10-51 丸太
公国軍が撤退していると情報が入った。
ニールに密偵のことは話していない。
なので素直に伝えることもしない、が、勝ったら勝ったで、そのときのことをあまり話せていなかった。
「ニール曹長。そういえば、決戦で王弟殿下が勝利した場合だが……」
「はい」
「その場合、軍が次の作戦に移る前に俺との今の契約は完了で良いんだよな?」
「ええまあ、ここの陥落と短期維持が契約ですから。しかし、通常は続く作戦に参加される方が多いですが」
「ああ。だが俺たちにはもともと、探しているヒトがいてな」
「ああ……そうでしたね。どの辺りまで行く予定です?」
「ずっと南の方だ。できればまた、探しビトの情報を貰いたいが……まあ、難しければとにかく南の方に探しにいく」
「ずっと南ですか……もしヘジャが解放されたとして、南はどうなることか。ヘテゲアか……オウテンまで行くなら、一番混沌とした地域ですよ」
「なら、対象が死なないうちに見つけないとな」
「なるほど。では、どこまで効果があるかはわかりませんが、友好的な傭兵集団として登録されてはいかがです?」
「登録?」
「ええ。一応、前線で敵方についた傭兵なんかを見分ける必要がありますから。登録することで、一定軍内で情報が共有されます……ただ、今もまともに運用されているかは疑問ですが」
「なるほど。それはニール曹長の方で手配できるのか?」
「申請はお手伝いできますよ」
「ならお願いしたい。これは軍の仕事じゃないが……」
「そうですね。まあ、これくらいはサービスしておきましょう」
ニールは薄く笑う。
登録とやらをしてもらったら、正式な契約終了とともに南に急行だな。
準備をはじめよう。
「しかし、このところ情報は錯綜しておりますが……何かエモンド商会から、情報が入ったのでしょうか?」
「いや、そっちも断片的だな。ただ、本隊が負けた時のことばかり考えていても、いざというときに動けないからな。軍との契約がひと段落すれば、次はヒト探しだ。そっちを進める準備もしておきたい」
「そうですか……いえ、私としても、このような中途半端な状態が長引いていることは申し訳なく思っているのですが」
「それはあんたのせいじゃないし、まあ気にするな。それより、そうだな、もし良ければ、南の方の前線に向かうルートについて教えてくれないか?」
「私に分かることでしたら」
ニールは、余白の多い彼の手持ちの地図を広げ、その上にいくつか石を置いて見せた。
それはどうやら、現在の前線の状況の予測ということらしい。
「一応、基本的なことも話しておきましょう。ここ、ヘジャ地方の南には、東にはヘテゲア地方。西には大湖に接するオウテン地方があります。オウテン地方には湖から上陸した敵が殺到し、中心的な都市であるシキシアも既に陥落したものと見られます」
基本的なことと前置きしつつ話してくれたことに、鷹揚に頷いておく。
正直、知らないことが多いのだが。
「前線はおそらく、オウテン地方の東端あたりから、ヘテゲア地方のグラル山地のあたりでしょう。もし向かわれるなら……南のリームからタルメス、そこからグラル山地に向かうか、または川を下ってオウテン地方に向かうことになるでしょう」
「待て。タルメスって、王弟殿下の部隊が解放に向かった都市だよな?」
「そうですが?」
「……いや、一応確認したまでだ」
まさに最前線の都市を通らないといけないのか。
「ヘジャの中心都市ですから、ここを通らないと難しいですよ。あるいはルスキーまで戻って、大きく東に回って南に向かうかですが……」
ヘジャ地方はあんまりインフラが整備されていないという話だったな。
まあ、本当に公国主力が撤退しているなら、それまで最前線だったタルメスも余裕はできるはずだ。友好的な傭兵として登録した俺なら、通るくらいは許してくれるだろう。たぶん。
「いや、タルメスを通るルートで問題ない。川を下るか、山地に向かうのだったよな?」
「はい。オウテン地方はほぼ敵地になっているようですから、敵地に向かう川は危険が大きいでしょう。現実的に考えるとそのまま街道を南下し、グラル山地の西を抜けるルートでしょう」
「シンプルに街道沿いに南に行くってことだな」
「ええ。ただ、そこから先は状況が読めません。仮にタルメスの決戦で勝ったとしても、南の敵には直接の影響はありませんから」
「そんな場所で傭兵がウロウロしていても、要らぬ誤解を招きそうだよな。となると、タルメス辺りで何か軍の依頼でも受けるのが得策か」
