10-52 炎上
軍から、決戦勝利と任務終了を言い渡された。
任務の終了は希望どおりの展開なのだが、では南に行こうとすると、気がかりはまだ残っている。
明日にも出立する準備を進めている従者たちの中から、キスティに声を掛ける。
「キスティ。さっき話した伝令の話だが。本当のことだと思うか?」
「む? 伝えてきたのは少尉なのだろう。そしてニール殿もその身分を疑っていなかった。ならばそうそう誤りということはないのではないか?」
「それはそう思う。ただ、何というかな……勝ったのだとしても、勝ち方もあるだろう。伝令は敵が壊滅したと言っていたが……キスティのところでは、壊滅ってのはどういう定義だった?」
キスティは口をすぼめて眉を寄せ、考え込む。
「壊滅、か……正直、正確な定義は分からん。それに、私の関わるような戦闘はせいぜい数十とか百とか、その規模のものが大半だった。一方がさんざんにやられて瓦解したような場合は、定義とか関係なしに壊滅と言っていたと思う。だが、万単位、少なくとも両軍数千はありそうな今回のような大戦では果たして……」
「伝令は、半数程度がやられればといったような話をしていたな。兵数というより、指揮している者が半分やられたら、みたいなことだったが」
「なるほど。その基準には違和感はないが……しかし、一回の戦いで、それほどの戦いの被害が出るものか……いや、大規模だからこそ、一方の包囲殲滅という目も出てくるのか? むう、分からん」
キスティにもその辺の感覚は分からないらしい。
もし、勝ったは勝ったけど辛勝だったみたいな場合、タルメスを経由して南に行くのはリスクが大きいかもしれない。
通りかかった際に敵の反撃でもあれば、通りすがりの無名な傭兵団など、有無を言わせず肉壁として招集されてしまうかも。
「ただ、あの伝令の少尉、相当な自信があるようだった。それに、やけにイケイケだったし……本当に敵は壊滅していて、キュレス側がイケイケドンドン状態だと考えると自然なのだよな」
「ふむぅ。そういえばリームについては、何か追加情報が?」
「いや。ただ、直に落ちるだろうとだけ」
「ふむ。本当に敵が壊滅しているのなら、さもあらん。私はこの辺りの地理に詳しいわけではないが……最近見た地図の記憶だけを見ても、リームの町はタルメスが落ちない以上、無用の長物だ」
「主力から突出しすぎているってことだな?」
「主力からというより、他の前線よりだ。タルメスを落とされたなら、リームの町は砦攻めの拠点とできる絶好の位置にあるが……タルメスがキュレス側なら、リームの町だけ持っていてもな」
結局、決戦勝利を疑う合理的な理由は今のところない。
そして、何にせよ様子見しながら行ってみるくらいしか、やれることはないか。
夜。
皆が明日の出発に備えての最終準備をするなか、セラを廊下に呼び出す。
「セラ。お前、ここからどうする?」
「ここで決めろという話か?」
セラはそんな話があるとは思っていない様子だった。
まあ、この旅の間は付いてきて決めろという話だったから、別に付いてきたいなら追い出したりはしない。区切りとしてはちょうど良いとは思うが。
「いや、別にその必要はないが。ここから先はより、戦争の渦中に飛び込んでいくことになる。セラの斥候としての腕があることも十分分かっているし、今は戦争中で種族がどうのと気にしている奴らも少ない。独りでやっていくなら、最低限の支援はするぞ?」
「俺は……まだ、良く分からない。ただ、1つ分かったことがある」
「なんだ?」
「世界は広い、ということだ。草原の民の暮らしについて、サーシャやルキにも色々聞いているが……ここは草原の中では末端の末端のような規模なのだろう? そこを守る狩人長ですら、我らの戦士に匹敵する実力があった」
「いや、あれは多少イレギュラーな気はするがな……まあ、上を見るとキリがないってのは同意だ」
西の果てにいた婆さんとか、とてもじゃないがサシで敵う気がしないし。
大型魔物の脅威とどちらが怖いか、悩ましいところだ。
質が違うと言ってしまえばそれまでだが、大型魔物の根源的な直観に訴えかけてくる脅威と、この世界のヒトがスキルを磨いた底のしれない脅威。
どれだけ戦闘に慣れてレベルアップしても、心底安心できる未来はないのだろうな。
「それに、あのネズミのような……ら、ラキット族だったか? あのような種族がいるとは……」
