《翠の御神刀》の家族
昼頃、エメラルダと待ち合わせ、王都を練り歩く。
「私の旦那さんは静かなところの方がいいって言ってね。街のはずれまで歩くけど大丈夫かい?」
「ああ。あんたこそ大丈夫なのか?」
「私は足腰が丈夫だからいくらでもいけるさ。…歩く距離のことだよ?」
「あんたの言い方はまどろっこしいな」
まるで言葉遊びだ。
「よく言われるよ」
エメラルダはくすくす笑う。軽やかに歩くスピードは女性にしては速い。本当に足腰が強いらしい。
大通りを抜けて、住宅街へと入る通りで。
「あれ、エミィさん?」
穏やかな声がエメラルダを引き止めた。彼女が緑の髪をなびかせくるりと振り返る。釣られて振り返ると、そこには熊のように大きな男が立っていた。
「シュタインさん」
反射のようにエメラルダの口らが飛び出てきた名前。そこでこの大柄の男が《翠の御神刀》だと知る。
大きな男だとは聞きていたが、なるほど確かに体格がいい。しかし不思議と威圧感はなく、のんびりとした表情と柔らかな笑みが彼の穏やかさを引き立てていた。
「図書館での用事は済んだのかい?」
「そうなんだ。その図書館で昨日マリーを助けてくれた子を見つけてね、逢い引き中なんだ」
エメラルダの言葉に目を見開く。旦那になんてことを言ってるんだ。
しかし慌てたのは俺だけで。
「ああ、マリーを助けてくれた白魔導士の子だね。ありがとう、父親としてお礼を言うよ」
「い、いや、その…」
まさか尊敬する魔法使いに礼を言われるとは思わなかった。嬉しさと気恥ずかしさが胸を満たす。心臓が踊り狂ってる。キャパオーバーだ。
緋色のフードを引っ張り顔を隠す。ここ数日で見慣れた赤に狂喜乱舞していた心臓は少し落ち着きを取り戻した。
「ふふっ、可愛い子だね。これから家に行くのかい?」
「そのつもりさ。どうやらこの子、呪いの解き方を探しているみたいだからね」
「ああ、それなら私も一緒に行こう。これでも解呪は専門分野だからね」
シュタインがにこりと穏やかに笑う。そして背後を振り返ると、
「君もそれでいいかい、カイくん」
と声をかけた。
「…カイ?」
聞き覚えのある名前に振り向く。見覚えのある黒い鎧が大量の荷物を抱えて佇んでいた。まさかこれ全部シュタインの荷物か?こんなに何を買ったんだ。
「…構わない」
荷物に埋もれた黒い鎧が小さく頷く。そしてギジリと兜がこちらを向いた。
あんた、何している。声はしないが問いかけられているとわかった。この男は存外わかりやすい。
「本を見せてもらう。竜のことは今夜調べるがいいか?」
「…好きにしろ」
了承が返ってくる。よし、今夜の徹夜が決定した。
「荷物、持つか?」
「気にするな。重くはない」
「そうか。ならこれもらうぞ」
「…おい」
持ちにくそうな紙袋を奪う。兜の内側から睨まれた気がした。ふふんと笑いが漏れる。これくらいの荷物、どうってことないんだからな。
「別にいいだろう、黒騎士様」
「…好きにしろ」
「ああ」
紙袋を抱えたところで、
「さあ、行こうか」
とエメラルダから声をかけられた。
「そうだね。あ、エミィさん、本は持つよ」
「そうかい?ならお願いしようかな」
仲の良い夫婦と連れ立ち、郊外を目指す。大男に怪しい雰囲気の女性、黒い鎧に赤いフードか。仮装行列のようだな。街の人々の視線が突き刺さる。
目立つつもりはなかったのだが。目立つと知り合いに見つかるかもしれない。それは困る。顔を伏せた。どうか見つかりませんように。そう願いを込めて。
視界の端にちらつくカイのマントを追いかける。そのうち見えていた地面はカラフルなタイルから土に変わった。顔を上げる。
いつの間にか人通りが少ない路地に入っていた。周りには自然の草木が風に揺れている。どこからか鳥のさえずりが聞こえた。
「ここだよ」
シュタインが立ち止まる。そこに立っていたのは森のような木々に囲まれた落ち着いた雰囲気の屋敷だった。
薄い茶色のレンガを組み立て、焦げ茶の屋根をした貴族の屋敷のような一軒家。しかしそこに貴族の屋敷のような華美な装飾はない。それが逆に穏やかで飾り気のないシュタインらしいと思えた。
「私もエミィさんも静かな場所が好きでね。王都の近くだとここしかなかったんだ」