「……まあ、そうでしょうね。南はとにかく頭数から足りないようですから、今回の任務の実績を伝えれば、何らかの依頼はありそうです」
「依頼を受けるにはどうするのが早いかね? イマイチ、軍から見た傭兵に依頼する作法を理解しきれていない部分もあるのだが」
「……」
「む? 悪い、何かまずいことを言ったか?」
「いえ、随分とあけすけに語られるなと……」
「ああ、悪い。ついつい、身内のように話してしまった」
「いえ。もしタルメスの状況が落ち着けば、私からもすぐにヨーヨー隊長の活躍は共有しておきましょう。あとは普通に傭兵組合などで依頼を探せば、軍の仕事もあるはずです。あくまで、普通の状況ならですが」
戦争状態ではどうなっているか分からない、という含みだろうか。
それは仕方がない。
「しかし、良いのですか? 作戦が完了となったら、今日にでも出立しそうな勢いですが、報酬はどうするのです」
「依頼の報酬か。ここで受け取れないのか? あるいは、行き先で貰っても良いんだが」
「ここでお渡しするのは、ある程度は可能です。ただ、手元の資金は限られていますし、行き先で貰うのは……確実とは言えませんね。下手をすると管轄違いで受け取れず、うやむやになります」
「そうか……」
「それに、当初の成功報酬だけなら大した金額ではないかもしれませんが、追加報酬を求めないのですか?」
「追加?」
「正直、戦士長の炙り出しと対処は、通常の傭われ隊長に求める領分を超えています。活躍をまとめて報告すれば、追加の報酬の請求も可能かもしれません」
「なるほど。まあ、ヒト探しを急いでいるしな……。それで何日も拘束されるくらいなら、動くのを優先したい気もする」
「欲がありませんねぇ。まあ、その辺りは私がとやかく言う話でもありませんね」
ニールから当初の報酬だけせしめて、なるべく早く南に向かいたいところだ。
「……それにしても、エモンド商会ですか」
「ん?」
「私も、そろそろ決着がついて良い頃合いとは考えていましたが。ヨーヨー隊長の様子を見るに、情報が入ったのでしょう? おそらく、エモンド商会から」
「だから、あー……」
急に依頼後の話をイキイキとし始めたから、見透かされてしまったか。
恥ずかしい。
最初にやんわりと否定したのだが、まるで分かっているとばかりに言われてしまった。
「えーと……そんな決定的な情報が入ったわけではないんだが……俺も、そろそろかな、と」
「そうですか。そういうことにしておきましょう」
ニールは表情の薄いいつもの顔を崩して、ニヒルに笑った。
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サーシャたちとも情報共有し、いつでも出られるように準備をする。
ここ最近習得したスキルの確認や、魔法の練習も念入りにやる。
仮にタルメスで王弟が大勝したとしても、まだまだ戦争は続きそうなのだ。
数日経ったころ、ニールを訪ねてきた軍人たちがいた。
そのうちの1人とニールが2人でしばらく話した後、俺が呼ばれた。
ニールと話しているのは、壮年の女性。
俺が入ると、ニールに何か短く返答しながら、鋭い眼光でこちらを見た。
「……呼ばれたと思うのだが」
「ああ、ヨーヨー隊長。こちらはエクセン少尉」
「エクセンだ」
エクセンと呼ばれた女性がこちらに歩み寄ってきて、手を差し出す。
「……ヨーヨーだ」
「よろしく」
手を握られ、ぐっと力が籠められる。
いてぇ。
丸太みたいな腕をした女だ。
「よろしく。それで、俺が呼ばれたのは?」
「うむ。私はリーム周辺の各地に伝令を努めている。この地の今の隊長は貴殿だろう?」
伝令か。
少尉というとニールより偉いようだが、使い走りみたいなことをするのだな。
「ああ、その通り。伝令の内容は?」
「タルメスは解放された。敵は西に撤退しつつある。ヨーヨー殿の任務はこれにて完了となる。ニール曹長からは継続の意思はないと聞いたが、間違いないか?」
「ああ、間違いない」
「承知した。それでは明日より、任務は完了したものとみなす。続けての依頼を請けるつもりは?」
「……俺は別件で南にヒト探しに行かないといけない。南に行く依頼以外は申し訳ないが、今回は断らせてもらう」
「そうか。今、雇われ隊長として優秀だと曹長から聞いたのでな、残念だ」
「それは過分な評価だ」
「南に向かいたいのだったな。これを持っていくと良い」
