妖精の森
「竜の生態と呪いの解き方、それからこの魔導書解読のための本だ」
母から受け継いだ魔導書をシュタインに見せる。古びた魔導書の表題は劣化したのかもう見えない。
シュタインは母の魔導書をまじまじと見ると、
「中を見せてもらってもいいかい?」
と尋ねてきた。
「ああ」
魔導書を渡す。シュタインが丁寧な手つきで魔導書を開く。
「…あんたの母さんの魔導書だったか」
「ああ。何かの役に立つと思ってな」
「…幼なじみの呪いを解くというあれか?」
「行方不明の方を探す魔法でもありがたいと思っている」
そんな魔法、前例がないから期待はしてないが。それよりも白魔法系の魔導書の可能性の方が高いだろう。
強力な白魔法は呪いも祓うという。古代の魔法なら言わんをや。それを応用したのが退魔師だ。俺にはまだ扱う力はないが。そこは鍛錬あるのみだ。
ここに来るまでの道中で俺の旅の目的は軽く話してある。とはいえ、幼なじみの呪いを解く、行方不明の幼なじみを探している、くらいだが。それでいいだろう。深く話すことではない。
カイの旅の目的は聞いてない。それでもいいと思う。話すかどうかはカイの自由だ。
「…これは太陽帝国の魔導書だね。これをどこで?」
シュタインが難しい顔をする。
「母から受け継いだ。シュタインは読めるのか?」
「…残念ながら私にもほとんど読めないよ。けど、太陽帝国の古代文字の本はあったはずだ。それと照らし合わせれば読めるんじゃないかな」
「…!そうか」
「貸そうか?」
「お願いする」
「じゃあちょっと待っててね。それとそこの君は竜の本かな?」
「…ああ」
「じゃあそれも持ってこようか」
シュタインの体がふわりと宙に浮き上がる。風の魔法を応用した浮遊魔法だ。難しい魔法だと聞くが、使っているのを見るのは初めてだ。
妖精の光とともに宙を舞うシュタインはまるで妖精のようだ。…いや、それにしてはやはり体が大きい。妖精よりも精霊やエルフみたいな大きな妖精族か。
シュタインの動きに合わせて本が降ってくる。羽でも生えたかのようにゆっくりと。光に包まれた本を受け止める。ズシリと腕に本の重さがかかった。
「…っ!」
慌てて本を持ち直す。なんとか落とさずに済んだ。ほっと一息つく。
他にも何冊か本が降りてくる。一冊一冊受け取り、置かれた机に積んでいく。
「…さて、こんなものかな」
「ありがとう。拝見させてもらう」
「どうぞ」
持ち主の許可を得て、一番上に積まれた本を開く。『古代神竜と現代の竜の共通点と相違点』という論文だ。カイが隣から本を覗き込む。
斜め読みで内容を軽く把握する。どうやら神竜にはツノがあり、体は町ひとつ分もあるらしい。比べて現代の竜にはツノはなく、大きさは大きくとも各国の王城程度だと言う。
「…あんたの探している竜は漆黒の翼に蜂蜜の瞳、蒼の煌めきだったな。ツノはあったか?」
半ば祈るように尋ねる。目的は知らないが、神竜はまずい。藤色の姫君と竜にどんな関係があるかはわからないが、攫われたのだとしたら取り返すのは困難だ。
「…いや、ツノはない。人ひとり乗せれる程度の大きさだ」
「そうか」
…どうやら現代の普通の竜らしい。神竜じゃなくてよかった。
神竜とでも戦うつもりなら力を貸すつもりではいる。だが神竜相手となると俺には力が足りない。仲間を死なせるのだけは絶対に許せないから、やるなら実力をもう少し付けてからにしてほしい。
この本にはあまり有益な情報はなかった。
次だ。絵本、小説、伝記、論文…。子ども向けから専門家向けの本までありとあらゆる本が揃っている。さらりと題名を見てみたが、本のジャンルごとに積み重ねているのか。
今手をつけているのは竜に関するもの、その隣が呪いに関するもので、そのさらに隣が古代文字の本だ。
カイも本を開く。開いている本は絵本など子ども向けのものが多い。そういえば読書は苦手だと言っていたか。
「そういや、君たちはなんで竜を探しているんだい?」
シュタインが首を傾げる。その問いに俺は一瞬言葉に詰まった。
竜を探しているのは俺じゃない。隣の男だ。俺が探しているのは姉妹同然の幼なじみと呪いの解き方である。
「…竜を探しているのは俺だ。こいつは違う」
答えたのはカイだ。本から目は上げない。低く声だけが響く。
「ふむ。竜は今どきほとんど見かけないだろう。なのに漆黒の翼、蜂蜜の瞳、蒼の煌めきなんて条件をつけているってことは、その竜を見たことがあるのかい?」
シュタインの言葉にそういえば、と思い至る。今まで深く考えたことはなかったが、言われてみればそうだ。そこまで限定して、しかも藤色の姫君と関係があるという。
ここまで限られてくると、見つけるのも難しそうなものだ。つまり目標は元から決まっているのだ。
沈黙が落ちる。長くも、短くも感じられる静けさだった。
「…預けているものがある。だから探している」
感情の乗らない固い声が答える。これ以上答えるつもりはない。声がそう如実に語っていた。
だがそんな抵抗はこの退魔師には通じなかった。
「それを探し出してどうするんだい?」
のんびりとした声がそう問いかける。立ち入るなと拒むこの男の内側に入り込むような質問だ。この人、鈍感なのか?いや、それとも単にマイペースなだけか?
