藤色の竜の心配
翌日、リヒトにラピスラジーで人気だという服飾店に連れていかれた。カイとウィステリアは姉弟で甘味を食べに行くらしい。俺もそっちが良かったのだが。
「ソラちゃんは綺麗系だから可愛いものよりシンプルなものの方が似合いそうだね」
「…そうか」
「カイちゃんもシンプルな方が好きだと思うし、シンプルで上品な感じに仕上げよっか」
「…よろしく頼む」
矢継ぎ早に言葉が飛んでくる。リヒトなら変なものは選ばないはずだ。とりあえずわからなくても頷いておく。
「マーメイドドレスとか良さそうだけど、露出度が高いからあまりオススメできないし…。Aラインは可愛いものばかりだしなぁ」
リヒトがブツブツ言いながら商品を物色する。何気なく選んでいる色が赤と白だ。カイの昨日の言葉通りのものを選ぶつもりなんだろう。
「…ねえ、ソラちゃんはどう思う?」
「シンプルなもので頼む…」
「やっぱりそうだよねぇ」
リヒトが薄い布地を重ねたワンピースが並べられたエリアに入っていく。装飾品は少ないが色は派手なものが多い。あれを着こなせるのか…?
疑問に思いながら後をついていく。
綺麗に並べられた服をひとつひとつ見ていく。どれも煌びやかで華やかだ。俺に似合う気がしない。
こういうのはルナやステラの方が似合うだろう。
なるべくシンプルなものを。いくつもの服を見ていく。その中でふとひとつのワンピースが目に留まった。
白のワンピースに落ち着いた赤の腰布が洒落たベルトで留められているものだ。ゆったりとした腰布と同じ色の袖が付いているのもポイントが高い。
これならベールを被るし、そこまで見苦しくはならないだろう。
「あ、それが気に入った?」
「ああ。綺麗な赤だ」
「うん、可愛いね。じゃあこれにしよっか。靴はどうする?」
「これじゃダメか?」
「ブーツかあ。悪くないはけど、新しいの買ってあげるね」
「え、いや、自分で払うが…」
「年下は遠慮しないの!僕の妹になるんだからもっと甘えていいんだよ!」
「…妹?」
首をかしげる。竜と兄弟の契りを交わす予定はない。
「まだわからなくていいよ。ほら、次行こう!」
いつのまにか会計を終えたリヒトが手招きする。手口が鮮やかだ。こういうのを紳士的なエスコートって言うんだろうか。
それからあちこちリヒトに連れ回された。靴屋に宝石店、雑貨屋、化粧品売り場…。そうして買い揃えたものは全部リヒトが持っている。
「俺の荷物だ。俺が持つ」
そう言ったのだが断られた。
「女の子に荷物は持たせられないよ」
だそうだ。これが本物の紳士か。カイの知り合い、すごいな。俺も見習いたいところだ。
無事『蜜藤の庵』に帰り着く頃には日が沈みかけていた。
先に帰っていたらしいカイとウィステリアが出迎えてくれる。
「おかえり。遅かったな」
「ただいまー!つい買いすぎちゃった」
「お前はいつでも身内に甘いな」
ウィステリアがリヒトの持つ荷物を見て呆れている。その向かいでカイが黙ってコーヒーを啜っていた。
「今戻った」
「ああ。あんたもコーヒー飲むか?」
「角砂糖いつ…」
「みっつだ」
最後まで言わせてもらえなかった。
ミルクたっぷりのコーヒーに角砂糖がみっつ落とされる。コーヒー牛乳を吸ってじわじわと形が崩れていく角砂糖をスプーンで一気に潰した。ザクザク、くるくる。
コーヒーの香ばしい香りとミルクの甘い匂いがふわりと香る。コーヒーの匂いは好きだ。そして甘いコーヒー牛乳は大好物だ。
温かいコーヒー牛乳を一口飲む。ほろ苦い甘さがじんわりと口の中に広がった。美味しい。
コーヒー牛乳を堪能していると、カイが後ろから紙袋を取り出した。
「そら、受け取れよ」
紙袋を差し出される。どうやら俺にらしい。
「なんだ?」
中身を見てみると薄い布でできた何かが入っていた。取り出してみる。落ち着いた赤のベールだった。
「これ…」
「リヒトはベールは買ってなかっただろう」
チラリとリヒトが下ろした紙袋の山に目をやる。確かにリヒトはベールを買ってなかった。その代わりやたらと髪飾りやそれを留めるピンにリボンを買い込んでいた気がする。
