祭の誘い
とりあえず『蜜藤の庵』の中に通された。今日の営業はこれでおしまいだそうだ。
「ここにいる間はここに泊まっていくといい。部屋は余ってるからな」
「はい、コーヒー。カイちゃんは角砂糖ひとつとミルクだよね」
「………ああ」
カイが珍しく世話を焼かれている。
それにしても蜂蜜の瞳の男、リヒトは世話好きのようだ。甲斐甲斐しく藤の姫君もといウィステリアの口に菓子を運んだか思えば、コーヒーを人数分入れてくる。俺にも、
「ソラちゃんは砂糖いくつ?」
と聞いてくるくらいだ。
俺が女だということは一目でバレた。竜は性別すらも見破れるのだろうか。
「…いつつ」
「みっつでいい」
「…カイ」
「病気になる。命を縮めるようなことはするな」
「………心配しすぎじゃないか?」
どうやらこの男は俺が引き受けた呪いが気になって仕方ないらしい。こうやって少しの危険でも遠ざけようとする。
…戦闘面で遠ざけられることはないが。その辺りの判断基準はイマイチわからない。
「…まるで数年前のお前を見てるみたいだ」
ウィステリアが呆れた顔をする。対してリヒトは甘ったるい笑みを浮かべて、
「そうだったかな?」
と惚けた。蜂蜜色の瞳はさらに甘ったるい。
今まで出会ってきた既婚者(?)の竜はみんなこんな風に番に甘い。甘さに違いはあれど、番を甘やかしていることは変わりない。
人間の夫婦に生まれ、そこそこ仲の良い夫婦を見てきた俺としては少々…いや、だいぶいたたまれない。
「…それで」
カイが口を開く。琥珀色の瞳が鋭い光を帯びた。
「あの神竜にはあれから一度も見つかってないのか?」
低く空気を震わせる。冗談を言い合っていたリヒトとウィステリアも真顔になり、頷いた。
「リヒトが私の竜としての力を封じ込めているからな。今のところは誤魔化せている」
「見つかる可能性は?」
「今のところないよ。おかげでのびのび暮らせてる」
ふたりの言葉にほっと息をつく。あれから一度も、カイの村のような惨劇は起きていないらしい。
話を聞くと、ふたりは村を逃げ出した後、いろんな街を転々としていたらしい。その後、竜の気配が多い水の国にたどり着いた。竜を隠すなら竜の中というわけだ。
水の国の中でも暮らしやすい街を探して、見つけたのがラピスラジーらしい。ここでふたりはレストランを開業したのが3年前。それからリヒトはシェフとして、ウィステリアはウェイターとして働きながら暮らしてきたらしい。
そして今、ウィステリアのお腹の中には子どもまでいるのだとか。普通に幸せに暮らしていたようだ。
「あの神竜が追ってるのはウィリーちゃんの竜の目だからね。それ以外は無関心だし、いざとなったらまた僕がウィリーちゃんを乗せて逃げるよ」
リヒトがにっこりと笑う。その笑みにはほんの少しの翳りが見えた。
「…そんなことはさせない」
カイが小さく呟く。その言葉が何を指しているのか気づき、俺は心の中で頷いた。
この平穏を守るために戦うのか。
それなら別に悪くない気がした。まだこの街に来て一刻も経っていないが、それでもこの街を壊したくないと思った。カイの兄弟ならば、その平穏を守ってやりたいとも思った。
「え?」
リヒトとウィステリアは聞き取れなかったらしい。もう一度、とねだる。
「…なんでもない」
「…そう?」
「ああ」
「…そっか。ねえ、カイちゃん。そこまで心配しなくても大丈夫だよ」
リヒトが優しく笑う。見れば誰もが安心するような笑顔だ。
「僕らはちゃんと生きていける。知ってるでしょう?僕ら、強いんだ」
「…知っている」
カイが唸る。
「カイ。私は紫を継ぐ竜で、リヒトはこの私が選んだ竜だ。何も心配するな」
ウィステリアがニッと笑う。その勝気な笑みはカイによく似ていた。
兄弟だな、と思う。言葉も態度も違うが、どこか雰囲気が似ている。きっと戦闘狂なところも似てるんだろう。
「本当は私が神竜とやらを切り刻んでやりたいところだが。今はお腹の中にやや子がいるし、私が神竜と戦うと言うとリヒトが泣き叫ぶから何もできないんだ」
なんて残念そうにしている。そのくせお腹を撫でる手つきは優しい。
柔らかく微笑む顔は確かに母の顔だ。物騒なこと言っているわりに穏やかに感じられるのはその表情のせいか。
「それだけはやめてくれ」
リヒトも本気だ。その気持ちは理解できる。この兄弟、まさかふたりで神竜退治とか言い出すんじゃないだろうな。そうなったらたぶんリヒトも出てくる。前衛3人、サポートひとりだ。忙しすぎる。4人の戦闘時のサポートの仕方も考えておくべきだろうか。
「…ともかく、私たちは大丈夫だという話をしたかったんだ。封じてはあるが、力は蓄えてきた。子を産んだ後なら、やや子とこの街を守りながらでも戦える」
