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物思いの夜


窓からオレンジの光が差し込む。本を置き、エメラルダやマリーとお茶を飲んだのが数刻前。

それからまた本を読み、気づいたら影は黒く、長く伸びていた。

「今日は助かった。ありがとう。…菓子も美味かった」

屋敷を出る間際。シュタイン家族に礼を言い、マリーの頭を撫でた。

「うふふー。お兄ちゃん、また来る?」

「…ああ。シュタインとエメラルダが良ければ、だが」

「私たちはいつでも歓迎さ。ねえ、シュタインさん」

「そうだね。いつでもおいで」

シュタイン夫妻はそう言って柔らかく笑った。

「ステラさんはすぐにいなくなってしまって寂しかったからね」

エメラルダが付け足す。そこに出てきた名前に俺は耳を疑った。

「…ステラ?ステラがここに来たのか?」

「…ソラ?」

「ああ、つい数日前にね。知り合いなのかい?」

「…ああ。幼なじみだ」

「なるほど、それじゃあ君が彼女の言ってた太陽の君だね」

「…あいつ、俺をそんな風に呼んでいたのか」

相変わらずだとため息を落とす。

思い返せばステラはいたずら好きで楽しい物好きな奴だった。ルナを月花の姫君、俺を陽だまりの貴公子、そして自分を流星の天才だと呼んでいた。明るいやつで、よく、

「私、出会った時はソルを男の子だと思ってたのよ?まさか女だったなんてさあ、運命の神様も酷いよねー。初恋の君が女って残酷すぎるわぁ」

とぶうたれていた。

今回の呼び名はそれをもじったものだろう。

「ステラは何か言ってたか?」

「ああ、しきりに私がほしいって言ってたね。…仲間としてだよ?」

「他人の奥方を仲間に…?」

何のために。ステラはおかしな奴だが、理不尽なことをする人間じゃない。エメラルダは他人の奥方であり母親だ。理由もなく仲間として連れていきたいだなんて言いださないだろう。

「何かを欲しがってた様子だったね。結局なにが欲しかったのかまではわからないけど」

「そうだねぇ。あの子は突然ここを発ってしまったから。行き先もわからないな」

シュタイン夫妻が顔を見合わせる。目的はふたりにもわからないらしい。

「…そうか、教えていただき感謝する」

「いいや、役に立てなくてごめんね」

「…俺の身内がすまない。また明日来てもいいだろうか?」

「もちろんさ」

エメラルダが頷く。ほっとして口元を緩めた。

小さく会釈し、踵を返す。マリーがバイバイと手を振っていた。手を振り返す。

そのまま帰路につこうとカイの方を振り返る。そこでシュタインがカイに何か耳打ちしているのを見た。

風が吹き抜ける。ざわざわと草木が揺れる。内容は聞き取れなかった。

「…わかっている」

カイの低く、どこか怒った声が夕暮れに突き刺さる。

「カイ?どうしたんだ」

「…なんでもない。帰るぞ」

「あ、ああ」

カイの鎧に包まれた手に引っ張られる。強い力だ。しかし転ぶことはなく、歩きにくさもない。わかりにくいが、気遣いのできる優しい男なのだ。例え機嫌が悪くとも、それは変わらない。