「…そうか。ありがとう」
「…気に入ったならそれでいい」
カイがふっと笑う。この男は意外とよく笑う。それに気づいたのはこの国に来てからだ。
鎧で顔が隠れているのとそうでないのでは、印象がだいぶ違うのだな。いつもそうしていれば怖がられることもないだろうに。何故かこの男はあの黒い鎧を着たがる。
「…結局赤なのか」
「そうだよ。あ、ウィリーちゃんのは黒と金だからね!」
「…好きにしろ」
ウィステリアが呆れている。黒と金はリヒトの色だ。つまりそういうことだろう。
改めて指定された色を思い返す。赤はカイの色だが、最近は俺もよく赤を身につける。リヒトのような意味はなく、ただ見慣れた色を指定しただけだろう。
俺も赤は落ち着く。
「…当日楽しみにしてる」
「…俺も楽しみにしてるぞ、色男」
ニヤッと笑ってみせる。目の前の男は負けずにニヤリと笑った。
「期待していろ」
そう告げた琥珀色には本気の色が宿っていた。
夕飯を食べ終え、すっかり夜も更けた。
読み進めた母の魔導書の翻訳はもう終わっている。魔導書にはどうやらふたつの魔法が書かれているらしいことがわかった。どちらも白魔法なのだが、性質が全く違う。
そこまではわかったのだが、肝心の魔法の使い方や理論がよくわからない。そもそも考察があちこちに飛んでいて読みにくいのだ。
そして最後の数ページ。メモ書き程度に書き足された魔法は禁止、抹消されて久しいはずの太陽帝国の古代王族が使っていたとされる魔法が記されている。
悔しいことにこちらの方が読みやすく、理論もしっかりしている。火と光を操る禁術だ。使えそうだと、そう思ってしまいそうな魔法だった。
…禁止、抹消された魔法ということはロクなものではないのだろうが。しかも天使の末裔が作ったと言われている日の国の禁術だ。ひとつ間違えたらあたり一帯が焦土と化す。
こちらの魔法は使う気はない。理論だけ読んで楽しむ程度に止めるつもりだ。
魔導書のページを捲る。理論がわからない箇所を理解するための文献も開く。机いっぱいに広げられた魔導書の内容を整理して紙に書き写していく。
書き写したものは紐で閉じて異空間にしまってある。いつでも読み返せるようにし、空き時間に復習してるのだ。
まるで学園のテスト前だな。思い当たって苦笑する。テスト前はよくルナとステラとワイワイ言いながら勉強用ノートを作ったものだ。
ノートを作っていると不意にドアがノックされた。
「…開いているぞ」
返事するとややあって扉が開いた。ふわりと薄紫のカーディガンが広がる。
訪ねて来たのはウィステリアだった。
「ウィステリア…?」
「邪魔するぞ」
ウィステリアはそれだけ言うと部屋に入り扉を閉めた。さらりと長い髪が揺れる。
「…こんな夜更けにどうしたんだ?」
心当たりがない。尋ねるとウィステリアはひとつ頷いた。
「貴様に聞きたいことがあって来た」
高圧的な言い方だが、目には気遣いの色が浮かんでいる。何か思うところがあったのだろうか。
「…とりあえず座ってくれ」
「すまないな」
備え付けのソファを指す。ウィステリアは一言断ってソファに腰掛けた。
ノートを閉じる。これ以上今夜の解読は難しいだろう。椅子を移動させてウィステリアの向かいに座る。
沈黙が落ちる。ウィステリアは言うかどうか迷ってるようだ。口を開いては閉じてを繰り返している。
沈黙が重苦しい。ふとそう思うのも久しぶりだと気づく。最近は静かなのにも慣れてきたと思っていた。しかしそれはカイとの間だけだったようだ。
「……それで、聞きたいことってなんだ?」
まどろっこしいのは苦手だ。会話も得意ではない。気の利いたことは言えず、結局直接聞いてしまった。
ウィステリアの藤色の目にロウソクの火が揺れる。彼女はひとつ息を吐くと俺を見据えた。その目にはカイと同じ、まっすぐな光が宿っている。
「…貴様とカイのことだ」
「…ああ」