エクセンから、太陽の半分だけが描かれたような絵の木片を渡される。
「これは?」
「割符だ。友軍に対して発行されるものだ」
「友軍か」
「正式な軍属ではないが、敵対的ではない者と言い換えても良い。売ったり失くしたりするなよ」
軍から貰った割符を売ったりしたら、どんな悪用されるか分からない。
最悪、買ったやつが悪いことをした場合、俺たちも共犯という印象になってしまうかもしれない。
「肝に銘じる。これは友好的な傭兵団ってやつとは別だろうか?」
「友好的な? あー……別物だと思う。ニール曹長、そうだな?」
「はい、別物です。友好的な傭兵団として彼らを推挙しますが、問題ありませんね?」
傭兵絡みの制度などには詳しくないのか、ニールに話が振られ、ニールが答える。
エクセン少尉は続けてのニールからの質問には軽く眉を顰めた。
「それは現場の者に任せる。とにかく、ヨーヨーだったか。割符は渡したぞ」
「感謝する」
「うむ。タルメスの話はもう?」
「いや、聞いていないが……俺も聞いていいものか?」
「ああ、無論だ。傭兵仲間に言っても構わんぞ」
「……そうか」
つまり、軍が積極的に広めたい情報か。
「もう知っているかもしれないが、タルメスは解放された。完全な解放だ」
エクセンはこちらの反応を確かめるように、じっとこちらに目線を合わせる。
「そして、敵の主力部隊だが、壊滅させた」
「壊滅……!?」
おいおい。
普通に勝っただけじゃないってことか?
「先日西タルメス平野にて、決戦が行われた。我が方はシルベザード大将軍の大胆かつ的確な指揮の下、敵方を大いに追い詰め、これを壊滅せしめた」
「……水を差すようだが、壊滅というのはどういう状況を指しているんだ? 自分は軍の人間ではないからイマイチピンと来なくてな」
「部隊の多数……おおむね半数以上が指揮者の重症・死傷や、または降伏状態となり、統制的な抵抗が困難に陥った状態だ」
エクセンはすらすらと定義を返して来た。この世界では、というかキュレス軍だとそういう考え方なのか……。
「半数以上がやられたってことか?」
「その通り。確かに信じがたい成果かもしれないな」
エクセンはこちらの反応を楽しむように、焦らすように、薄っすらと笑みを見せた。
「だが、事実だ」
「……なるほど。つまり敵はもう、タルメスどころではないということで間違いないよな?」
「ああ、間違いない。ここはおろか、リームの町にも関わっている余裕は最早なかろう」
「そういえば、リームはどうなった? あそこだけ攻略が難航していたが、落ちたのか?」
「いや、まだだ。リームに籠っているのは一部の反逆者と傭兵らしいが、じきに終わるだろう」
「ちょっと前に、勝手に攻め込む連中が血判状を集めていたと思うが……」
「ああ、そうらしい。敵が降伏するのも時間の問題だと思うが、まあ勝手に攻めるのは好きにやれという話だ。当然、軍からは褒章も出さないがな」
エクセンの反応は、冷ややかだ。
褒めることもなければ、罰するつもりもなさそうだが、褒章も出さないということは、手柄としては認めないということなのだろう。
乗らなくて良かった。
「この村はニール曹長に指揮を渡せ。報酬だが……おい」
エクセンは、もう1人の軍人を呼ぶ。
軍人は背負い箱の中から麻袋を取り出し、こちらに投げるように寄こす。
「これは」
「ニールから報酬の額は聞いた。少しばかり色も付けた」
「なんと。ありがたい」
「よし、受け取ったな。これをもって任務は完了とする。南に急ぐのだろう?」
「ああ、まあ」
随分と性急な。
ただ、任務を早く完了にして、南に行きたいと言ったのは俺だ。
その希望通りなのだが……。
それでも少しのとまどいがあるのは、俺もいつの間にか、この村やニールたちにちょっとした思い入れをしていたか。
「ニール曹長。替えの隊長が来るまでは曹長が指揮を摂れ。少数だが、この村を経由して西に向かう部隊も出るはずだ。彼らを支援し、敵の動向を調査せよ」
「はっ」
ニールは直立して敬礼する。
「……あー、じゃあ、俺はこれで」
「ああ。ご苦労だった」
「ヨーヨー……さん。忙しない終わりですが、また巡りあわせがあれば、よろしくお願いしますよ」
「ああ。死ぬなよ、ニール曹長」
「ええ、貴方こそ」
短く別れを告げて、自室に戻る。
屋敷の奥の部屋を「自室」として使える身分も今日までなんだろうな。
準備はしていたといえ、本当に突然だ。
まあ、いい。
行くか、南に。