「そんなに珍しいか? 丸鳥族とか、見た目が特徴的な種族は色々他にもいるだろう」
「あれは違う。あれは……言葉にするのが難しいが……」
「無理に言葉にする必要もないが……好意的なのか、そうじゃないのかどっちだ?」
「好きに決まっている」
「……そうか」
ラキット族の見た目がお気に召したらしい。
「別にアカイトにどうこうするつもりはない」
「いや、別にそんな……まあ、それで、世界は色々と未知のことが多いって話だったな」
「あ、ああ。今さら戦など畏れるものか。今はただ、世界の広さをもっと知りたい気持ちだ」
「つまり、付いてくると」
「迷惑か?」
「いや、優秀な斥候はいくらいても困らん。アカイトは『樹眼』が凄いが、基本的に抜けてるからな……」
セラは少しだけ安心したように頷いた。
「しかし、ヨーヨー、様」
「ヨーヨーで別にいいぞ……従者になったらサーシャが色々言うかもだが、今は客人……いや雇われみたいな立場だろう」
「ああ。いや、ヨーヨーの戦い方は山では珍しいと思っていたが……こうして草原の地を巡ってみて確信した。あんたみたいな戦い方をしているやつは、他にいない」
「まあ、魔法使いってもうちょっとこう……後ろで杖を振ってるイメージかもな」
「ああ、だが、気に入った。俺を使う者には、ヨーヨーくらい前を張ってもらいたい」
ふむ。
猪突猛進スタイルがセラにウケたのか。
「まあ、良いように取ってくれているなら良いんだがな。なら、遠慮なく使わせてもらうぞ。肝心のヒト探しにな」
「ああ」
アカイトもいるし、セラもいる。
斥候役はかつてないくらいに充実しているな。
それでも安心しきれないのは、これから戦争中の最前線だった場所に向かうからだ。
更に先に進むと、まさに現在進行形で争っている地域に行く可能性も高い。
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翌朝、俺たちはそれぞれ大荷物を背負って、メリジリアを出立する。
アカイトの存在は隠したままなので、俺のリュックの中だ。
意外にも、何人かの村人たちと、軍の新人たちがお見送りをしに集まってくれた。
「ヨーヨーさん。犠牲になった彼らのためにも、今度は俺が村を守ります」
なんだか青いことを言っていたのは、ビリーの死を嘆いていた若い狩人だ。
犠牲になった彼ら、というのはビリーのことだけではなく、戦士長も含まれていそうだ。
彼を犠牲にしたのは俺なんだが、もちろん最後までそれを口にする事はない。
「ああ、楽しみにしている」
ニール曹長は、館を出ていくときに黙って頭を下げられただけだった。
最後までクールというか、情が薄いというか。
残る戦力で村を守りつつ、通過する部隊の世話を押し付けられたのだ。
そのことでいっぱいいっぱいなのかもしれない。
軍の新人たちにも、一応最後の別れと稽古のときに気付いた注意点を言っておいた。
俺が気付いたというより、サーシャやルキの言っていたことの受け売りなのだが。
もう軍の隊長でもない俺の話だが、彼らは真面目に聞いてくれた。
メリジリアの村が小さくなっていく。
ここを守るために、随分と色々慣れないことをやったものだ。
また来ることはあるだろうか。
とりあえずの目的地は最近まさに決戦の末に包囲状態から解放された、ヘジャ地方の中心都市タルメス。更に、そのための中間地点として、リームの町を経由する。
まずはリームまで、しばらくの旅路になる。
アカイトとセラには先行して偵察してもらい、俺、サーシャとドン、ルキ、キスティが縦列で進む。
リームの町への道のりは聞いているが、街道が整備されているわけではない。
ただ、リームの町と行き来している連中が少ないながらいるわけなので、ヒトが使っているのであろう痕跡はたまに見つけられる。
なるべく平坦な道を選択しながら、そういった痕跡を辿って進む。
幸い、周囲の地形を把握できるアカイトに、道なき道を進むことに慣れているセラがいる。
道選びは基本彼らに任せながら、ゆっくり進むことにする。
最速での移動を諦めれば、斥候が集めた情報を吟味しつつ、比較的安全なルートを通ることができる。
脅威度の高そうな魔物も、相手に気付かれていなければスルーすることが可能だ。
特にサーシャを襲った、エリマキトカゲのような見た目の魔物には特大の注意を払った。が、結果的には遭遇しなかった。
