水面に色とりどりの花を咲かせた。
「降りれるか?」
「ああ、すまない」
先に降りて手を差し出す。ソラは自然な仕草で手を重ねた。繋ぐとわかるが、肌の色が全く違う。
己の浅黒い肌とは違う白い肌だ。心臓が高く跳ねた。…なんだ?疑問に思うが心臓が跳ねたのはその一度きりだ。理由はわからない。
「ここら辺は屋台が多いんだな」
「…ああ。美味いものが揃っていると聞いた」
「そうか。なら早速回らないとな!」
ソラが目を輝かせる。楽しみだと表情が物語っている。笑顔がキラキラして見えた。
「…ああ」
小さく頷き祭に活気づく街を歩き出した。
安っぽいが美味い屋台の串焼きや甘じょっぱいソースがかけられた焼きイカを頬張る。香辛料が香る麺は食欲をそそる。
ひとつ買い、ふたりで分けて啜った。口の中に広がる辛さと豚骨のこってりとした脂が腹を満たす。
甘いとうもろこし焼きはソラの気に入りになった。
屋台で食べ物を買い漁っていると近くの路上でサーカスが始まる。火を吹く男に輪くぐりするモンストロ、ゴーレムの曲芸。どれも愉快であちこちで笑い声と歓声が響く。
こういう空気は嫌いではない。サーカスは初めてだと目を輝かせる連れとその場の雰囲気を楽しんだ。
それから水路のパレードを見た。この辺りはちょうど高台になっているらしい。パレード全体を上から見下ろすことができる。なるほど、確かにここは穴場だ。
教えてくれた姉に感謝する。
竜を模した飾りを付けた大きな舟を先頭にいくつもの船が並ぶ。先頭の船の上には竜の亜種と呼ばれているモンストロが乗せられ、魔物使いの指示に従って魔法やダンスを披露していた。
その後ろに続くのは踊り子たちを乗せた船だ。踊り子たちは水路の近くから見ている観客にサービスしながら鮮やかに舞う。
他にも火を操るゴーレムの船に水魔法で水路を彩る魔法使いの船などが続く。船ひとつひとつのパフォーマンスが合わさり、賑やかで華やかな世界を作り出す。
「…すごいな」
隣で小さな呟きが聞こえた。見ると赤いベールの下で黒い瞳が幼い子どものように輝いていた。握りしめた拳がプルプル震えている。
町中に軽やかな音楽が鳴り響く。周りの人たちが顔を見合わせる。
大トリ船が現れる。水の国の王子や姫に貴人、そして王家専属の踊り子を乗せた船だ。
「さあ、皆さん。踊りましょう!」
王子の掛け声を皮切りに街の人々が手を取り合う。笑顔の花が咲いていく。周りが思い思いに踊り始める。
人の波の中でカイはチラリと隣の少女に視線を向けた。少女は男の視線を正しく受け取った。彼女は普段は見ることのない完璧な愛想笑いを浮かべる。
「今宵、貴女と踊る名誉を私にくださいませんか?」
まるでダンスに誘う貴公子のようだ。手を差し伸べる仕草も表情も様になっている。祖国では貴公子だったのだ。
黒い瞳が挑発的に煌めく。こういうところが少女らしくなく、しかしこの少女らしいことを彼女は気づいているだろうか。
男は小さく笑みを浮かべる。
「…望むところだ」
手を取る。足が自然と動き出す。
手を取り、クルリと回ってステップを踏む。正しい踊り方なんて知らない。心の赴くままに足を運び、失敗しては笑い合う。
楽しいと。確かにこの時感じたのだ。
色とりどりの灯りが、揺れる水面が、鮮やかな景色がくるくる回る。
ふわりと広がる赤い布はどちらのものか。取り合った手からひとつになっていく。そう感じた瞬間だった。
黒の瞳がハッと見開かれる。咄嗟に目の前の華奢な体を抱き寄せた。一瞬遅れてキィンッと耳鳴りがした。
なんだ。状況を把握する前に声が届いた。
「…ソル、なんで」
甘さの残る少女の声だ。目を向ける。セピア色の世界に銀髪に青い瞳の少女が立っていた。そいつ以外の周りの人間たちは時を止めたかのように動きを止めている。
腕の中でソラがもぞりと動いた。黒い瞳が零れ落ちるんじゃないかと思うくらい見開かれた。
「…ステラ」
唇から紡がれたのは相棒である少女の幼なじみの名だ。愕然と目を見開く相棒を強く抱きしめる。例え相手がこいつの幼なじみでも、この女を死なせるわけにはいかない。
この状況を作った、そして呪いに関係している少女から相棒の姿を隠す。しかし相棒たる少女はそれを良しとしなかった。
「…こんなところにいたのか」
呟くと、ソラはどこからともなくいつも使っている杖を取り出したのだった。