「またおいで」

シュタインの柔らかな声が夜の帳が落ちる間際に聞こえた。


夜、膨らんだ銀の月が部屋を照らす。ゆらゆら揺れるろうそくの明かりと細かな文字列から目を外し、銀の月を見上げた。

あの夜から随分時間が経った。細い銀の月はいつのまにか消え、また現れ、欠け始めていた。

もうひと月以上も経つのか。

ぼんやりと月を見上げる。

銀の月はルナのものだった。月が輝く夜は に魔力が強くなる体質のルナは、夜は最強だった。特に満月の夜でルナに勝てた試しがない。

月を味方に、金の髪を靡かせて魔法を編み出すルナは国でも有名な魔導師だった。

対してステラは新月の夜が得意だった。星明かりの中で銀髪を煌めかせて魔法を紡ぐステラは、ルナと並ぶ期待の星だった。

対して俺は、ルナとステラの影だ。

ふたりの側にいることを許されるくらいには有名で、しかし優れた能力はない。せいぜい黒も白も使えるくらいだ。

力不足だ。そしてその力不足を今、さらに強く痛感している。

母の魔導書の解読はできる。まだ序章の始まりだが、このままいけば半年以内には解読が終わるだろう。そうすれば今度は理解するための読み込み作業だ。

そこまではいい。文献を使えばいいなんとか理解まではできる。だが、その次の段階で問題があるのだ。

俺は天使の言語というものを知らない。これは母から受け継いだ魔導書だが、元を正せば天使の魔導書だったらしい。しかも古代の天使だ。発音がわからない文字がある。

…このまま詠唱しても魔法を発動させることはできるかもしれないが。発動できるのはせいぜい2、3日に一度だろう。何回も発動させるには魔力が足りなさすぎる。

試し打ちするにしては長い期間だ。互いに目的を持って旅をしている以上、俺の都合でカイを待たせるわけにはいかない。だが置いていってもらうという選択肢も考えられなかった。

カイに置いていかれたとしても旅はできる。それだけの知識と技術はカイから貰っている。だが、俺もまたカイを放って置けないのだ。

こいつは俺を放って置けないと言ったが、よっぽどこいつの方が放って置けない。竜に預けものってなんだ。竜ってそんな友好的な種族なのか。

それに最近気づいたが、こいつには戦闘狂のきらいがある。放って置いたらそのうち大怪我しそうだ。その時近くに医者や白魔導士がいなかったらどうするつもりだ。

…それに、だ。

こいつの側にいて、俺が影として扱われたことは一度もない。こいつも周りも、ルナやステラや祖国とは違うのだから当たり前だ。だが、それが存外居心地がいい。対等な立場って素晴らしい。

ルナとステラは対等というより、姉と弟だった。それに表じゃお姫さまとその護衛だ。立場が違いすぎる。

「…鍛錬を積むしかないか」

半年の間に、魔力を倍増できるか。普通に考えたら難しい。だがやるしかない。旅に出てから、成長が止まったはずの魔力は増えつつあるのだ。これからだって伸びるはずだ。

白魔導士の強みは、力の源が祈りと想いの強さであることだ。魔力が足りないなら幼なじみの情とこれまでの感謝で補えばいい。

指先に白魔法の光を灯す。祈りなんて含まれていない、純粋な魔力だ。

色が変わっている。

金色だったその光は、いつのまにか赤を帯びてオレンジゴールドに変わっている。これも旅に出てからの変化だ。

心のあり方が変わったから色が変わったのか。だが魔力の質が変わるなんてことがあるのか。

わからない。が、光を増した魔力は確かに強くなっている。

チラリとカイを見る。

すでにベッドに潜り込んだカイは、野生動物のように体を丸めて眠っていた。すやすやと穏やかな寝息が聞こえる。だがさっきまで時折眉を寄せ、唸っていたのだ。また魔力が不安定になっているのだろう。

指先の光をひょいとカイに向けて放る。光は弧を描きカイの背中あたりに落ちた。じわりと溶けるように背中に光が広まる。

「優しい夢を」

呟き、本に視線を戻す。柄にもないことをした。昨日も似たようなことをしているのだが、あれは応急処置だ。だが今のは違う。純粋な願いだ。

顔が熱くなる。余計なことをしたか?いや、相方の安眠を守るくらい、いいじゃないか。

顔の熱を冷ます。あと少し解読を進めてしまいたい。魔導書を手に取り、ペンを持ち上げる。

文字を書き出せば他のことは気にならなくなる。そうしてまた魔法の世界へと埋もれていったのだった。





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