竜たちの再会
人に戻ったカイと関所を問題なく通過し、水の国の町のひとつ、ラピスラジーに入る。風の国と離れているため昨日の騒ぎの知らせは届いていないみたいだった。
街に入ると照りつける太陽に眩しく輝く白やピンク、水色のレンガの建物が目に入る。そしてそれよりも目につくのは関所のすぐ前を流れる水路だ。
ラピスラジーは水の都と呼ばれている。
ラピスラジーはもともと降水量が多く、川が氾濫しやすかった。それを整備して水路にし、飲み水以外にも移動の手段として生活に活用している。そのためラピスラジーの人は水がないと生きていけないとまで言われていると、どこかで聞いたことがある。
実際、街のあちこちを繋ぐ水路には多くの船が浮かんでいる。ここでは移動には辻馬車の代わりに船に乗るらしい。
「詳しい場所は聞いてある。行くぞ」
カイがスタスタと船乗り場に歩いていく。
「ま、待ってくれ!」
慌てて追いかける。ここで置いていかれたら確実に迷子になる。小走りで追いかる。カイは立ち止まって待ってくれていた。
船乗り場に到着する。数人の客を乗せる用の小さな船が多い。船のひとつに近づく。船頭がこちらを向いた。
「ラピスラジー西地区、3番地の『蜜藤の庵』まで頼む」
カイが淀みなく行き先を指定する。船頭は快く頷き、
「まいど!それじゃあその重そうな鎧脱いで船に乗ってくれよな」
と快活な声をあげた。
「…鎧を?」
「おう。鎧は重いんだ。乗せると船が沈んじまう」
堪忍してくれや。船頭はそう笑い飛ばした。
だが目が本気だ。言うことを聞かないと本気で沈む。船頭の目がそう告げていた。
「…しまっとくか?」
「…頼む」
苦々しげに頷く。そんなに鎧が落ち着くのだろうか。
カイは手早く黒鎧を脱ぐと俺に渡していく。それをひとつずつ異空間にしまう。流れ作業だ。
それを見ていた船頭が感心したように頷く。
「こりゃあたまげた!お兄さんは魔導師かい?」
「ああ。魔導師は珍しいのか?」
「いんや、魔導師自体は珍しくねえんだ。ただその荷物をしまう魔法が珍しくてな」
「…ああ、ここら辺ではあまり使われていない魔法なのか」
月の国ではよく使われていた魔法だから気づかなかった。ラピスラジーは水路で荷物を運ぶからこの魔法は不要なのだろう。
「そうさなぁ。ここにゃあ自慢の水路があるからな!」
「ああ」
この街らしいと思う。その土地その土地のらしさはひとつひとつが違ってみんな綺麗だ。らしさを見るのは楽しい。
そこにカイがいれば、その景色は居心地の良いものに変わる。ここまで来たからこそ、カイがいると安心するのだ。
船に乗り込む。進行方向と逆向きに座った。カイが酔いやすい体質だと困る。最悪俺が酔っても、カイなら肩に担いで運んでくれるだろう。
「…あんた、船酔いしないのか」
「…初めて乗った時は酷かった。だが大丈夫だろう」
「…辛くなったら言え」
「わかった」
「よーし、出発するぜー!」
船乗りがゆっくり船を漕ぎだす。景色がのんびり流れていく。
幸い船はあまり揺れなかった。
流れていく街の風景を楽しんでいると、
「ソラ」
と名前を呼ばれた。
「なんだ?」
「約束のものだ」
握り込んだ拳を突き出される。思わず手を差し伸べると、手のひらに硬いものが落ちた。赤に金粉が混じる桜貝ほどの鱗だ。先ほど言っていた逆鱗だろう。
「…感謝する」
小さく告げ、逆鱗に開いた小さな穴にペンダントの紐を通す。虹色に輝く青の鱗と金粉の散る赤い鱗は並んでいてとても綺麗だ。
触れた途端古代竜の逆鱗よりも柔らかいものに包まれる。陽だまりみたいに温かい。きっとこの逆鱗の持ち主の竜の魔力だろう。白魔法の祈りから生まれた魔力に似ている。
そっと服の中にしまいこむ。相棒から譲り受けた大事な魔法素材だ。なくしなくはない。
アーチ状の橋をくぐり抜ける。再び建物の間から日が差す。
水路の向こうに白いレンガに黒い屋根の建物が見えた。玄関先には薄紫の花が垂れ下がる植物の屋根がある。
「あそこが『蜜藤の庵』、ここらで一番美味い食事処さ!」
船頭が自慢げに案内する。
「あそこが…」
あそこにカイが探していた兄弟と知り合いがいるのか。唾を飲みこむ。
ちらりと相方を見る。男はジッとその建物を見つめていた。表情からその感情は読み取れない。しかし琥珀色の瞳は期待と喜び、戸惑い、不安、そして少しの怒りが読み取れた。やはりわかりやすい男だと思う。