「答える義理はない。…が、いつかあんたには話す」
「え、いいのか…?」
「…あんたならついてきても死にはしないだろう」
「そのついて行ったら死ぬみたいな言い方やめてくれ」
黒い鎧が口を閉ざす。
旅の目的を聞かされるということか。心が曖昧に揺れ動く。
これから先もこいつと旅するつもりなら聞いておいた方がいいだろう。目的は共有しておいた方ができることも増える。
だが、それは俺の目的も話すと言うことだ。今まで曖昧に話してきたが、カイが話すと言うなら事情は変わってくる。俺だって全て話すべきだ。
だが、全てを話すにはまだ心の整理がついていない。幼なじみたちのことは、自分だけで解決したい。そんな思いが胸を占めていた。
「なら、私から言えることは何もないね。…そろそろエミィさんとマリーのお菓子が焼きあがる頃かな。私は台所を見てくるから、君たちはゆっくりしていてね」
シュタインが席を立つ。くるりと踵を返し、図書館から出て行く。
静寂が落ちた。
竜の本はあらかた読んでしまっている。もうこれ以上情報は出てこないだろう。
…諦めて呪いの方に行くか。
呪いを解くための魔導書に手を伸ばした時だった。
「…俺の探している竜は本に載ってるような有名な奴じゃない」
カイがぽつりと呟いた。
「…どういうことだ。逸話がないっていう意味か?」
「…いや、種類すら載ってないだろう。あいつはそういう竜だ」
どういうことだ。カイはその竜に詳しいのか。…そういえば預けたものがあると言っていた。つまり友好関係があったということか。
預けたものがあるというなら、受け取るために旅をしてるのか?それと藤色の姫君に何の関係がある。
考えてもわからない。思考は放棄した。それよりも呪いだ。
「…俺は呪いを調べる。あんたはどうする?」
「待っている。終わったら起こせ」
そう告げて今度こそカイは黙り込んだ。どうやら本当に眠るつもりらしい。
ならば俺も納得がいくまで読書するつもりだ。母の魔導書の方は解読に時間がかかりそうなのだが、明日も来て迷惑にならないだろうか?
読めるスピードを早めながら、わかったことと考察をメモに記していく。
呪いを解く方法は一般的には3つ。術者が呪いを解くか、術者が死ぬか、圧倒的な白魔法で呪いを打ち消すか、だ。
これだけ見れば、ステラに呪いを解いてもらうのが一番手っ取り早く、簡単だろう。だがあいにくステラは見つからない。
ならばやはり同時進行で呪いを解く魔法も調べたいところだ。
だが呪いを解く魔法など、どの文献を当たっても書いていない。唯一シュタインの魔導書には白魔法は効果があると記されているが、これは力技だ。
ステラと俺の魔力実力は拮抗している。試してみてもいいが、失敗した時また捕まらずに逃げてこられるかはわからない。
それに自分が引き受けた呪いもある。これも解かなければいつか近いうちに死ぬ。故に無意識に魔力が対抗しているのだが、一向に解ける気配はない。
やはり鍛練して実力をつけるしかないのか。そんな脳筋みたいな方法で解決できるものなのか。
そう考えると釈然としない。
古代文字の本をめくる。母の魔導書と照らし合わせてみる。何冊かと比べてみて、それっぽい本を見つけた。
「…これ、太陽帝国ができる前の古代文字か?」
やっと見つけた本は、古文書の解説本だった。そこに書かれている古代文字と母の魔導書の文字は酷似していた。
太陽帝国は人間が他の種族からの支援を受けてはじめて創り上げた国だと言われている。故に他種族と血を交えた混血が多く、一時期は最も国力の高い国として栄えた。最盛期には大陸の三分の二を占めるほどの大きさだったとか。
しかし高い国力を傘にきて他国へと攻め入った太陽帝国はその後、著しく衰退していったと言われている。
現在、太陽帝国は日の国と名前を改め、はじめの国土であった島国のみを領土としている。太陽帝国の王族は死に絶え、今の日の国の王族は陰から太陽帝国を支えていた天使の一族だそうだ。
その太陽帝国ができる前。神代の時代、竜や精霊、天使に悪魔が世界を闊歩していた時代である。
その時代の魔導書となると、書かれている魔法は禁術なのではないか。
禁術というのは、世界規模で災厄を引き起こす魔法の他に、竜や精霊、天使、悪魔などが使っていた魔法で人間には使えない魔法のことも指す。
魔法は神と呼ばれる竜や天使、悪魔、精霊たちから受け継いだものだが、その中には詠唱ができないものや魔力が足りなくて使用できないものもたくさんあるのだ。
「…だとしたら強力な魔法の可能性が強いか」
呟き、訳をメモに書き記していった。