シュタインが照れ臭そうに笑う。その隣でエメラルダが柔らかい笑みを浮かべていた。
「娘もここが気に入ってるのさ。なんて言ったって、私とシュタインさんの子どもだからね」
柔らかく目を細める。そうやって笑うと怪しさよりもシュタインに似た穏やかさを感じる。夫婦ななると言うが、あれは言い得て妙だな。
「それで、荷物はどこに運べばいい」
カイが低く尋ねる。
「ああ、そうだったね。こっちだよ」
シュタインが門を開け手招きする。その後についていき、屋敷の中に入る。屋敷の中は静かだった。使用人の姿も見えない。使用人がいないのなら、この広い屋敷をどうやって維持しているのか。
辺りを見回していると、どこかの部屋の扉が開く音が聞こえた。
「お父さん、お母さん!おかえり!」
響いたのは元気な子どもの声。軽やかな足音が近づいてきて、昨日助けた子どもが屋敷の奥から姿を現した。
「ただいま、可愛い私たちのマリー」
エメラルダが子ども、マリーを抱き上げる。マリーがパッと表情を輝かせる。
元気そうだ。子どもらしい赤い頬と軽やかな動きが、事故の後遺症がないと知らせてくれる。よかった。
安堵したところでマリーの顔がこちらを向いた。
「…あれ?昨日のてん…お兄ちゃんたち?」
母親譲りの緑の瞳がパチリと瞬く。そうか、この子はシュタインの子どもだったな。まさかこんな縁が繋がるとは思わなかった。
「ああ。…痛いところはもうないか?」
「うん!赤のお兄ちゃんのおかげだよ!」
「そうか。元気になってよかったな」
柔らかい髪をそっと撫でる。マリーはにこっと笑った。可愛い。子どもというのはかくも愛らしいものだな。
「ふふ、よかったね、マリー。さ、君たちはこっちへ。荷物を降ろしたら図書館に案内しよう」
「えー、お兄ちゃんたち図書館に行くの?」
シュタインの言葉にマリーは唇を尖らせた。
「お兄ちゃんたちは勉強に来たのさ。マリーは私と一緒にお兄ちゃんたちをもてなそう。…お菓子づくりのことだよ」
エメラルダがマリーの頭を撫でる。マリーはお菓子!と目を輝かせた。
「うん、やる!」
「それじゃあ手を洗っておいで」
エメラルダに促され、マリーは元気に走っていった。
「さ、私たちも行こうか」
シュタインに促される。俺たちは案内のまま荷物を置き、シュタインの図書館に向かった。
彼の図書館は圧巻だった。螺旋階段の中央に建てられた筒状の本棚。ふわりふわりと漂う光。触れてみるとそれが魔法灯ではなく妖精の光だとわかる。
収められた本のほとんどは白魔法と退魔に関わるものだ。そのうちの何冊かはシュタインが書いたもので、読んだことがあった。
「まるで『妖精の森』だな」
「なんだ、それは」
カイが首をひねる。
「シュタイン著書の文学作品に出てくる図書館の名前だ。純愛物語で、主人公のふたりが出会う場所だったか」
この手の小説はルナが好んで読んでいた。俺もシュタインが書いているならと読んだ。恋愛小説であるのに退魔師の知識と技術がそこかしこに散りばめられた小説は読んでいてとても楽しかった覚えがある。
「女はそういうのを好むのか」
「…?ああ、悪魔を追い払うところは迫力があって面白かったぞ」
「…待て。純愛物語じゃなかったのか?」
「純愛だ。悪魔憑きの女性と退魔師のな」
「それで感動したのがそこなのか…」
何が言いたい。俺はその場面が一番お気に入りなんだ。特に主人公の、
『君を救うためなら何だってするよ。だからほら、安心して』
と言いながら悪魔を拳で粉砕しているところなんか最高だろう。
ちなみに次に好きなシーンは悪魔憑きだった女性が、
『私も負けてられないね』
と自分に憑いていた悪魔に一発拳を入れるところである。人の強い想いは力だと雄弁に語っている場面だ。祈りを力に変える白魔法を扱う者として感動した。
「読んでくれたんだね、ありがとう。ここは私とエメラルダが出会った場所を再現した図書館なんだよ」
シュタインが穏やかに笑う。そうなのか、好きだった小説の世界を垣間見れるとは思わなかった。
「さて、君たちはどんな本を探してるのかな。魔導師の先輩として、協力するよ」
シュタインが柔らかく笑う。
俺は頷き、今日調べるつもりだった内容のメモを読み上げるのだった。