船がゆっくりと岸辺に付けられる。
「お題は銅貨1枚だよ」
「ああ」
カイが懐から銅貨を取り出す。
「まいどあり!」
船頭はニカッと笑った。
「良い景色だった」
俺も感想を告げて船から降りる。
「また乗ってくれよー!」
船頭は元気よく手を振って船を出した。次の客を迎えにいくのだろう。
船頭を見送り、薄紫の花の簾に歩を進める。
「…藤だ」
カイが小さく呟いた。
「…これが藤なのか?」
「…知らなかったのか」
「ああ。藤って花が紫色だということは知っていたんだが、祖国にはなかったから見たことはないな」
「そうか」
藤の簾を眺める。静かに甘い香りを漂わせて咲く藤は、可憐で気品がある。高貴な姫君のような花だ。
この花に例えられたカイの姉はどのような人なのだろうか。緊張が胸を締め付ける。
ふと視界の端に煤色とも薄い茶色とも言える、形容しがたい色がよぎった。そちらを一瞥する。そこには藤の姫君が佇んでいた。
「…カイ」
思わず前を歩く男の袖を引く。
「…どうした」
「あの人…」
藤を眺める女性を指す。その時女性がふとこちらを向いた。カイの目が見開かれる。
「…姉さん」
漏れ出た低い声。女性がハッと“藤色”の目を見開いた。
「お前…カイか?」
女性にしては低い、艶のある声だ。カイが小さく頷く。
「…カイ。…そうか、カイか」
女性はしみじみと頷き、藤色に薄い水の膜を張る。
「おい、リヒト!カイが帰ってきた!」
「本当かい⁈」
…ことはなかった。大声でモノクロの家に叫ぶ。瞬間、バタン!と大きな音を立てて黒い扉が開き、大柄な男が飛び出してきた。
日に透けると青にも見える黒髪に蜂蜜色の瞳の男だ。…カイが探していた竜と同じ色合いである。
「カイちゃん!よかった、生きてたんだね!」
男は駆け寄ってくるとそのままの勢いでカイに抱きついた。その後ろから女性が小走りで駆け寄ってくる。
「…おい、離せ。馴れ合うつもりはない」
「わぁ!本物のカイちゃんだぁ!」
「な、本物だろう?」
「ふふっ、そうだね!」
「おい、聞こえてるのか」
カイの声が不機嫌そうに響く。一見迷惑そうにしてるが、その実喜んでいることはわかっている。だって唇が柔らかく弧を描いているし、目はキラキラしてるのだ。
止める必要はないな。
フードの下で微笑ましく見守ることにする。俺はこの場では部外者だ。カイがもみくちゃにされているところを高みの見物できる機会なんてそうそうない。
そう思うことができたのも少しの間だけだった。
「まさかあのお前が嫁を連れてくるとは思ってなかったぞ」
女性が柔らかく微笑む。その言葉に首をひねる。嫁と呼ばれるような人物、連れてきていただろうか。
「…あいつは嫁じゃない。相棒だ」
「人生の相棒ってことだね!」
「違う!」
待て。嫁って俺のことか。
カイが大声で否定した。
「だってカイちゃん、逆鱗渡してるでしょう?あれ、そういう意味じゃないの?」
蜂蜜の瞳の男がきょとんと首をかしげる。いかつい男がしているというのに、その仕草はどこか幼く可愛らしく見える。謎だ。
だがこのままじゃ埒があかない。カイのためにもあらぬ誤解は解いておくべきだろう。
「…これは俺を死なせない為にとカイから渡されたものだ。そういう意味じゃない」
カイの代わりに答える。俺からも否定すれば信じてもらえるのではないか。そう期待したが、
「…なあ、リヒト。あの女、何か勘違いしてないか?」
「…そうみたいだね。竜が逆鱗を渡す意味、知らないんじゃないかな」
とひそひそ話が始まってしまった。別に勘違いしてるわけじゃない。本当にカイは俺の呪いの為に逆鱗を貸してくれているだけなのだが。
「カイは口下手だからな。うまく伝わらなかったんだろう」
「それ以前にカイちゃんが自覚してないって可能性もあるよ」
「…厄介だな」
「…そうだね。うーん、どうしたものか」
男はカイをギュウギュウ締め付けながら思案する。いい加減カイが苦しそうだ。ぐったりしている。
「カイ、カイ。大丈夫か?」
「…大丈夫そうに見えるか?」
「見えないな。今助ける」
男の腕からカイを脱出させようと試みる。
…なんだこの男、力が強すぎないか。どれだけ力を入れて引っ張ってもビクともしない。
「よし!僕たちがアシストしてあげよう!」
男が名案だ!と言いたげに表情を明るくした瞬間。
「いい加減にしろ!」
カイが男の顎に頭突きをかましたのだった。