「貴様とカイは番でも恋人でもない。旅の相棒だという認識で合ってるか?」
女性にしては低い声が夜の闇を飛び越えて届く。緊張の糸がピンと張り詰める。触れれば切れてしまいそうな糸だ。
ひたと俺を見つめる藤色はまっすぐだ。そのまっすぐさにカイの面影を見た。あの男の面影に勇気づけられる。
「…合っている。俺とカイは相棒で、友人だ」
「…そうか」
ウィステリアはひとつ頷くと瞑目した。そして次に目を開く時には、藤色の瞳いっぱいに気遣いの色が見えた。
「なら早めにあいつから逃げた方がいい」
「…は」
「竜は愛が重い生き物だ。惚れた相手を手に入れるためなら地の果てまでも追いかけてくる」
私を探す神竜のことは知っているだろう。
付け足された言葉には頷く。だが、誰が誰から逃げろというのか。俺に惚れている竜なんているはずがないだろう。
今まで出会ってきた竜人を思い浮かべては否定する。カイは相棒で気の合う友人だ。クレインとリヒトには既に愛する人がいる。他にどこの物好きが俺なんかを見初めるというのか。
「きっとお前にも自覚がないんだろう。だが、ぼやっとしてると気づいたら逃げられない状況になってしまうぞ。私のように」
真剣な顔でウィステリアは続ける。私のように、と告げながら腹を撫でる。その仕草に首を傾げた。
「その腹の子はあんたの夫との子だろう」
ふたりは仲の良い夫婦だろう。逃げる必要性を感じない。
「…そうだが。こうなる以前からあいつは用意周到に外堀を埋めていた。…ソラも逆鱗を渡されているだろう」
そう言われ、まさかカイのことかと目を見開いた。
「…確かに貸してもらっている。だが、これは呪いが解けたら返す予定のものだ」
「それだ。貸すとか、返すとか、耳障りの良い言葉で逆鱗を渡しておいて婚約成立させるのが竜の男の常套手段なんだ」
悪い事は言わない。弟と結ばれるつもりがないなら早めにそれを返して身を隠した方がいい。
ウィステリアに手を握られる。そこは悪い女に弟が騙されていないか心配するところじゃないのか?なんで俺の方が心配されている。
「…俺よりカイの心配をしてやってくれ」
「いや、お前の心配で合っている。…お前も竜に追われて故郷を炎の海に沈めたくはないだろう」
藤色の瞳に仄暗い色が灯る。竜の村での惨劇を思い出しているのか。
確かに月の国を炎の海に沈めるつもりはない。カイがそんなことをするとは思えないが。
それに万が一渡された逆鱗の意味がそういう意味だったとして、だ。こんな俺を娶りたいと思うような酔狂な男がいるのなら、願ってもいない幸運だ。謹んで受け入れよう。
そしてその相手がカイだというのなら、なんの問題もない気がする。例え婚姻を結んだとして、今の生活が大きく変わるとは思えない。居心地の良い旅が一生続くというのも幸せかもしれない。…想像するだけ虚しい夢物語だが。
「…そうなったら素直に婚姻を結ぶ」
「…いいのか?」
「ああ、カイだからな」
頷くと、ウィステリアはほっとしたような、やはり心配そうな表情を浮かべた。
「…そうか、ならいいが。もし気が変わったら早めに言ってくれ。逃亡に手を貸してやろう」
「…ああ、感謝する」
軽く会釈するとウィステリアはやっとほっとしたように笑った。
「私からの話は以上だ。夜遅くにすまなかったな」
「いや、いい。気にしないでくれ」
「ああ。早めに寝るんだぞ」
「努力する。おやすみ」
「おやすみ」
藤色の竜が部屋から出て行く。パタンと扉が閉まり、ほっと息を吐いた。
まさか心配されるとは思わなかった。カイが俺に惚れているなんてありえない話だが、ウィステリアはそう感じなかったのだろう。
…それにしても竜は愛が重い、か。
愛情深いならどこかで聞いたことがあるが、愛が重いは初めて聞く言い回しだ。…いや、神竜のことを思うとあながち間違いでもないかもしれない。
だからこそ、この平穏を守るために神竜を討伐しにいくのだ。
「…それまでに回復呪文の威力を上げておきたいな」
呟き、あと少しだけと言い訳して魔導書を開くのだった。




