10-49 噂
ニール曹長に面倒ごとを押し付けて、久しぶりにステータスもじっくり確認できた。
村で新しいスキルの実験をしたり、村の防備強化案を練ってみたりと過ごして数日、ニールが部屋を訪ねてきた。いや、何かと報告に来ることは多いのだが、今回は特に仏頂面での訪問である。何かがあったようだ。
「ラハナという女を覚えていますか?」
いきなり問われ、記憶を掘り起こす。
「えーと、確か狩人頭にスケープゴートにされた村人だよな?」
「はい、ただしスケープゴートではありませんでした。クロです」
……。
公国の協力者、か。
本当だとすると狩人頭、あいつ鬼畜だな。
しれっと味方を売っていたわけか。
狙いとしては真実を混ぜれば、いざという時でも自分は疑われないってとこか?
「彼女が公国向けの諜報を行っていた証拠があります。手紙や連絡用の鳥、そして公国に渡した軍の情報も」
「確実な証拠か?」
「まず間違いなく。間違いがあるなら、明らかに陥れられています。つまり、他に公国シンパがいるということ。何にせよ、彼女には詳しく話を聞かなければ」
「……それは、拷問ということか」
「申し訳ありませんが、これは正当な私の任務でもあり、それを実行可能な十分な嫌疑もあります。ヨーヨー隊長の意向に関わらず、これは実行します」
ニールはこちらを射抜くような目付きで見る。
ふむ。
「別に構わんぞ」
「……おや? てっきり拷問嫌いかと思いましたが、また心境の変化が?」
「まあ、そりゃ俺はどちらかというと村人に近い身分だからな。容疑者ってだけで拷問されるのは同情しちまうが、別に軍の邪魔をしたいわけじゃない。十分な証拠があるならなおさらだろう」
「ほう。分かりました」
ニールは安心したように微笑んだ。
その仕草だけを見ていればほっこりする雑談でもしているように見えるが、拷問をするって話をしてるんだよな。
俺だって別に帝国や軍に刃向かいたいわけではないのだ。世界を改革したいわけでもない。
初手拷問を回避しただけでも人道的じゃないか。
「それと、もう1つお伝えすることが」
少し緩んだニールの表情が、また引き締まる。
「悪い話か?」
「ええ。リームの町ですが、奪還に失敗したようです」
「……何?」
リームの町というのは、ここメリジリアの村の寄り親的な立場の大きめの町だったはずだ。
俺たちと同時期に奪還作戦が行われたはずだが、失敗したらしい。
え。
マズくない?
「……ここの維持に支障はあるか?」
「すぐにはないでしょう。単に強攻がはねのけられ、後退しただけのようですから」
「だが、その余波でメリジリアを奪還しようと動くことも考えられるんじゃ?」
「確実にないとまでは言えませんが、高い確率ではないでしょう。何せ、残っていたのは末端の傭兵部隊と、町の公国シンパどものようですから」
「つまり、他の村落の奪還に動くほどの戦力も、意思もない?」
「そう考えられます。あの狩人頭が残っていれば、今頃何か画策していたかもしれませんが……」
「ギリギリ回避できたか。綱渡りだな」
しかし、守るのが素人なら、それを攻めるのに失敗した帝国の部隊は素人以下ということになる。攻める方が大変ってのはあるんだろうが、大丈夫かよ……。
「すぐに影響はないでしょうが、場合によってはこちらに敗残兵が流れてくるかもしれません」
「うーん……」
中心の町であるリームの町が取れないなら、衛星村に過ぎないメリジリアを占領し続ける意味はあるのだろうか?