ウィステリアの藤色の瞳に好戦的な光が宿る。リヒトはため息をつきつつ苦笑している。
「そんなことさせないけどね。ねえ、カイちゃん、心配なら僕らと一緒に住む?ソラちゃんも一緒に。ね、ウィリーちゃん」
「ああ、私は構わんぞ」
ふたりがどうだ?と期待に目を輝かせる。断るのは忍びない。
しかし、そうするには俺もカイもまだやるべきことを残している。神竜への復讐に行方不明の幼なじみ、死の呪いと幼なじみにかけられた眠りの呪い。ここにとどまるにはやるばきことが重すぎる。
「…俺たちは俺たちの好きにする。旅をやめるつもりはない」
「まだやり残したことがあるんだ」
首を横に振る。ふたりは残念そうに眉を下げた。
「…そっか。ならせめて、この街のお祭りだけでも楽しんでいってよ!明後日からお祭りが始まるんだ」
「竜舞祭だな。美味いものをたらふく食べられる祭だ。面白いぞ」
「待って、ウィリーちゃん。誤解されるような言い方はやめよう?」
「…違うのか?」
「違うよ!ダンスにサーカス、演劇、それにパレードもあるでしょ?美味しいものならいつでも僕が作ってあげるから!」
リヒトが嘆く。ウィステリアの認識は食べ物に限定されているらしい。そんなのもあったな、とウィステリアはおかまいなしだ。
…美味いものをたらふくか。ちょっと羨ましい。想像するとお腹がすいてきた。
「…カイ」
「…行きたいのか?」
「…うまいもの」
「あんたもか」
カイに呆れられる。仕方なさそうに笑う顔はウィステリアよりもリヒトに似ていた。
「あ、ソラちゃんも参加したい?なら当日は可愛く決めよう!3日間とも、夕方からはみんな踊りに参加するから、動きやすいドレスを用意するよ」
「…毎年私に贈るようなやつか」
「あれは特別製。ソラちゃんのは間に合わないからお店で買ってきたやつだよ」
リヒトがにこにこと笑う。
可愛く決める?誰が?…俺なのか?
それは困る。俺は城に閉じ込められたくはない。だからずっと男のフリをしているというのに。
「……服ならこれでいい」
「だーめ!カイちゃんも可愛いソラちゃん、見たいでしょ?」
リヒトがカイに視線を送る。慌ててカイのほうを見た。お願いだ、断ってくれ…!
カイがちらりと俺を一瞥する。琥珀色の瞳に射止められた。
「…女に化けてた方が見つかりにくいんじゃないか?」
カイの唇から紡がれたのは慈悲のない言葉だ。俺はいくらあんたの相棒でも、聞けないことだってあるんだからな。
「…ワンピースなら持っている」
「うんうん。ソラちゃんは何色が好き?」
「いや、だから…」
「黒髪で肌が白いから鮮やかな色の方が映えるかな?」
「あの…」
「…諦めろ」
前から小さなつぶやき声が聞こえた。ウィステリアだ。彼女は虚ろな目をして首を横に振った。
「ああなったらリヒトは最後までやり通す」
「…回避は」
「不可能だ」
「すまん。ここの宿代だと思ってくれ」
「余計拒否しにくくなった…」
うなだれる。カイに助けを求める。首を横に振られた。ふたりが言うならそうなんだろう。
…カイの方が細かく震えている。
「…女装するのか」
「あんたは女だろう」
「そうだよ、ソラちゃん!女の子なんだから、おめかししよう!」
リヒトが叫ぶ。拳を握って、頬を染めて、力説する。曰く、おしゃれした女の子はいつもの何百倍も輝くのだと。そんな輝き、俺には必要ないだろう。
「…着飾ったあんたは綺麗だと思う」
カイがボソリと呟く。見ると琥珀色の瞳が愉悦を孕んで細められていた。
「あんた、楽しんでるだろう…!」
「…そんなことはない」
目をそらされる。背中を向けられてすぐ、ククッと笑いが漏れた。
絶対笑ってるだろう!ひとごとだからと気楽なものだ。
普段男の格好をしているせいで、女の格好は慣れないのだ。見られるのは気恥ずかしい。実は成人の日のワンピース姿を見られたのも恥ずかしかった。平常心を取り繕うので精一杯だったのに。
男みたいな俺には似合わないだろう。男として生きるならドレスは必要なかったのだ。
それにドレスならローブは着れない。被り慣れたフードがなくなるというのも不安を煽る。
「色は赤と白、挿し色は金でどうだ?」
「…俺は着ないからな」
「ベールも用意する」
「…あんたは俺を踊り子に仕立て上げる気か」
楽しげな隣の男を睨む。男はいつになく楽しげな様子で琥珀色を柔らかく細めた。
「顔を隠すためだ」
「…拒否権はないのか」
「ないよ!」
「ないな」
「諦めろ」
3人それぞれから否定の言葉が返ってくる。なんでだ。
初対面の竜から女装を強要される理不尽さにため息を落とすのだった。