アカイトの報告で「木の上に魔物がいるかも」という場合は徹底的に避けたからというのも大きいが、そもそも魔物があまり出なかったのだ。
メリジリアの村にいるとき、南北から色んな来訪者があったものだが、彼らが片付けてくれたのかもしれない。
メリジリア近くの湧き点は、村の東の魔の森にある。
つまり、南西に向かう途上で遭遇するのは近くの湧き点ではなく、遠くから流れてきた魔物ということだ。
ある程度掃除してくれれば、しばらくは増えないはずだ。
長いような短いような旅程を終えて、到着したリームの町。
陽が傾いた頃に到着したせいで、夕日が反射した光の見え方かと思ったが。
よくよく見るとやはり、違う。
リームの町は燃えていた。
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壁の外に、薄着で武装もしていない、明らかに焼け出された人々が肩を寄せ合っている。
俺たちが近付いても、町の城壁から誰何の声もない。
それどころではないのだ。
仕方がないと、俺から焼け出されたらしい老人に声を掛ける。
「おい、俺は北から来たキュレス軍の関係者だ。町に何があった?」
「え? ああ……軍の、関係者。いえ、私にもさっぱり……」
「分かることだけでいい。何故焼けている?」
「それが、何がなんだか。昼ごろだったか、急に爆発音が聞こえて……あちこちが燃えちまったようなんです。それから、何があったのか中も外も騒がしくなって……気付いたら、隣の家まで燃えてる始末で……ああ……」
「今、町を制圧しているのはキュレス軍の関係者か?」
「へぇ? いえ、どっちがどっちだか……とにかく、兵隊さんたちは皆が皆、殺気立っていて。おっかないから家に籠ってて……」
「……ここにいる連中は、顔見知りか?」
「……ああ、そう……いや、違うか。焼け方がひどいから、ほうほうの体で逃げ出したモンばっかりで……近所で見たことのあるヒトも多いんだが……」
「なるほど」
つまり被害の大きかった地域の連中が、逃げ場がなくなって壁の外にまで出てきたと。
「ここは一応、壁の外なんだが。魔物は大丈夫なのか?」
「いえ、分からねえんです、何せ何も分かんなくて、えっとお?」
「はあ、そうか」
何も分からないと繰り返す町人を解放してやり、サーシャとキスティを招集する。
「どうすべきなんだ? これ」
丸投げする。
もう軍の依頼もないのだ。難しいこと考えたくないんだが。
「あー、何が何だか分からん状況だが、まあおそらく、例の情報が伝わったのが原因だろう」
思案するサーシャを見てから、キスティが困惑げに口を開いた。
「公国派の守備側がヤケになったか、あるいは攻めていた有志連合の連中が功を焦ったか?」
「あー、どっちもあり得るな。いずれにしろ、この有様だ。まだ壁の中ではすったもんだの最中なのだろう」
キスティが、見張りすら見当たらずに役割を果たせていない壁を見上げて言う。
「……まあ、無理に関わる必要はないか。スルーするか?」
「大きな町で補給も休息も出来んのは堪えるが……ううむ」
「とりあえず、ここで震えている皆さんをどうにかしませんか?」
サーシャが口を開く。
「どうにかというと?」
「とりあえず守りやすい場所に集めておいて、魔物の襲撃に対処します」
「……まあ、人道的に言えばそうだが。勝手に助けても、見返りは期待できないぞ」
「金銭的には厳しいでしょうね。ただ幸い、今我々はお金に困っているわけではありません。見返りというのはなにも、金銭である必要はありません」
「なるほど……」
少し考えて、サーシャ先生の提案の意図を考えてみる。ふむ。
「評判を買う、ということか? 今俺たちは、軍から友好的な傭兵として戦地での移動を認めてもらおうとしている。だからその布石に?」
「そうなれば良いですね」
「ん? そうじゃない……いや、それだけじゃないってことか?」
「ええ」
サーシャは声を上げず、ニコリと笑って見せた。
「着の身着のままで放り出された無垢の民を、魔物から助ける。そんな機会はそうありません。どうせ私たちもここで立ち往生するなら、ちょっとは楽しみましょう。きっと楽しいですよ、正義ごっこは」
思わずキスティと顔を見合わせる。
「えーと。つまり無償でやるのか? 俺たちは仮にも銭ゲバの傭兵パーティなんだが」
「ええ。だから良いんじゃないですか」
「あー、サーシャ」
サーシャに改めて向き合って、その肩に手を置く。
「面白そうだな、やろう」