まあ、メリジリアは良くも悪くも他の集落から孤立気味だし、敵の様子を見る拠点としては価値があるのかもしれないが。
まだ、逃げるのは早いか。
本命は王弟様の決戦勝利だ。頼むから安心させてくれ、そして俺をこの任務から解放してくれ。
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「王弟殿下の部隊は敵攻囲部隊に攻めかかったが、撃退されたと噂になっとる!」
ニールと話をしてさらに数日後、北から姿を現した一行がいた。
公国の部隊にしては堂々としすぎていたが、村の者も顔見知りの行商ということだった。
いつもは武器も携帯したまま村に入るそうだが、情勢が情勢だけに護衛の武器はこちらに預けてもらって、話を聞いていた。その説得もなかなか大変だったのだが、どうにか武器を取り上げてようやく話を聞いた最初の話題は、凶報だった。
「……行商の、ジャエドさんと言ったか? その情報は確かなのか?」
「軍隊について行った野郎から、この耳で聞いたんじゃ!」
伝聞ということか。
「つまり、王弟殿下は敗北したと?」
「そうじゃ! どれだけ負けたのかは、色々話があってなあ、いまいち本当のところが分からん」
行商のジャエドは、初老の男性。白髭を生やした小柄な人間族だったが、話し方はエモンド商会の会長のように洗練されてはいなかった。
行商一筋、コツコツ職人肌の個人商人といった感じ。
メリジリアにも不定期に訪れては様々な物資を売り、魔物素材を買って行くという村にとっては貴重な存在らしかった。
こいつも公国に加担していて、偽情報を広めているという可能性がないわけではないが、ううーむ。
「色々噂があるってのを、詳しく聞かせてくれるか? どんなことを聞いたのか。おっと、悪いな、あんたの持ってきた商品はなるべく軍で買い取りもさせてもらうから」
一方的に情報を取るだけというのも悪かろうと、軍の財布で彼の商売を潤すことにする。
その気遣いは伝わったらしく、ジャエドは嬉しそうに黄色い歯を覗かせた笑いを見せてから、続く情報を話してくれた。
王弟殿下は戦力を集めながらここ、ヘジャ地方に前進し、中心的な都市であるタルメスを目指しているらしい。これはコバンザメとして大部隊について行った複数の行商の話が根拠らしく、あくまでジャエドとしては、信頼性は高いと見ている。
そのタルメスの北だか南だかに敵の手が迫っており、王弟殿下の軍隊はその前線砦を攻撃した。しかし、総崩れとなり敗走したというのが「ウワサ」の中核だ。
……本当だろうか?
「その砦というのは、どこだか分かりませんか? 地名などが分かれば……」
そう質問したのは、俺の横で話を聞いていたニール曹長だ。
当然ながら彼も、この情報には興味津々である。
この様子だとまだ彼に正式なルートでの情報は来ていないようだが……。
「すまねぇな、そこんとこははっきりしなくてよ……」
「そうですか。そちらは話半分に聞くべきですね、大軍勢が、砦攻めを一度失敗しただけで総崩れとなるとは思えませんな」
ニールが希望的観測を述べている。そうだと良いが。
「悪いがよ、あんまり期待はしてないぜ」
ジャエドは日に焼けた多数のシワを更に深くした、渋い顔をして言う。
「今回の戦争じゃあ、最初は威勢の良いことを随分聞いたんだ。どこそこの戦士家が立ち上がってすぐに敵を追っ払うだとか、エイゼン公が背後を突いて敵はすぐに撤退するとかよ。でも実際どうだい? 戦争が始まって続々敵が来たって聞いてからこの方、負けて、負けて、もうこんなところまで敵がいるじゃねぇか。今回も王子様が来るって、軍人がたは大いに盛り上がってるけどよ。俺はそれで素直に信じられるような気分にはなんねぇんだ」
「……耳の痛い話だ」
ジャエドから見れば、俺も軍人の一部なのだろう。
危なっかしいほどに率直なところを口にする彼の言葉を首肯してやる。
「この辺が落ちたら、あんたはどうするんだ? 公国と商売するのか?」
「いいやぁ。俺はこう見えても保守的でよ。勝負がはっきりと付くまでは、生まれた国を切る気にはなれねぇんだ。この辺が落ちたら東に旅でもしながら、新天地を探すさ」
旅か。
俺も本当は、魔物狩りでもしながら、ぶらりと世界を旅したいと思ってたんだがな。
白ガキの依頼を受けたせいで、いやそもそも他の転移者たちが好き勝手にやるせいで、このザマだ。
……ん? 結局のところ、全ては白ガキのせいか。
「良いな。戦後もあんたらみたいな行商は復興に欠かせないだろう。死ぬんじゃないぞ」
「おう、隊長さん、あんた案外良いヤツみたいだなぁ?」
「ああ。だからこそ、警告しておくぞ。軍ってやつは、裏切り者には特に厳しい。この村の様子を公国に伝えるような真似でもしてみろ。分かるな?」
「そんなことするかよ」
「なら、良い。ああ、この辺りの魔の森は今、湧き点も不安定のようでな。護衛の武装は万全にしていけ。貴重な物資を運んで来てくれた礼として、余っている矢もいくらか融通しよう」
「矢、かぁ。確かにいくらあっても良いからな。ありがたく頂くとするぜ」
おトクに釣られてか、あるいは軍の善意を断ることはしないのか。
サーシャのスキル入りの矢の束を持って行ってくれるようだ。
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ニール曹長と、現状について再び話し合う。
「俺はここで玉砕しろとは命令されていない。それは任務外だと考えている。だから、本当に危なくなったら撤退するし、曹長らもそうして欲しい」
「……撤退、ですか。状況次第ですな」
ニール曹長と新兵たちが残ったとして、どれだけ意味があるのか。
狩人たちは村長も狩人頭も失っているわけで、ニールが正々堂々と指揮していれば従ってくれる可能性はあるか。
「どうしても残るというなら、止めないが」
「はい。ヨーヨー隊長は何があれば本当に危ないと考えるのです?」
正直、分からん。
そもそもどうやって情報を集めれば良いのか。軍の情報をニールから渡してもらうか。または、エモンド商会から情報が入るか。
それくらいしか伝手がないのだ。
「そうだな、難しいが……」
ニールの感情の薄そうな顔を眺めながら、少しだけ間を空けて考え込む。
こいつは、どうしてリームの町陥落の報を俺に伝えたのだろうか。
今は俺が隊長だから、というのも勿論あるだろうが。
それを伝えることで、俺がムリだと判断して撤退するかもしれないと、こいつなら考えていそうなもんだが。
考えをまとめながら、口を開く。
「俺と仲間は、見ての通りそこそこ場数は踏んでいる方だ。素人同然の敵に囲まれた程度なら、仮に不利になっても俺たちだけなら、脱出することは出来ると踏んでいる」
「そうでしょうね。貴方がたは、傭兵団にしては1人1人の力がありそうです」
ニールに肯定される。
ちょっと嬉しいが、そんなことで喜んでいる場合ではないな。
「だから、敵の数が数百とか、とんでもない戦士がいるとか……そういったことがなければ、早々に撤退するというつもりはない」
ニールは頷いて、先を促すような仕草をする。
その後が本題だと分かっているようだ。
「……ただ、早期に撤退するとしたら、信頼関係がなくなる場合だな」
「我々……軍と、ですね?」
「ああ。情報が下りてこなかったり、隠し事をされると、俺としては保守的に動かざるを得なくなる。それはお互いにとって不幸だ」
「ええ、そうでしょうね」
ニールはただ頷いた。
そして目を細めて今度はニールが少し思案してから、間を置いて言う。
「今の状況は私や、残りの隊員たちにとっても難しいのです。軍属である以上、勝手に村を放棄するわけにもいきません。しかし、ここで無駄死にさせるために彼らを連れてきたわけではない」
彼らというのは、軍の新人たちだろう。
「こうしませんか。私に来た情報は逐一、ヨーヨー隊長に上げることを確約しましょう。その代わり、もはやここまでというギリギリまでは、ヨーヨー隊長とお仲間もこの村の防衛に努めてもらいたい」
「まあ、そりゃあ……」
こっちも依頼を受けているわけだし、うんと言うほかないだろう。
「……口約束になってしまうが、善処しよう」
「ありがとうございます」
ニールは深々と頭を下げる。
非戦闘ジョブの者が、頼りにならない新人たちを引率して、傭兵隊長のお目付け役に回っているのだ。こいつもつくづく、苦労人だ。
「しかし……ニール曹長のように、戦闘ジョブではないのに前線に出されるというのは、良くあることなのか?」
「え? ええ、まあ。腕に自信がある者だけでは、組織は回りませんから。幹部を目指すものは、あえて戦闘ジョブを選ばないことも多いですよ」
「ほう。曹長も幹部を目指していると?」
「どうでしょうね。幹部に上る者は僅かですから、私のような半端者は結局、良いように使われるわけです」
「そうか……」
謙遜なのか、本当に出世できないのか分からないが。
もし軍の待遇で燻ってるなら、ちょっと勿体ないな。
「良ければだが……もし、軍を辞めて傭兵稼業でもしたくなったら、港都市にある俺の屋敷を訪ねてくれ」
「港都市……オーグリ・キュレスですか」
「ああ。あそこのライリー区に屋敷を持っていてな。まあ、俺はあんまり、幅広くリクルートするタイプじゃないんだが。あんたくらい優秀なら、活躍の場はある」
「……どうも、私のことを過分に買っていただいているようで?」
「短い間だが、あんたの真面目さと優秀さは何となく伝わったからな。まあ、傭兵団など不安定な職場に移る物好きは少ないかもしれないが」
「ははは。まあ、将来の身の振り方の1つとして、ありがたく受け取っておきます」
もちろん、本当に雇うとなったら余計な軍のヒモとかが付いていないか、徹底的に調査する必要はあるだろうが。
こいつの生真面目さと諜報能力、それと『支配者』のジグがかみ合えば、面白い化学反応が起こる気もするんだよな。
できれば俺は名ばかり団長で世界中を旅している間に、屋敷の者が安定した稼ぎとかを作ってほしい。たとえ俺がいきなり素寒貧になっても、資金援助をしてくれるくらいに。





